第11話

「でも、ニルマ様、魔法使えましたよね? 神滅大戦では大規模な魔法で破壊の限りを尽くしたと記録にありますけど」


 疑問に思ったのか、ザマーが確認してきた。

 ザマーは出荷時にプリインストールされたデータにより、ニルマのおおまかなことは把握しているのだ。


「一応、攻撃魔法は使えるけどさ。余技だし」


 マズルカの神官たちは、攻撃手段としての魔法を重視していなかった。

 ただ、そうはいっても敵は魔法を使ってくる。

 なので、魔法に対抗する訓練をするために、マズルカの神官も魔法を習得する必要に迫られたのだ。


「その、ニルマさんは、神官をどのようにお考えなんですか?」

「悪魔とか魔神とか敵対宗派をぶちのめす特攻部隊?」


 とにかく最前線で戦う者のことだとニルマは思っていた。


「その、アンデッドの浄化などは行うことがありますが、先頭に立って戦うというものではないですね。ですが、回復魔法がなければどうやって治療していたんですか?」

「怪我しなけりゃいいでしょ?」

「この人、素で言ってますからね。馬鹿にしてるとかじゃなくて」


 ザマーが補足した。


「ニルマさんはそれでよくても、お仲間とかは」

「戦える奴なら自己治癒ぐらいできるし、一般人なら病院に行けばいいじゃん」


 鍛えた神官なら、腕の一本や二本がちぎれても気合いで生やすものだ。

 もちろん一般信徒にまでそんなことを求めないが、彼らには病院がある。即死でなければどうにでもできるほどに、医療技術は発展していた。

 なので、あえて回復魔法を使う状況が、ニルマの周囲にはなかったのだ。


「えーと、とにかく、今の神官とはかけはなれているということですね」

「なるほど。なんかおかしいと思ってたけど……」


 ニルマは疑問だったのだ。

 マズルカ教がここまで困窮するなどあり得ない。金がないなら、資産家に寄付金名目で吐き出させればいいと思っていた。

 だが、それができるだけの力を今のマズルカ教はもっていないのだ。

 弱いのはセシリアだけかと思っていたら、神官長まで戦えそうにはない。

 だから信徒も集まらないし、チンピラにもなめられる。


「五千年経つと色んなことが変わっちゃうんだな……」

「文明の一つや二つなら興って亡びる期間ですしね。ですが、どうします? ここはもうニルマ様の知っていたマズルカ教ではないのでは?」


 ニルマは、有様が変わっていることは、そういうこともあるだろうと受け入れた。

 なのでそれはいいのだが、この窮状の教会に世話になるのも少し躊躇われた。


「お気になさらなくても大丈夫ですよ。お客様の一人ぐらいどうということはありません。それに結構な寄付金をいただいていますしね」


 ニルマの心情を見て取ったのか、ローザが微笑んだ。


「そうですね。まだまだ知らないことも多いようですのでここで勉強させていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい。歓迎いたしますよ」


 こうして、ニルマはこの教会に逗留することになった。


  *****


 翌日。

 ニルマは、セシリアに借りた神官服を着て街を歩いていた。

 ニルマの方が背が高いため少々丈が短いが、バジャマよりはましな姿だ。


「寝る場所ができたってのはいいとして。借金の返済と、経営の健全化を考えないとね」

「そう言って頂けるのは嬉しいのですが……」


 一緒に歩いているセシリアは苦笑いになった。

 大して付き合いもないのに、経営のことまで心配されても困るといったところだろう。


「そんなことより先に国民登録でしょう。今のニルマ様はただの身元不明の不審者なんですから」


 ニルマたちは、国民登録のために役所に向かっていた。

 身元不明の二人がいきなり国民になれるのか怪しいものだが、それは問題ないらしい。

 この国では国民とは冒険者のことであり、冒険者になれればそれだけで国民となれるのだ。


「しかし子供が親の所有物扱いってのはびっくりしたけどね」


 この国では冒険者でない者は国民ではなく、人間ですらない。

 なので冒険者となる前の子供は親の所有物として扱われる。

 冒険者でない者は、人としての扱いをうけることはできないのだ。


「はい。ですので、まずニルマさんたちを所有者不明の拾得物として届け出て、私の所有物として認めてもらいます」

「とんでもない時代に起きちゃったなー」


 五千年前、人権は当たり前の思想として認識されていた。ニルマもそれを当然のことだと思っていたのだ。


「その後、冒険者として申請すれば準国民の資格を得られますので、ひとまずはひどい扱いを受けることはなくなります」


 役所に到着し、拾得物の届け出は簡単に終わった。

 今の時代では、魔法による個人特定を行っている。誰もが持つ魔力の波形を記録し、それで国民の管理を行っているのだ。

 ニルマとザマーの魔力波形は未登録だったので、所有者不明として扱われる。その場合は誰でも所有者として登録できるのだった。


「……けど、僕が登録できてしまうって思ったよりザルですね……」

「……うん。それに波形を変えるぐらい簡単だと思うんだけど……」


 ニルマとザマーは小声で話し合った。

 だが、これで運用されているのならシステムの不備を指摘しても仕方がない。

 ニルマとザマーの二人は無事にセシリアの所有物ということになったので、次に冒険者登録をしにいくことになった。

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