第33話
ミクルマは歯噛みしていた。
ニルマを人気のないところに誘いだすところまではうまくいったのだ。
だが、最終兵器の準備に入り周辺状況の探査を行ったところで冒険者を発見してしまった。
一瞬、そのまま最終兵器を起動しようかとも思ったが、やはりそれは出来なかった。
ニルマを殺したいとは思うが、それは何よりも優先されることではない。無関係の人間を巻き込むことは、ミクルマの矜持が許さなかったのだ。
アンナが神器を発動し、転神変を遂げる。
その機動力で飛行艇へと戻ってくるのならよかった。すぐに飛行艇を発進させ、影響範囲外に出たところで最終兵器を使えばいい。
だが、アンナはまだニルマからそれほど離れてはいない。
ニルマがアンナの転神変の気配に気づいたなら、お節介なニルマはアンナのところへ向かうだろう。
そうなれば計画は中止せざるを得ない。ミクルマは、アンナを利用はしても犠牲にするつもりはないからだ。
『あなた……なぜこんなところに?』
アンナの驚きが伝わってきた。
そういえば冒険者は何者だったのかと、ミクルマはアンナの視界を盗み見た。今回の作戦に当たって、アンナに術を仕掛けていたのだ。
見えたのは、見覚えのある人物だった。
特級冒険者のヴェルナー。
その倫理観の無さから、イグルド教では要注意人物として慎重に監視を続けている人物だ。
その言動はいかにも危ういのだが特級冒険者として許容できる範囲内ではあるし、冒険者としての実績がずば抜けているので表立って批難することもできないという厄介な相手だった。
だが、ここにいるのが彼であるのなら何も問題は無い。
『アンナ様。その方をお連れするようにと申しましたが、前言撤回いたします。その方は無視して、早急に船へとお戻りください』
『いいのですか? その、褒められた性格の方ではありませんが、さすがに見捨てるのは……』
『大丈夫です。彼なら魔神が復活したとしても自力で逃げられるでしょう。今は彼に現状を長々と説明している暇はありません。全力で退避してください!』
ニルマへの攻撃に無関係の者を巻き込んで殺すのは本意ではない。
だが、ヴェルナーなら大丈夫だ。
彼はこれまでに何度も死亡が確認されているのに、なぜか再び姿を現すのだ。
観察の結果、ヴェルナーは何人もいることがわかっている。そんな化物は、ミクルマが守るべき人類の範疇ではない。一人や二人死んだところでどうとでもするはずだ。
ミクルマはそう決めつけた。
『承知いたしましたわ!』
アンナが神力を全開にして駆けだす。
ミクルマは、遙か上空にある目からその様子を見ていた。
偵察衛星。
最終兵器に付随する副兵装の一つだ。それにより広範囲を視野に収め、戦略的機動を可能とする。
のんびりと休憩していたニルマが立ち上がった。
さすがに、何かおかしいと気づいたのだ。
もう猶予はない。
攻撃するなら今だ。
アンナはまだ船まで辿り着いてはいないが、直撃する範囲からは逃れている。攻撃の余波ぐらいなら彼女は大丈夫なはずだ。
ニルマが空を見上げた。
それは偶然だ。そう思いたい。だが、その目で見つめられたとき、ミクルマは反射的に攻撃を実行していた。
*****
「なんでそんなにおやつばっかり持ってきてんですか……」
「別に食べなくてもどうにでもなるから栄養補給って意味での食事は必要ないけどさ。嗜好品としての甘い物は欲しいよね!」
五千年寝続けていたぐらいだ。
ニルマは、飲まず食わずでも問題なく生きていられる。
そんなニルマが持ってきた食料は、保存の利く焼き菓子の類いだった。
ニルマはダンジョンと化した怪しげな森の中に座り込み、リュックから取り出した菓子をぽりぽりと食べているのだ。
「ザマーも食べる?」
「いただきますけど」
ザマーも食事は必要ないが、人間を模しているため食事を味わうことはできた。
「でも、どうしましょう。付け焼き刃で戦えるようになるとは思えないんですが」
「うーん……あ! なんか適当な精霊を捕まえてさ。ザマーが魔法使ってることにするとか?」
「やめてください。あんな惨事は二度とごめんですよ」
「じゃあ何かもうちょっと長い武器にしようか。そこら辺の枝を加工して棍棒を作るとか」
「そうですね。間合いが取れるほうがまだましかもしれません」
「ザマーはワーカーの攻撃ぐらいならくらっても全然平気なんだからさ。防御を捨てて全力で攻撃すればいけるって」
「平気って言っても痛いのは痛いんですけどね……」
「アンナさん、遅いな。大っきい方かな」
「そんな詮索失礼で――どうしました?」
ニルマが何かに反応したことにザマーは気づいたのだろう。
ニルマは唐突に出現した神気を感じ取ったのだ。
「ガルフォードが神器のレプリカを使った時と似たような気配。アンナさんかな?」
アンナはガルフォードが使ったようなレプリカではなく、完全な神器を持っているらしい。
「神器を使わなきゃいけないような敵と戦ってる?」
「どうするんですか?」
「うーん。聖女で王女で神将とかゆー人を助ける必要があるのかってのがあるんだけど……もしかしてなんかに苦戦してたら恩を売れるかな?」
「そんなところは打算的ですよね。ニルマ様」
「だって、イグルド教の人をただで助ける義理ないじゃない」
ニルマは休憩を終えて、立ち上がった。
「ん?」
そして、膨大なエネルギーが凝縮されている気配を感じ取り、空を見上げた。
「なんだろ、これ?」
空を見上げても、何かが見えるわけではない。
だが、遙か上空。静止軌道上に何かが存在しているのだとニルマは気づいた。
「あ、まずい、これ」
気づいた時には、それは発動していた。
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