第2話

「神官なら何人も相手にしてきたけどよぉ。神様に邪魔されたことは一度もなかったぜ?」

「そのうちバチでもあたるってのか? 随分のんびりした神様だな」


 少女が必死に訴えるも、囲んでいる者たちはまるで相手にしていなかった。


「こんなことをしている場合ですか!? 一刻も早くダンジョンを攻略しないと取り返しがつかなくなりますよ!」

「いや、まだそこまで進行してねーし、余裕あるだろ」

「心配すんなって。あんたの体でたっぷりと英気を養ったらさくっと攻略してやるからよ」

「そうそう。役立たずの神官でもダンジョン攻略の役に立つんだ。本望ってもんだろ」

「エルナさん! 女性のあなたがどうしてこのようなことに加担なさるんですか!」

「そりゃぁ、こんな臭くて不細工な奴らの相手するなんて嫌だからに決まってるじゃない。ほら、神官ならこのむさ苦しい男どもを癒してやってよ。その清らかな体でさぁ」

「てかよぉ。神官様がそんな体してるのはけしからんよなぁ」

「まったくだ。神様も仕方ねぇって許してくださるだろ」


 状況から察するに、五人の武装集団が一人の少女を追い詰めているようだった。


「人類は滅びなかったみたいだけど、文明レベルは下がったのかな?」

「人間なんて、いつだってこんなものじゃないですか?」


 ニルマとザマーは気配を消していた。

 ニルマには修行で身につけた隠形の技能があるし、ザマーには目覚まし時計として存在感を消す機能があるのだ。


「人類がそれなりに元気にやっていることは確認できましたけど、どうなさるおつもりですか?」

「うーん。あの少女が悪い奴らに手籠めにされようとしてる。ように見えはするんだけど、単純にそう判断していいものか」


 本来、ニルマは短慮で直情径行のきらいがある。

 だが、神官の修業課程で徹底的に矯正されたのだ。

 一度戦いを始めたなら徹底的にやれ。だが、戦うかどうかは熟慮するようにと散々に躾けられていた。


「軽はずみに行動すんなってしつこく言われたんだよね」

「人類が滅びかけたから五千年眠るって、随分と軽はずみで浅はかな行動に思えますけどね」

「起きてたって私に何ができたとも思えないけど。ま、それはともかく助けるとしますか」

「おや? てっきり面倒くさがって放置かと思いましたが」

「あの子さ、同門なんだよね」


 状況がわからないまま手出しするべきではないと思っていたニルマだが、少女の格好を見て気が変わった。

 少女が着ているのはマズルカ教の神官服だったのだ。

 もちろん五千年も経っているので細部は異なっているが、基本的なデザインは変わっていないようだった。


「ああ。ニルマ様が所属されていた教団ですか」

「所属している、ね。やめたつもりはないから」


 ニルマは今でもマズルカ教の信徒だと思っているので、少女は後輩だ。

 身内は命すら賭して守る。

 それがニルマの行動指針の一つだった。


「どうやって助けるかな」

「悩むようなことなんですか?」

「いや、彼女にもプライドがあるかと思って」


 ただ助けられるなどマズルカの神官として恥辱に思うはずだ。

 なので、ニルマは何人かを引きつけることにした。

 そこらに落ちていた石を拾い上げる。

 軽くぶつけて、暗がりに身を隠せばこちらを探りにくるだろう。

 分断してしまえば、彼女も逃げるなり反撃するなりのチャンスが生まれるかもしれない。


「それ、普通に助けるのと何か違うんですか?」

「なにもかも全部やってもらいました。と、反撃のチャンスを作ってもらいました。じゃ、大分違うでしょ?」


 ニルマは、適当に選んだ男の頭部めがけて軽く石を投げつけた。

 石が頭を貫き、向こう側の壁にめり込む。

 一瞬遅れて、男の頭が砕け散った。


「脆っ! え、どうなってんの!?」

「案外常識人なのかと思いましたが……やはり噂通りの人だったわけですね……」

「いやいやいや、そっと投げただけなんですけど!?」


 ニルマに殺すつもりはなかった。

 攻撃のつもりすらなかったのだ。


「きゃああああああっ!」


 少女が叫んだ。


「後ろからだ!」


 少女を追い詰めていた者たちが、隊形を整えた。

 多少の混乱はあるが、それでもそれぞれが己の役目を果たすべく動いている。場慣れしている集団のようだった。


「大声出したから気付かれましたよ?」

「ここまで、脆いとびっくりもするよ」

「なんだてめえ!」


 剣を持ち鎧を着た男二人が前に出て、杖を持ちローブを着た女二人が後ろに回っていた。


「その子、私の後輩なんだよね。解放してもらえないかな?」


 戦い始めたのなら敵が死に絶えるまで徹底的にやる。

 それが神滅大戦に覇をとなえたマズルカ教だが、ニルマはすぐに彼らと戦おうとはしなかった。

 石ころ一つで死んでしまうような相手を敵と認定するには躊躇いがあったのだ。


「なんでパジャマの女がこんなところに……」

「ソルジャーが化けてやがるのか?」


 警戒しているのか、彼らはすぐに攻撃してこなかった。


「なんにしろこれを見られて、生きて返すって選択はねぇな」


 武装集団は剣と杖を向けてきた。


「その子を渡してくれるなら、ここでのことは黙っててあげてもいいけど……どうせ信じないよね」

「当たり前だ。殺しちまうのがてっとり早いに決まってんだろ。ここはそーゆー場所だ」


 相手に戦う気があるなら躊躇うことはない。ニルマは戦うことにした。

 そう決めたならその瞬間から戦闘は始っている。

 ニルマは、ザマーの手を取った。


「え? なにを――」


 ニルマはザマーをぶん投げた。

 四人の敵はザマーをまともに食らい、肉塊と化した。

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