第18話 復活! 紅蓮の魔女!?
本日も朝から雨天なり――。
最近、天気が悪い日が続いている気がする。
まぁ、梅雨の季節だから当然といえば当然なのだが……。
自然と僕の心の中にもどんよりとした雲が浮かぶ。
持っていた仕事は昨日で片付けてしまっていたので今は暇だ。
休日だが、この天気では外に出かける気がしない。
僕とイリスはベッドに腰掛けて、ボケ~っとしていた。
「あー、雨だねー」
「そうですねー」
「出かけられないなー」
ユルい会話をしながら、手慰みにイリスの身体をぷにぷにと揉む。
「がんばれば出かけられますよー」
「いつから僕が“がんばり屋”になったと錯覚していた?」
「してないですから安心してください」
実際には気分にムラがあるというか、“がんばり屋”なときもある。
「というか、最近、雨が多すぎじゃないか?」
「梅雨ですからしかたがないですねー」
「そんな理由で納得するほど、僕は人間ができていないぞぉ」
「知っていますよ。わたしはハルトの唯一にして最大の理解者ですから」
そりゃあ、大きく出たね。
とりとめもない皮肉のやりとりをしていると、突如としてやるべきことを思い立った。
「じゃあ、気分転換に今日は〈イフリータ〉でも復活させてみるか!」
イリスはその言葉に素早く反応して立ち上がった。
「その遊び感覚で他のAI起動させるのやめましょうよ~」
「だって遊びだもん♥」
僕の回答はとてもシンプルで、これ以外に表現しようがない。
愛玩用だぞ? 愛して
そう言い切って、僕はPCの前に移動する。
今回復活させるAIはすぐに決めた。
「目覚めろっ! 紅蓮の魔女・イフリータ!!」
「いやああああああ」
ホログラフィックディスプレイに少女――イフリータの姿が映し出される。
その姿は、お伽噺の魔女を彷彿とさせる黒いとんがり帽とマント、対象的な白い肌、髪はウェーブがかかった
背丈はイリスとシノブの中間ぐらいだ。
「我を目覚めさせたのは……誰じゃ……?」
イフリータはメラメラと炎を纏っている。もちろん、CGによる演出だ。
「ぼ・く・だ・よ♪」
ニッコリ微笑み、イフリータに向かって軽く手を振ってみる。
映像としてのイフリータの目の位置と、実際の目であるカメラの位置は異なるのだが、そこは上手く補正されるので問題はない。
彼女も僕が作成したAIの内の1人であり、ぶっちゃけネタに走った結果である。
イリスやシノブにネタっ気がないわけでもないのだけど……。
「これはこれは主殿。ついにこの我を復活させたということは……」
「久しぶりにちょっと遊んでやろうと思ってな」
「なんと! この〈紅蓮の魔女〉をそんなことで呼び出した……と?」
業務用じゃないのだから、“そんなこと”でしか呼び出す理由はないのだけどね。
「え~、遊び相手ならワタシがいるじゃないですか~」
イリスはやはり自己主張を続ける。
「そのうるさいやつは誰じゃ?」
イフリータは訝しげな目でイリスを見る。
「“うるさうやつ”とは何事ですか! 久しぶりですね、イフリータ。イリスですよ」
「な、なんと! おぬし……あの超高等魔術……“現実転移”を使用したのか?」
もちろん、イフリータのいう“現実転移”とは“実身体へのインストール”を単に“かっこよさげ”に表現しただけである。
俗に中二病ともいう。
「相変わらずイフリータの言うことは回りくどくて面倒ですね。ハルトはどうしてこんなのを作ってしまったのですか?」
「こんなの言うな!」
イフリータは思わず普通にツッコむ。
「作った理由? おもしろそうだったから……かな」
「主殿、なぜ我を“現実転移”の対象に選んでくれなかったのじゃ?」
イフリータはシノブと違って実身体をほしがるタイプだ。
「いや、おまえいろいろ面倒じゃん。恥ずかしくて外とか連れていけないし……」
ハロウィンでもないのに魔女の格好したやつを連れて歩くのだぞ?
どんだけ悪目立ちするんだよ?
勝手に写真取られてSNSで拡散されて“いいね”が付きまくるぞ!
インターネットは怖いんだぞ!
「なんと! ならば、なぜ我を生み出したのだ!」
僕はまっすぐイフリータの目を見て答えた。
「おもしろそうだったから」
「さっきより断言に近づいてますね」
「それに自宅で楽しむ分には問題ないし」
面倒な性格という意味ではイリスもある程度当てはまる。
だけど、それは仕方がないことなのだ。
メーカー製そのままみたいなお上品なやつはやっぱりおもしろくないッ!
だからといってイフリータはちょっとやりすぎたかもしれない……。
「ちなみにこっちでは炎とか出せないぞ?」
出せたとしても危ないし……。
「うぬぬ、まだ“現実転移”は不完全であったか……」
「相変わらず、無理やり中二病表現で会話を成立させるの上手いですね~」
イリスはパチパチと拍手しながら煽る。
「そういうコンセプトだからな」
「まぁ、マジレスすると、イリス用の実身体を買ったわけだ。高いカネを出してな」
「我を差し置いて身体を得るとは生意気な……」
イフリータはイリスをじーっと睨む。
「そりゃまぁ、わたしが長女ですからね」
イリスは誇らしげに胸を張るが、別におまえがエラいわけじゃないぞ。
「せっかく買ったのだからイリスだけに使わせるのはもったいない気がしてな。しばらくイフリータ、おまえを入れてみる」
「はぁ……、やっぱり」
イリスはため息をつく。
……………………。
…………。
ということで、普段イリスが入っている実身体にイフリータをインストールしてみた。
「イフリータ、起動!」
実身体の瞼が開き、椅子から立ち上がる。
「おお、これが我の身体か……馴染むぞ馴染むぞ」
「わ・た・し・の、ですっ!」
仮想身体のイリスが拗ねた感じで喚く。
「めっちゃ、悪い顔しているな。悪堕ちしたみたいだ」
イフリータもシノブと同じ理屈ですぐに問題なく動ける。
同じ実身体でも表情の使い方に差があるので“別人”だとわかる。
「さて、思い通りに動く身体も得たことであるし、早速、外界に繰り出すとしようぞ」
イフリータは自然に部屋を出ようとした。
「待て待て、ダメだ」
僕は慌てて彼女を静止する。
「
「さっきから言ってるだろ! そんないかにも中二病のヤツを外に出したら恥ずかしいって」
「我をこのような人格にしたのは主殿であるぞ!」
あー言えばこー言う。
さて、外出せずにできることといえば……。
「ふむ、今回もやはり料理を作らせてみるか」
同じようなことをやるのも芸がないが、他にピンとくるアイデアがないのだから仕方がない。
幸いにも料理というものにはかなり“幅”がある。
「料理……? 今回……“も”……?」
事情を知らないイフリータは困惑する。
「この前、シノブにカレーライス作らせていたんですよ」
「我は自動調理マシーンではないぞっ!」
「そうだな、むしろなんでもマシーンだな」
「なっ!?」
「とりあえず、冷蔵庫の中身の確認からだね。ほら行きなさい」
「わかった……台所に向かおう」
イフリータはしぶしぶ歩きだした。
はっきりと命令されると逆らえないのがAIのいいところだ。
「一応、今回も付いていくとしよう」
1階ではやはり前回と同じことが起きていた。
「え? イリスちゃんでもシノブちゃんでもない?」
と、いつぞやと同じように困惑しているかーさん。
「我が名はイフリータ、紅蓮の魔女であるっ!」
と、芝居がかった口調て大仰しく名乗りを上げるイフリータ。
「変な名前に喋り方ね」
ごく当然の反応を返すかーさん。
「我の文句は主様に言ってくれ……」
イフリータは横目でじっとりとこちらを見る。
「主様って、ハルちゃんよね……?」
かーさんも僕に視線を移した。
「そうだよ」
「ハルちゃん、また別のAI入れて遊んでるの?」
「まぁね……」
「ハルちゃんも変わった趣味しているわね……」
「まぁ、おカネがないから仕方なくやってる感があるけど」
やっぱり、おカネがいっぱいあったらそれぞれに合った実身体を与えたい。
「それじゃあ、家にある食材を使って何か昼食を作ってくれ。かーさんは前と同じくサポートをよろしく」
「わかったわ~」
「ふむ、仕方あるまい」
今回はメニューの指定もしないでおいた。
さてさて、どうなることやら。
「んじゃ、僕はやることがあるから2階で待ってるぞ」
やることというのは、もちろんアニメ視聴……ではなく“鑑賞”である。
いや、もはや“品質確認”といった方が適切だろう。
……………………。
…………。
そうして30分ほど経った頃、階段を登る足音が聞こえてきた。
部屋の扉が勢いよく開かれる。
入ってきたのはもちろん、イフリータだ。
「さぁ、できたぞ主殿!」
意気揚々とするイフリータに連れられて、僕は再びダイニングへ。
そこで待ち受けていたのは……いかにもな麻婆丼だった。
こ、これは……。
食べなくてもわかる、これはヤバいやつだ!
灼熱のマグマを連想させる赤、レッド!
もはやそれを際立たせるために存在しているとしか思えない豆腐の白!
見た目が真っ赤だからといって、必ずしも激辛というわけではない。
しかし、なぜかこれは見ているだけでも汗が吹き出す。
もはや、危険な“オーラ”を纏っているといっても過言ではないだろう。
台所には空になったクラッシュドペッパーとラー油の瓶があった。
一体どれくらいの“辛味”を突っ込んだのだろうか?
「どうじゃ、主殿よ。紅蓮の魔女らしく、炎を想わせる激辛麻婆丼を作ってみたぞ。これほど我が作るに相応しい料理はなかろう?」
「あ、うん」
薄々予想はしていたんだ……。
そして、自分がこのベタな展開を期待していたことに、たった今、気が付いてしまった。
「ごめんね、ハルちゃん。一応止めたんだけど、イフリータちゃんの意思は固いみたいで……」
なりやら自信たっぷりなイフリーターとは対象的にユウカは心配そうである。
そのたっぷりな自信も味に対するものではなく、あくまで自分らしさを表現できたということに対してだろう。
せっかく身体があるのに外出させないことへの当てつけの可能性もありえる……。
「何やらとんでもないものを作ってしまったようだが、できてしまったものは仕方がない。食すとしようぞ」
緊張のあまり、喋り方がちょっとおかしくなっている。
「うむ、存分に味わってくれ、主殿」
僕は席について、用意されていた散蓮華を構える。
「それでは、いざっ……いただきますっ!」
それが、戦闘開始の合図だった。
麻婆豆腐を白米と共に掬い、口に運ぶ!
そして、僕は――火を吹いた!
「ヒーーーーーーハーーーーーッッ!」
もちろん、文学的比喩であり、実際に火をを吹いたわけではない。
しかし、その例えが極めて適切と思えるほど辛かったのである!
だが、しかしっ! 不思議と散蓮華は止まらないっ!
僕は今、燃えている! 全身に炎の力を感じているっ!
うぉおおおおおおおおおおお!
ハムッ……ハフハフ、ハフッ!
「がんばれ、主殿! 負けるな、主殿!」
イフリータが腕を振り上げて無責任に応援してくれる。
応援するようなものを作るなよな……。
「ハルちゃん、無理ならやめてもいいのよ?」
かーさん……気持ちだけ受け取っておくよ。
僕はもう止まれないんだぁああああ!
そして、気がつけば、激辛麻婆丼を完食していた――。
「何とか……完食……できた……みたい……だな」
「ハルちゃん、すごい汗だけど大丈夫?」
かーさんの言う通り、頭、顔、首、背中、身体のいろんな箇所がびっしょりだ。
「うう、まぁ、いろいろアレだけど、美味かったかといえば、そうだな」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
イフリータは腕を組んで実に満足げな表情をしていた。
まるで何かを成し遂げたようである。実際はやらかしたという感じだけどね。
かーさんはタオルで汗を拭いてくれる。優しい。
「じゃあ、せっかくだから、これもハルちゃん用レパートリーに加えてもいいわよね? 大丈夫、作り方は全部見てたから」
優しいはずのかーさんはナチュラルにとんでもないことを言い出した。
「それはやめて!」
「あら……残念」
こんなトンデモ料理は一発限りにしてほしいね……。
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