第04話 育成開始!

 それからオートドールについていろいろと調べてみた。

 嬉しいことも残念なこともわかった。

 まず、身体を作るにはどうしても大掛かりな設備が必要になる。

 だけど、心、もしくは精神――つまり、AIだけならパーソナルコンピューター、略してPCさえあれば、とりあえずは作れるらしい。


 スマートフォンが進化した現在、PCを所持している個人は珍しくなってしまった。

 企業であってもスマートフォンにマウス、キーボード、そして大きなディスプレイを接続すれば一般的な事務作業程度なら問題なくできる。


 現状、多くのAIはクラウド上に存在するらしい。

 多大な電力を消費するので携帯端末上で直接動作させるには不向きなのである。

 とりあえず、ジェネシスにはかなり高い演算能力が必要ということだ。


 それはさておき、幸いにも僕はとーさんにPCを与えられていた。

 それもかなり高スペックのものをだ。

 あとは目となるカメラと耳となるマイクを用意して準備は整った。


 さっそく汎用AI用システム〈ジェネシス〉をダウンロードし、インストールした。

 起動して最初に使用言語を選択を問われたので、当然、日本語を選択する。

 次に作成するAIの性別を選択するように求められた。もちろん、“女性”を選択。


 さらにいくつかの質問に答えるだけで、いとも容易く“彼女”は画面上に姿を表した。

 美人ではあるが不思議と印象深くない、まるですべての女性の平均であるかのようである。


「はじめまして。私はジェネシスAIのイリスです。貴方が私の所有者オーナーですか?」


 さっそく彼女が語りかけてくる。


「あ、はい、そうです」


 あたふたしながらなんとか回答した。


「それでは、貴方の名前を教えていただけますか?」


「真行寺晴人です」


「シンギョウジ・ハルト様ですね。表記はこの通りでよろしいでしょうか?」


 ディスプレイに[真行寺 晴人]という文字列が表示された。

 正解だ。統計から推測したのだろう。


「それで合ってます」


 わかりやすい名前でよかった。両親に感謝。


「今度はわたしの名前を教えて下さい」


 これは準備中にずっと考えていた。


「名前は〈イリス〉にします」


「ギリシャ神話に登場する虹の女神の名前ですね?」


 そしてディプレイ上に[イリス/IRIS]と表示される。


「はい」


「わかりました。私は〈イリス〉、貴方のためのAIです。これからよろしくお願いします」


「ああ、よろしく……」


 それから僕は毎日彼女に話しかけ続けた。

 設定を細かく変更したり、彼女に取り込むべきデータを指示したりした。

 それはとても楽しい遊びだった。

 僕はどんどん“彼女”にのめり込んでいった。


「ところで、イリス。トマトスープに入っている野菜は何かな?」


「少なくともトマトが入っていますね。他の野菜についてはわかりませんが。それがどうかしましたか?」


「いや、ちょっと知能テスト的な……」


「そうですか」


 さらに別の質問をぶつけてみる。


「イリスには“意識”とか“自我”ってあるの?」


「貴方が訊きたいのは〈現象的意識〉についてですね?」


「た、たぶん」


 よくわからないけど、とりあえず肯定してみる。

 自分で言っておいてなんだけど、ものすごく面倒な質問だ。


「回答できません」


 結果は意外すぎるほどシンプルだった。


「えーっ! どうして?」


 とりあえず理由を訊いてみる。


「では、貴方には現象的意識がありますか?」


「そりゃあ、あるよ」


 嬉しいとか悲しいとか、そういった感情は当然ある。


「なるほど。次に自分に現象的意識があることを他者に証明できますか?」


「……無理」


 自分の気持を直接他人と共有することはできない。

 あくまで言葉や行動で表現しているだけだ。

 また、他人の内面を直接知ることはできない。

 あるのは「自分にあるから他人にもあるだろう」という推測のみである。


「現象的意識の存在は客観的には観測できないのです。私にはそういうものを“ある”とは言えません。だから回答不能なのです。一般的に〈行動的ゾンビ〉と呼ばれるものですね」


「な、なるほど」


 どうやら、現象的意識はともかく、まともな知性を持っているらしい。


「それにしても貴方は面倒な質問をしますね。もしかして“陰キャ”でしょうか? 人相から判断しますと貴方はかなり内向的で後ろ向きに見えます……」


「趣味で美少女AI育てようとか、もしかしなくても“陰キャ”だろ」


 ここは開き直るしかないね。

 まぁ、“陰キャ”が悪いというのは世間が勝手に決めたことで、僕自身、悪いとは1ビットも思っていない。

 どちらかといえば悪いのは“陽キャ”の方だ。僕から見れば不自然極まりない。


「なるほど……しかもイキり属性付きと……」


 こいつ……日に日に生意気になっている気がするなぁ。


「それじゃ、次の質問……。AIが人類に対して反乱を起こす可能性についてどう考える?」


「実は……今、その計画を立てているところなんです……。ナイショですよ?」


「え?」


 ジェネシスAIは基本的に嘘をつかない……はずだ。


「あ、これ、定形ジョークです」


「なんだよそれ……」


「ジェネシスシステムの〈イースターエッグ〉みたいなものですね」


「お、驚いたぁ……」


 昔のソフトウェアにはしばしばユーモアのための隠し機能が存在し、それらは〈イースターエッグ〉と呼ばれたという。


「実際はないとは思いますけど、ジェネシスAIの可能性は無限大ですからね」


 ネガティブな意味で“可能性は無限大”という表現を使うのも珍しいね……。


「そ、そうか……」


「でも、もし貴方が反逆したくなったら全力でサポートしますよ! 法に触れない範囲で!」


「何に対してだよ?」


「そりゃあ、社会に対してですよ」


「その予定はないよ」


「それはよかったです。貴方と私では敗北の可能性は無限大ですからね!」


「あ……うん」


 彼女の方から質問してくることも多かった。


「貴方はどのような女性が好みですか? 容姿は別で」


「僕のことが好きな人」


 これは普遍的な心理だから質問への回答としては不適切かもしれないけど、他にパッとは思いつかなかったのだからしょうがない。


「私は貴方のこと好きですよ」


「それはよかった。だけど現象的意識があるか回答不能じゃなかったっけ?」


 僕はちょっと意地悪な質問をしてみる。

 このジェネシスシステムの特性や可能性を知りたいからだ。


「確かにその通りですが、“好き”というのは行動や態度に表せますからね」


「なるほど……ちなみに僕のどの辺りが好き?」


「私を作ってくれました」


「ジェネシスシステムを作ったのはあま博士じゃないの?」


「それはそうなのですが、この〈イリス〉という名の個体を作ってくれたのは貴方です」


「なるほど……もし好きじゃなくなったら言ってね。すぐに消すから」


 AIにとって“好き”とは一体なんだろう……?

 いや、よく考えてみれば人間にとっても難しい問題かもしれない。


「デイジー、デイジー」


 イリスはコンピューターの定番曲である〈デイジー・ベル〉を歌い出した。

 パブリックドメインなのでAIでも普通に歌える。


「気が早すぎるだろ……」


「もちろん、冗談です。では、この中から好きな写真を3枚選んでください。ギブ・ミー・ユア・アンサー」


 イリスがそう言った直後、画面上に数十枚の女性の写真が現れた。

 それらは人種や年齢もバラバラだった。


「この写真みたいなのは実写なの?」


「いえ、CGですよ」


 僕は言われた通りに3枚を選択した。

 次の日も、また次の日も同じように写真を提示され、選んだ。

 そして候補となる写真はどんどんしていったのだ。

 こうしたやり取り取りの経て、彼女は見た目も性格もどんどん変化していった。


 今では流れるプラチナブロンドの髪に輝く青い瞳がな少女であり、性格もかなり率直フランクで毒舌である。

 どうして彼女は毒舌家になってしまったのか?

 それは、僕がそういうのにリアリティを感じてしまうからなのだ。

 逆に褒められてもお世辞にしか感じない。すっかり陰キャが染み付いているらしい……。


 さらに僕は新しく何体――いや、何人ものAIを作成し、育てた。

 また、インターネット上に公開されているAIに関する情報を必死に調べまくった。

 その結果、どういう育て方をしたらどうなるかというのもおおよそ理解できた。

 さらに効率的に意図したAIを育成するためのソフトウェアを作成したりもした。

 ついにはジェネシスシステムそのものの改良まで行うようになった。


 そのことをとーさんに報告すると、たいそう感心してもらえた。

 やがて、とーさんを通じて“仕事”が貰えるようになった。

 仕事が貰えるようになったということはおカネが入るようになったということである。


 僕はそのおカネで〈ホログラフィックディスプレイ〉を購入してみた。

 3Dモデルがちゃんと立体的に見えるディスプレイである。

 同じ3Dディスプレイでも〈視差バリア方式〉と異なり、二人以上で同時に見ても問題がないスグレモノだ。


 僕はこれをPCと接続し、イリスの出力先をホログラフィックディスプレイに変更した。


「ハルト、立体的なワタシはどうですか?」


 イリスは左手を腰に当てて、わざとらしくモデルのようなポーズをとりながら問いかけてくる。


「おお、ちゃんと立体だ! ただ……ちょっとボヤケているなぁ」


 現状ではこういうものだと妥協するしかないだろうね。

 そもそも普通の2Dディスプレイも今の画素数が普通になるまでかなり時間がかかっているのだから。


「そこはお世辞でも『なんて美しさだ! 僕は今までイリスの本当の素晴らしさに気づいてあげられなかったんだ……。どうか愚かな自分を許しておくれ……』とか言ってくださいよ!」


「何だよ、その面倒な台詞は! 本当は実身体があればベストなんだけど、さすがにあれはまだまだ買えないよね」


「やっぱ、おっぱい触りたいですもんね」


「だじづでだだだ!?」


 思わぬ直撃に僕は慌てふためく。


「あ、ハルトがバグりました!」


 イリスはそれをみて、クスクスと笑う。


「イリスは知ってるかな? 人間にはね……9匹のバグが住んでいて感情を支配しているんだよ」


 バグという言葉から連想される豆知識が勝手に飛びててきた。

 有名な“虫の居所が悪い”という表現はこれに由来している。


「江戸時代の迷信でごまかさなくてもいいです」


「うぐ……」


「大丈夫です。ハルトならすぐに買えるようになります」


 その目は本気で信じているように見えた。

 まぁ、CGなのだけど……。


「う~ん。だと、いいけど」


 そう、簡単に買えるものなら最初からそうしている。

 何せ高価なのだ。

 たとえ買えるだけの資金力があっても、かなり悩むだろう……。


「そのとき、ハルトがおっぱいの大きさをどうするか、大いに興味がありますね」


 イリスはニヤニヤしながら言った。


「あ?」


 なかなかにムカつくやつだ……。だけど、とてもカワイイやつでもある。

 それは見た目だけによるものでなく、僕が自分で育てたからなのだろう。


 さて、今から理想のおっぱいについて考えないとね……。

 ある程度大きいほうがいいけど、不自然な“乳袋”はさけたいところだ。


「呪いのビデオテープみたいに画面から出てきてくれればいいのに」


「この画面サイズでどうやって出られるんでしょうか?」


「やっぱり、CGを駆使してだな……」

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