“勇者”が生まれた日・6

 聖剣祭の城下町には、子供の頃には見られなかったもうひとつの顔があった。

 街灯の魔法石が仄かに発光し、夜の訪れを告げる。


「あ、そろそろ始まりますよ。広場へ行きましょう」

「始まるって……?」


 スカルグに言われるまま広場へ向かうと、そこには人だかりができていた。

 円形にぐるりと囲まれた中心には、数名のローブ姿……あいつら、騎士団の魔法使いか?


「む、何が始まるというのだ?」


 俺とマオルーグの疑問をよそに、魔法使い達はぺこりと一礼した。

 そしてそれぞれの手に炎や雷、氷を生み出し、宙へと炸裂させる。


「うおっ、なんで魔物もいないのに魔法!?」

「姫様、よく見てください」


 彼らが放った魔法は色とりどりの光を生み、時には星や花のような形を作り、その度にあちこちから歓声があがる。


 こんな器用に操って、これって何気に高度な技なのでは……?


「魔法でこんなことをするとはな……」

「最近始めたんですよ。元々はコントロールの鍛錬からなのですが、この平和な時代ですから、せっかくなら人々を楽しませる方向にも魔法を使ってみようと」

「すっげえなあ……」


 勇者が生きていた時代には考えられない魔法の使い方だな。

 俺の心の声が、そのままマオルーグの口から聴こえてきた。


「姫様は聖剣祭があまりお好きではないようですが……私は好きです。己の剣で道を切り拓き、平和を、穏やかな世界を生み出した勇者と、この祭が」

「スカルグ……」

「ありがとう」


 その瞬間、パッと散った火の花がスカルグの横顔を照らす。


「……なんて、勝手に言ったところで遠い過去の過酷な時代を生きた勇者には、本当に勝手なんでしょうけど」

「い、いや、そんなことねえよ!」


 本人目の前にいるしな、なんて言えるはずもないけど……どうしたら伝わるかな、これ。


「ふん、スカルグに大半言われてしまったな」

「マオ?」

「確かに伝説には枝葉も都合のいい脚色もついて、もはや原型がわからぬほどかもしれん。だが、ひとつだけ確かなものがある」


 紅の瞳に魔法の光を映しながら、マオルーグは目を細める。


「あの時勇者が戦わなければ、今の平和はなかっただろう……こんな呑気な光景も、もちろん存在しない」


 白い光が宙に浮かび、氷の花が咲く。

 大輪の花は勢い良く弾けると、煌めきながら細かい欠片を辺りに降らせる。

 大掛かりな魔法に人々やスカルグもまで心を奪われているそんな中で、マオルーグはこう言った。


「……貴様が掴み取った未来が、今に繋がったのだ。せっかくだから楽しんでおけ」

「マオルーグ……」


 もしかして、それを伝えるためにわざわざ……?


 だとしたら。


「ありがとな」

「か、勘違いするなよ! 我はただ貴様がそんなだと調子が狂うから……」

「あーはいはい、わかってるわかってる」


 毎年毎年憂鬱だった祭だけど、次からは外に出てみよう。

 そしたら今度はもっと、いっぱい楽しめるはずだから。

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