第3-3話 ダンス

 間を置かずに機動戦闘艇十一機が入り乱れて飛び始めた。

 機動戦闘艇同士の戦闘は、ほとんどが粒子ビーム砲の攻撃で相手を撃墜する。有利な位置は相手の後方につくことである。

 もちろん、これは二流のパイロットでもわかっているし、絶対に狙ってくる。

 ただ、一流のパイロットは背後を取られても、易々とは落とされないし、反撃する。

 アイが敵機に背後を取られていると思ったら、それと正面衝突するような状況でマイが突っ込んでいく。マイの背後にも二機の敵機が食いついていた。

 アイとマイが際どくすれ違い、次の瞬間、帝国軍気が二機、撃墜されていた。

 彼女たちはお互いに相手を追っている機体を狙い撃ちにしたのだ。

『連中は曲芸をやるぞ!』

『母船を沈めろ!』

『エネルギー魚雷、充填中』

 そんな帝国軍の皆さんのトークを聞いているうちに、さらに二機の帝国軍機が撃墜されている。これで数は三対四。

 俺が帝国軍の指揮者だったら、部隊を引いただろう。

 しかしそうはしない。

 なぜだ?

 ……そうか。

「アイ、マイ、ミー、エネルギー魚雷を充填しろ」

『え? 機動母艦をやるの?』

 ミーの質問に答える前に、それは現れた。

 二隻の、小型機動母艦だった。トリトロンと同型だ。

「最悪だな。これで相手の機動戦闘艇は二十機だ」

『それでお父さん、計算までの時間は?』

「あと五分だ」

『なら持ちますよ。私たちを信じてください』

 新たに現れた二隻の機動母艦から十六機の機動戦闘隊が出撃し、さらなる乱戦が始まった。

 アイ、マイ、ミーは人間離れした機動で、帝国軍機を撃墜している。

 限界を超えた急加速と急減速、急機動。

 慣性制御システムの限界を超えた、極端な機動。

 それでも彼女たち三人は的確に、怯むことも、躊躇うこともなく、帝国軍の機動戦闘艇をスクラップに変えていく。

『あれはなんだ! どうしてあんなことができる!』

『魔女だ! くそったれ! 俺は夢でも見ているのか?』

『あんなオンボロの機体がどうしてあんな動きができる? 規格外だ!』

 帝国軍の皆さんが混乱しているのはよくわかった。

 しかし、数が違いすぎる。

 俺は冷や汗をかきつつ、亜空間航法に入るまでの時間を確認した。あと一分。

 三姉妹の機体にも計算情報を送る準備をした。

 ここで、想定外の出来事が起こった。

『キャ!』

 ミーが小さく悲鳴をあげる。俺は視線を巡らせ、彼女の機体を確認する。

 外観では、三基の主推進器のうちの一つが破損している。

「大丈夫かっ? ミー!」

『機体は動きます。でも、亜空間航法は難しいですね』

 なんてこった。

 俺の思考がめまぐるしく回転した。

 三機の機動戦闘艇には、緊急時のために、機動戦闘艇同士にで連結することで、亜空間航法を機動する仕組みもある。

 しかしこの乱戦だ、ここで機体同士を接続して同期させるのは、自殺行為以外の何物でもない。

 くそ!

 一体どうしたら良い?

『お父ちゃん!』

「なんだ、マイ!」

 まさか彼女まで被弾したのだろうか。俺は焦って周囲を見た。

『亜空間から出現する何かがあるわよ!』

「なんだって?」

 ここに至って帝国軍の増援が来れば、俺はもう破滅だ。

 今から投降しても、こちらはもう六機ほど、帝国軍の戦闘艇を破壊している。

 どう言い逃れしても、首が物理的に飛ぶ。

 ミーをこの場に残して、離脱することもできる。

『私のことは忘れていいよ、お父さん! 早く逃げて!』

 まさにミーがそのタイミングで、通信を繋いできた。アイとマイは黙っている。

 俺もすぐには答えられなかった。

 ミーを見捨てることは、できない。

 見捨てたくないんだ。

「ここが年貢の納め時、ってことか」

 俺の言葉に三姉妹は絶句した。しかしすぐに叫び始める。

『お父さんだけでも逃げて!』

『私たちはいいから! 気にしないで!』

『お父さんは助かって!』

 俺は何も言わずに、彼女のたちの戦いを見ていた。

 アイもマイもミーも、本当に凄まじい、獅子奮迅と言える戦い方をしている。一機でも多くの帝国軍機を落とすために、機体は限界を超えて宙を踊り、粒子ビームが無数に閃く。

 マイの機体が被弾し、まだつけていた増槽を切り離し、それが爆発。

 アイは姿勢制御装置に軽い損傷を受け、頼りない機動になったのも一瞬、すぐにバランスを取り戻し、前と同じ運動力を取り戻す。

 ミーは推進器の不調を、限界出力を超える力でカバーしている。あれでは長く戦えないが、この戦いは長引かない、と彼女は考えているのか。

 俺には三姉妹の戦いが、誇らしく感じた。

 視線を転じて、何もない空間を見た。

 すぐ目と鼻の先、そこに亜空間から何かかに飛び出してきた。

 帝国軍のお出ましだ。

 現れた船を見て、俺は、絶句した。

「……え?」

 口からこぼれた声は、驚きしかない。

 現れた船は、巨大で、艦と言っていい。

 しかしどこか歪だ。バランスがおかしい。

 それは、キメラだった。

 キメラ母艦。

 格納庫から二十機ほどの機動戦闘艇が発進してくる。古びていて、機種もまちまちだ。

『反乱軍が来てくれたの?』

 アイがどこかぼうっとした声で通信を送ってくる。

「そうらしい」

 俺は椅子に体を預けた。

「助かるかもな……どうやら……」

 俺たちの目の前で帝国軍と反乱軍の機動戦闘艇部隊が衝突を始める。

 三姉妹もその中に加わっている。

『突然の通信、申し訳ない』

 俺がぼんやりと見ているモニターにウインドウが開き、男が映った。三十代だろう。

『私は反乱軍のクランク中佐だ。そちらは宇宙海賊のようだが?』

「そうだ。しかも間が悪いことに、そちらの密輸船を襲った宇宙海賊さ」

 クランク中佐はおかしそうに笑うと、うなずいた。

『そちらの機動戦闘艇は特殊なようだ。味方と識別させてもらいたい。構わないか?』

「構わないよ。伝えておく、というか、すでにそういう立ち位置を選んでいるな」

 実際、三姉妹は反乱軍を襲わず、帝国軍を追い回している。

 戦いは十分ほどで決着がついた。帝国軍が生き残った八機を収容し、離脱していった。

「助かったよ、中佐」

 俺から通信をつなぐと、クランク中佐は穏やかに笑って見せた。

『宇宙海賊は我々と共闘できるとわかった、という収穫は、本部も喜ぶだろう』

「コンテナを返したほうがいいかい?」

『差し上げよう。帝国軍が破壊して宇宙の塵になった、ということにする』

 やたら好意的な男だった。

「何の見返りもないんだが?」

『こちらの技師を一人、そちらに移乗させて欲しい、と言ったら、どうするかな?』

 なるほど、そういうことか。

「良いですよ。コンテナ二つに比べれば、安いものです」

『それは違う』

「どういう意味です?」

『コンテナは二つじゃない、三つだ』

 やれやれ。この男には勝てそうもないな。


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