お忍び祭・6

 祭も終わり、余韻を噛み締めながら過ごす夜……俺はマオルーグを部屋に呼びつけた。

 よし、もう魚臭くねえよな……たぶん。


「……こんな夜更けに乙女が男を部屋に呼ぶとは」

「何言ってんだ。こんな夜更けじゃねーとできねー話もあるだろ。俺とお前にしかできねー話がさ」


 そう言ってやればピンときたようで、マオルーグの顔つきが真剣になる。

 ていうか、コイツと二人っきりでないとできない話なんて決まっている。


「悪かったな。ホントはお前にも祭を楽しんでもらいたかったんだが」

「我に、か?」

「この『お忍び祭』……人間も、妖精も……魔物だって関係ない。みんなで楽しむ、平和の象徴みたいなもんだろ? そりゃあ、魔物はまだまだこういうの難しいかもしれないけど……それでも、俺たちが争ったあの時代よりは、確実に平和に近づいてる」


 いろんな仮装が、いろんな姿の者が入り交じって楽しむ『お忍び祭』の光景が、いつかの理想なんじゃないかって。

 それを、魔王だったお前に見せたかったんだ。


「……お前も、そう思って俺にお忍び祭の話をしたんじゃないのか?」

「勇者……」

「それにほら、魔界にホームシック起こしてるんじゃないかって」

「ぬな!?」


 あれ、違うの?

 人間に生まれ変わっちゃって魔王の城に帰れないから、もしかしてって思ったんだけど……


「ホームシックなど起こしてはおらぬ。だいたい、現在の魔王城に住人がいるのか……そもそも城があるのかどうかもわからぬわ」

「ありゃ、そうなのか」

「それに、我は今の生活が……」


 ごにょごにょと口ごもるマオルーグは、ややあってまるで餅を喉に詰まらせたみたいな顔をする。


「……マオ?」

「な、なんでもないわ、馬鹿者!」


 なんだよ、急に怒るなよう!

 俺の非難めいた視線に気づくと、マオルーグは咳払いをひとつして、


「とにかく、余計な心配は無用だ」


 なんか誤魔化されてる気がしないでもないけど、面倒臭いからそのままにしておこう。


「それならいいけど……来年はお前も一緒に楽しもうな」

「なに?」

「そ。さっきファイにも言ったけどさ」


 この賑やかで平和なお祭を、前世の因縁も関係なく楽しめたら。


「来年……?」

「来年も、祭は続く。来年も、みんな一緒だ」

「……ふん、くだらぬが……貴様がそこまで言うなら付き合ってやらぬでもない」

「またまたそんなこと言って、結構ノリノリだったじゃねーか」

「ぐぬっ……!」


 あの吸血鬼衣装、ちょっとやそっとじゃ用意できないだろ。

 あ、衣装と言えば。


「そうだマオたん、お菓子くれよー」

「何を貴様、もう祭は終わって……」

「昼間ちゃんと言っただろ。なに、もしかして用意できない?」


 だったらイタズラしちゃうぞーと手をわきわき動かして見せる。


「っ……じ、時効だ! それに、こんな夜更けに菓子など太るぞ貴様!」

「にゃっ、ま、まだ若いから平気だもん!」

「どうだかな。屋台でも相当食べていたようだし、そのうちコロコロと鞠のように丸くなっていくかもなあ? せいぜい転んだ時にそのまま坂道を転げ落ちていかぬようにな!」

「ぬぐぐぐ、マオたんの意地悪ー!」


 そんな、色気の欠片もないやりとりをしながら、リンネで初めての『お忍び祭』の夜は更ける。


 来年も再来年も、ずっとずっと、こんな平和な時間が続きますように。

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