第18話
ニルマが事務所に踏み入ると、そこは応接室のような場所だった。
五人の男がくつろぎ、あるいは暇そうにしていたが、ニルマに気付いた瞬間に立ち上がり臨戦態勢になった。
神官服を着た女が一人だ。
普通なら油断してもよさそうなものだが、ニルマは入り口にあった結界をあっさりと無視している。そんな真似ができる相手を警戒しないわけがないだろう。
「んだ、てめぇ!」
男たちが一斉に懐から、何かを取り出しニルマへと向けた。
――拳銃?
五千年前には、銃器の類に実用性はなくなり骨董品として扱われていた。
それが今の時代には復活したのかとニルマは思ったが、よく見てみればそれは拳銃とは異なるものだった。
魔導器。
魔法の発動を補助する道具であり、それは指向性に特化したもののようだった。
つまり、それを向けた方に魔法が発射されるのだ。
「マズルカのニルマ。取り次いで欲しいだけなんだけど、無理そうな雰囲気?」
穏便に済ませる方法はあったはずだ。
この事務所で扱っている借金について相談にきたのだから、下手にでて丁寧に話せば関係者と話をすることはできただろう。
だが、ニルマはそうしなかった。反社会勢力に下げる頭など持ってはいないのだ。
先走った男が、魔法を発動した。
魔導器の先端から炎弾が発射される。
それは、着弾地点を中心に小規模な爆発を起こす魔法だ。小規模とはいえ人間が食らえばただでは済まないだろう。当たればその周囲は吹き飛び、焼き尽くされる。
だが。それはニルマからすれば攻撃とは呼べない代物だった。
魔法などというものは、躱せない速度で、逃れようのない規模で、一撃で葬り去れる威力で放つものだ。
こんな、牽制にもならないような微妙な威力の攻撃を初手で放ってどうするというのか。
ニルマは首を捻って炎弾を躱し、同時に男の懐に踏み込んでいた。
そして平手打ちで男の頬を張った。
男の首が音を立てて折れ、その場に倒れた。
「うーん。加減が難しいな」
男たちを全滅させるのは造作もないことだった。その気になれば、瞬き一つの間に殺し尽くすことができるだろう。
だが、ニルマにそのつもりはない。
つい先ほど、手加減の練習に使えると思いついてしまったのだ。
ほとんどが冒険者のこの街で反社会勢力を維持しているのなら、平均以上の実力を持っているはずで、練習相手にはうってつけだ。
それに手加減を誤って殺したところで、悪人が相手ならなんの問題もない。こんな稼業をしているのなら殺される覚悟もあるのだろうし、殺されたからといってお上に泣きつくような真似もできないはずだった。
「てめぇ!」
ニルマが力加減に思いを馳せていると、横合いから炎弾が放たれた。
ニルマは躱さなかった。
どの程度の威力なのかを確認しようと思ったのだ。
炎弾はニルマの肩に当たり爆発した。
当然、ニルマの鍛えられた体には毛筋一つ分の傷も付かない。だが、ニルマの服はそうはいかなかった。
「あぁ! セシリアの服が!」
神官服の肩口は消し飛び、炭化してしまっていた。
これはニルマに取って想定外だった。
マズルカの神官服なら、この程度の攻撃には耐えられるとばかり思っていたのだ。
「ちょっとセクシーな感じになっちゃったじゃん」
だが、今のうちに認識を改められたのは良かったのだろう。
五千年前の服なら、ニルマの力を利用して勝手に耐久力が上がっていた。だが、今の時代の服は下手に攻撃を食らうとただ破れるだけなのだ。
「て、ことはまともな服はパジャマだけ? さすがにあれで街をうろつくのは……」
「こいつ!?」
男が二発目の魔法を発射する。
これ以上食らうわけにもいかないので、ニルマは躱しつつ距離を詰めた。
「今度はこっちの番でしょうが」
ニルマは掌で男の胸を打った。
男はその場に崩れ落ちた。即死だった。
「やっぱり、今の人って脆すぎると思うんだよな」
ニルマも常に全力を出しているわけではないし、ちょっと触っただけで人が死ぬようでは日常生活もままならないだろう。
当然、普段は力を抑えているし、修業の場では手心を加えて指導をしたこともある。
だが。今の時代では手加減をしているつもりでもまだ足りないのだ。
殺さないためには、もっと繊細な力の制御が必要なのだろう。
これは、今までのニルマには必要とされなかった、新鮮な課題だった。
「応援を呼んでこい!」
一人が廊下へと消えた。
ニルマは見逃した。
手加減の練習にはもっと数がいるだろう。次々に出てきてくれるのなら、願ったり叶ったりというものだった。
二人死んで、一人が逃げて、残りは二人。
残された二人は、同時に多量の炎弾をばらまいた。
威力を抑えて、速度と数で制圧しようと考えたのだろう。
ニルマからすればどうということもない攻撃だったが、食らってしまえば神官服が耐えきれない。
ニルマにも羞恥心はあるので、裸になるのは困る。
そこで、ニルマは足元に倒れている男を掴んで盾にした。
「なっ!?」
まさか、神官服を着た女がここまで非道な真似をするとは思わなかったのだろう。
だが、ニルマからすれば、反社会的組織に属する末端構成員など、ゴミのようなものだ。盾にしようと壁にしようと少しも心は痛まない。
ニルマは男を掲げたまま、敵に近づいていった。
男の表面で炎弾が立て続けに爆発する。
だが、男の服は弾け飛んだが、体は無傷だった。
ニルマが男の体を強化しているのだ。服は無理だったが、死にたての肉体になら気を通すことができた。
「どうなってんだよ!?」
死体を掲げた神官がゆっくりと迫ってくる。
その異常な光景に男たちは戸惑い、恐怖していた。
魔力が尽きたのか、炎弾はとっくに出なくなっている。
震えながら、ただ魔導器をニルマに向けているだけになっていた。
これでは、もう戦いとは呼べない状況だろう。
なので、ニルマはけりをつけることにした。
盾にしていた男を放り捨て、男たちの間に踏み込み、腰を落として両掌を左右へと突き出す。
脇腹を打たれた二人はその場に崩れ落ちた。
一人は生きているようだった。
「うん。なんか掴めてきた気がする!」
とりあえず、入ってすぐの応接室に動く者はいなくなった。
待っていれば応援とやらがやってくるのかもしれないが、それがいつになるのかもわからない。
なので、ニルマは奥へと進むことにした。
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