第6話

 セシリアが言うところの盗賊は、三人で道を塞いでいた。

 だが平地にある道なので、どうにでも逃げることはできるはずだ。


「こんなとこで盗賊って出るわけ?」


 ニルマはあたりを見回した。

 進行方向の左は草原で、右は森になっている。森はカナエ山の麓で、彼らはそこから飛び出してきたのだろう。

 後ろを見ればそこには二人。

 他には、山の中にも何人かの気配を感じる。

 平地を通る街道で昼日中に襲いかかっては目立って仕方がないが、非武装の者が三人で街道をのんきに歩いていたのでこれは好機と見たのかもしれない。


「はい……馬車でさっさと行ってしまえば問題ないのですが、このあたりに住んでいる村の方がアルバイト感覚で歩行者とかのお手軽そうな人に襲いかかるらしいんです。嘆かわしいことではあるのですが」

「なんと言いますか……世も末ですね」


 ザマーがあきれたように言った。


「まさか街の外も無法地帯ってわけじゃないんでしょ?」


 ダンジョンの中は無法地帯だった。それを利用して悪事を働く者もいる。

 ということは、ダンジョン外には法律が適用されるはずなのだ。


「もちろん法が適用されはするんですが……その、見つからなければどうにでもなるという嘆かわしい風潮がありまして……」

「そりゃそうだろうけど、野蛮だねぇ。でも、どうしたもんかな」

「おや? てっきり皆殺しにするのかと」

「私をなんだと思ってるわけ? 問答無用で殺したりするわけないでしょ」

「……そういえばダンジョン以外では殺してない……?」


 正確に言うならばマフィアは何人か殺しているが、ザマーは見ていなかった。

 ニルマもあえて言おうとは思わない。


「それも目覚めてすぐのよくわかってない時期のことでしょ。この世界のことを理解できてきたなら、当然社会常識に沿った行動をするよ」

「そこはかとない不安感を覚えますが、それはともかくとしてセシリアさん。この場合、法に則った行動とはどうなるんですか?」

「……その。返り討ちにして皆殺しにします……」

「え!?」


 言いにくそうにセシリアが言い、ザマーは想定外の答えに驚いていた。


「盗賊は死罪なんです。なので捕縛したとしても結局死刑になりますので、盗賊は見つけ次第その場で殺すということになるんです」

「思ったより野蛮な世界になってた……いや、武装強盗なら五千年前でも重罪だけど」

「ちなみに個人の窃盗ですと、断指刑になります」

「うん。やっぱり野蛮だ」


 五千年前には身体を傷つける刑罰は存在しておらず、あるのは罰金刑と懲役刑のみだった。


「なんだ? 殺していいなら俺が食ってやろうか?」


 ニルマの足下にいたネルズファーが言う。小型犬の見た目なので、物騒な物言いではあるが迫力はまるでない。


「人殺したら、即座に処分ね」

「ちっ……」


 ネルズファーの処遇は保留中だが、人に害を成すようでは始末するしかないだろう。


「でも、そういうことだとセシリアは私に盗賊どもを殺させようと思ったってことになるんだけど?」

「いえ! そんなつもりではなくて、ニルマさんのように強い方が一緒なら襲われないと思ったんです!」


 セシリアが慌てて弁明する。

 この国では全員が冒険者であり実戦経験がある。

 つまり、そこらの道を歩いている相手が熟練の戦士である可能性があり、適当に襲いかかれば返り討ちにあう可能性があるのだ。なので盗賊どもは、勝てる相手かどうかを見極めてからやってくるらしい。


「んー? 強いかどうかってどうやって判定してるんだろ?」

「そこまではわからないんですが……」

「逃げればいいんじゃないですか?」

「まあそれは簡単なんだけど」


 守らなければならないのはセシリアだけなので、抱えて走り抜ければこの場は切り抜けられる。

 だが、悪党が相手なら見過ごすわけにもいかない。

 ずいぶんと慣れた様子なので、盗賊稼業は常習的に行っているのだろう。

 つまりすでに犯罪者であり、この国の法に則って対応するなら皆殺しにしてもかまわないとセシリアは言っている。

 ニルマはマズルカに仇なす者を殺すことに躊躇いはない。彼らはマズルカ教の聖女と神官に牙を剥いた。ならば返り討ちにしても問題は無いのだ。

 だが、本当にそうしてしまってもいいのか。


「何を躊躇われてるんです?」

「いやさ。どこかの村の人たちが農作業の合間にアルバイト感覚で盗賊やってるのが常識みたいな話だと、こんなのがいくらでもいることになるじゃない」

「ですね」

「となると、片っ端から殺していくことになりそうでさ。それはさすがに聖女としてどうなのかな、と」

「おお! いつになく真面目ですね!」

「確認なんだけどさ。マズルカでは盗みや殺しは戒められてるよね? 五千年前はどこの宗教も基本的にこの二つは御法度だったんだけど」


 信仰を持ちながら戒律を破っているのだとしたら、さすがにどうしようもない。ニルマは念のためにセシリアに聞いた。


「はい、その通りでそれは今も変わりありません」

「ということは、こいつらは何を信仰してるわけでもないと」

「そうですね。都市外に点在する村々は無宗教なコミュニティも多いそうです」

「ふむふむ。だったらやりようはあるか。改宗は面倒だけど――」

「何をごちゃごちゃやってるんだ! 金目のものをよこせって言ってんだろ!」


 しびれをきらしたのか、雑な仮面や覆面を被った盗賊たちが詰め寄ってきた。


「でも、結構な期間様子見てましたよね」

「さてと。リーダーとかいるの?」

「俺だ。金目のものを出す気になったか?」


 麻袋に目穴をあけたものを被っている男が前に出てきた。

 手には槍を持ち、いつでも突けるように前方へ構えている。


「出すわけないでしょ。一つ確認。あんたらに信じる神は?」

「神だぁ? そんなもん信じるわけねぇだろ!」

「そっか。じゃあ、あんたらには悔い改めてもらおうと思う」


 そこらの村に住んでいる者のレベルがこれならばいちいち殺していては切りがない。

 罪は罪と認めてもらって、心を入れ替えてもらうしかないとニルマは結論を出した。


「は? 下級と等級外がなにを――」

「全力手加減パンチ!」


 踏み込み、左手で槍を抑え、右拳で下から顎を打ち抜く。

 衝撃が留まらないように調整した結果、男は派手に吹き飛んだ。


「どっちだよ!?」

「手加減を全力でしてるんだよ」

「あの。なかなか落ちてこないんですけど、大丈夫なんですか?」


 こうやってのんびり話していても、男はまだ滞空していた。

 盗賊どもは唖然とした顔で空を見上げている。


「ザマー。キャッチして」

「なんでこういうとこだけめんどくさがるんですか……」


 そう言いながらも、落下地点を割り出してザマーがそちらに向かう。

 ザマーがタイミングよく受け止めて、男は助かった。

 顎が砕けているが命に別状はないだろう。


「これ、社会常識に沿った行動なんですかね?」

「さて。まだ盗賊を続けるっていうなら全員同じ目にあってもらうけど?」


 ニルマはぐるりとあたりを見回しながら言う。

 盗賊どもは青ざめた顔になり、すぐさま武器を手放した。

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