第30話

 回収したポータルコアは、以前に見かけたものよりも一回りは大きかった。


「これ、前のよりも儲かるんじゃない?」

「準国民の間は報酬はポイントでしかもらえませんけどね」


 コアはザマーが背負っているリュックに入れ、ニルマたちは最上階へと向かっていた。

 ワーカーやソルジャーはネルズファーがすべて食い殺したので、もう残っていない。

 ダンジョン攻略としては万全と言っていいだろう。


「後は後始末か。ここって自爆とかさせられる?」

「お前……人の神殿だと思って無茶苦茶言いやがるな……可能だけどよ」


 人の寄りつかない洞窟や遺跡がダンジョン化するわけだが、ポータルを潰してもまた同じ場所で発生する可能性がある。

 そこで、一度ダンジョン化した場所は、埋めたり壊したりといった対策を施す必要があった。


「で、アジトがなくなった俺たちはどうすりゃいいんだ?」

「とりあえず街の教会に連れてくよ」

「……でも、街に行ったら酷い目に遭うって……マオ姉ちゃんもそれで逃げてきたって……」


 カリンが恐る恐る言う。

 カリンは物心ついた頃からはぐれ者のコミュニティにいたので、街については伝聞でしか知らなかった。

 街で暮らせなくなったはみ出し者ばかりの集まりで、何を聞かされていたのかは想像に難くない。


「大丈夫。マズルカに入信してくれたら何があっても私が守るから」

「マズルカ?」

「こんなのと比べものにならないぐらいえらーい神様だから。マズルカ神の前では全てが平等。だから、心配いらないよ」

「連れてくって、俺もかよ!」

「めんどくさいけど、カリンちゃんが懐いてるからねぇ」


 解き放たれた魔神など、人々に害を及ぼすたけの存在だ。

 後のことを考えれば、神殿を潰した後で始末しておいた方がいい。

 だが、そうすればカリンは少なからずショックを受けるだろう。

 なのでニルマは、おとなしくしている内は放っておくことにした。


「だから、もうちょっと見た目どうにかしてよ。別の化身ないの?」


 今のネルズファーは影のようにのっぺりとした存在だった。

 濃淡がないため、厚みがあったとしてもわからないのだ。


「そう言われても力が……ああ。食ったやつで使えそうなのがあったか」


 すると、ネルズファーの体に毛が生えてきた。

 ベースはそのままだが、表面を体毛で覆ったようで、黙っていれば黒い犬に見えるぐらいの状態になった。


「まあ、犬で押し通せる……かな?」

「ネル、可愛くなった……」

「まさか俺様がここまで落ちぶれようとはな……」


 ネルズファーは気落ちしているが、これなら街に連れ込むのも可能だろう。


「でも、契約が切れたにしては、魔神やら悪魔やらが跋扈してるって感じでもないよね?」


 少なくとも街で話題になっているようなことはなかった。


「契約が切れたとしても、肉体が滅んでたらそう簡単にはいかないがな。俺の場合、復活できたのは偶然が重なった結果だ」

「だったら大丈夫なんじゃ?」

「それで済ませようとしないでくださいよ……ただでさえ異世界からの侵略とかあるのに……」

「でも、悪魔とかからしても、異世界からの侵略者って敵ってことにならない?」


 共闘したいわけでもないが、人類としては両方と戦うのは避けたいところだ。

 悪魔たちの方でも勝手に侵略者と戦ってくれるなら、それはそれで助かるだろう。


「いくらでも湧いてくる奴らは異世界からの侵略者だったのか? 話も通じない獣じみた奴らばかりだったが。まあ、敵といえば敵だな」

「ニルマ様。何と契約してたかは覚えてないんですか?」

「百以上いたのに覚えてるわけないでしょ」

「偉そうに言わないでくださいよ。まあ、それも聖導経典があればどうにかなりそうですね」


 聖導経典は常にニルマと共にあり、その行動を記録し続けていた。

 なので、契約についての情報も全て保持しているはずだった。


「ま、何するにしてもまずは国民昇格してからだね」


 そんな話をしているうちに最上階に辿りつき、神殿を出た。

 そして、あらためて神殿の全貌を確認する。

 最上階の角の部分が山から飛び出している形だ。

 一辺が百メートルの立方体なので、ほとんどが山の中にある。


「これ、自爆したら山が消し飛ぶんじゃないですか?」

「さすがにそれはまずいね。まあ、とりあえずは今まで通り下の階に行けないようにしといてよ」


 ワーカーは神殿の建材を壊せないらしいので、ポータルが中に発生したとしても影響が外に及ぶことはないだろう。


「さて。今回はそこそこうまくいったかな。じゃあ帰るとしま……ん? あれなんだろ?」

「……街……燃えてる?」


 街からカナエ山までは徒歩で一時間と少しだ。

 ここは山の中腹なので、巨大な街の様子がよくわかる。

 街は、ここからでもわかるほどの火の手をあげていた。

 

「……ネルが街を滅ぼす願いを叶えてくれたの?」

「カリンさん、ぼーっとしてるようでとんでもない願いを……」

「あんたのせいか!」

「違うわ! まだ何もしてなかっただろうが!」

「じゃあ、何が……」


 ニルマは街を注視した。

 光が瞬き、建物が、城壁が崩壊していく。

 街中で発生した光線が、街を薙ぎ払っているのだ。


「攻撃されてる?」


 縦横無尽に走る光線が街を蹂躙し続けている。

 それは、今この時も進行中であり、このままでは街は灰燼に帰すことだろう。


「ネルズファーとカリンちゃんは神殿で待機しといて。私は街に帰って様子見てくるから!」


 この状況でカリンを街には連れて行けない。

 ニルマは、ザマーの襟首を掴んだ。


「え? なにを?」


 ニルマはザマーを掴んだまま、空高く飛び上がった。


「一時間かけて歩いてきたのはなんだったんですかね!」

「いやー、できるからってしたいとも限らないじゃない? それにただジャンプしただけだから、むっちゃ精度悪い」


 おおよそ街の方へは向かっているので、街のどこかには辿り着けるだろうとニルマは楽観していた。

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