僕らの謎解きバレンタイン

無月弟(無月蒼)

その謎、僕が解き明かそう

 ここは僕の通う朝霧小学校の、四年三組の教室。

 じっとしていたら、すぐに体が冷えてしまいそうな冬の日。今日は朝から、皆がソワソワしている。その理由は、今日が2月14日、バレンタインだからだ。

 女子は好きな子にチョコを渡したくて、男子は好きな子からチョコを貰えるか気になって、皆ソワソワ。まだ朝のホームルームも始まっていないと言うのに、早くもチョコを誰にあげる、誰から貰いたいといった話をして、皆盛り上がっている。


 そんな中僕はいつものように、自分の席について本を広げていた。毎朝図書室で借りた本を読んで過ごすのが、僕の日課だ。

 だけどそんな僕の目は、ある一人のクラスメイトの事を捕らえていた。


 僕の二つ前の席の男の子。皆がカカオと言うあだ名で呼んでいる、クラスのムードメーカーな男の子だ。そんな彼が、教室に入ってきて自分の机に行くなり、なんだか急にソワソワし始めたのだ。


 ソワソワしているのは、他の子達も一緒。だけどカカオの場合は、ソワソワと言うか、凄く挙動不審と言うか。他の子達と比べても、明らかに様子が変なのだ。机の中を覗き込んだかと思うと、辺りをキョロキョロと見て。あれじゃあ変な奴って思われても、文句は言えないよ。


 そんな事を考えながら見ていると、そのカカオと目が合った。すると何を思ったのか、カカオはパアッと顔を明るくして、足早にこっちにやって来る。


「ホームズ、一生のお願いだ!知恵を貸してくれ!」


 カカオはすがるように僕に懇願してきた。一生のお願いねえ。今年に入ってから、もうそろそろ二桁になるかな、彼の一生のお願いは?僕は広げていた本を閉じて、カカオと向き合う。そして……


「却下」

「まだ何も言ってないじゃないか!」

「どうせまた、何か手伝ってくれとか言うんでしょ?」

「そう、その通り。お前の力が必要なんだホームズ!」


 うん、思った通りの展開だよ。

 ちなみにさっきからか顔が言っている『ホームズ』と言うのは、僕のあだ名。シャーロックホームズの本をよく読んでいると言うだけの理由で、何故かこんなあだ名がついてしまったのだ。もっともカカオ曰く、それ以外にも理由があるらしいけど。いや、そんな事よりもまずはカカオの事か。


「それで、いったい何がどうしたの?」


 一度は話も聞かずに断ったけど、とりあえず事情だけは聞いてみる。するとカカオは、背中に隠していたある物を僕に見せてくる。それはリボンで奇麗にラッピングされた包みだった。


「実は登校して来て机の中を見たら、これが入っていたんだ。いったい何だと思う?」

「チョコじゃないの?バレンタインの」

「や、やっぱりそうだよな」


 2月14日に机の中にそんなものが入っていたのなら、普通ならそれ以外考えられない。こんなのわざわざホームズに頼らずとも、推理することは出来るだろう。だけどそれくらい、カカオも分かっていた様子。


「これって、ラッピングも凝ってるし、絶対に義理じゃないよな?と言う事は、何だと思う?」

「本命のチョコだって言いたいの?」

「や、やっぱりそうなるよな⁉やった!」


 よほど嬉しかったのか、ガッツポーズをとるカカオ。たしかカカオはこの前、義理でも良いからチョコレートが欲しいって言ってたっけ。だけどそこに、まさかの本命と思しきチョコが来たのだ。テンションも上がるだろう。

 だけどそれも束の間。はたと何かを思い出したように動きを止めたカカオは、僕に向き直る。そして……


「なあ頼む!こいつを俺にくれれたのがどこの誰なのか、一緒に探してくれないか!」


 そんな事を言ってきた。探すのを手伝うって、僕が?冗談じゃない、何でそんな不毛な事をしなくちゃいけないのさ?

 当然の疑問を口にしたけど、カカオはニコニコ笑いながら言ってくる。


「だってお前、推理力あるじゃないか。前に花瓶が割れた時犯人を言い当てたり、ボールが無くなった時に探し出したりしたじゃん。今だってホームズの本、読んでたしよ」


 さっきまで広げていた、『シャーロックホームズの冒険』を指さすカカオ。いやいや、ホームズを読んだからって皆が皆ホームズみたいな推理力が得られるのなら、世の中名探偵だらけだよ。

 まあ、カカオよりはあるとは思うけどね、推理力。


「頼む!お得意の名推理で、チョコをくれた奴をビシッと見つけてくれよ」

「無理だよ。だいたい僕が手伝う義理は無い」

「義理じゃない!これは本命チョコだ!」

「訳が分かんないよ!」


 ギャアギャアと言い合い、不毛な争いをする僕ら。ああ、なんてバカらしいのだろう。手伝わないったら手伝わないの!


「そんな事言わないでくれよ。友達だろ、親友だろ」

「親友……調子のいい事言って。だいたいチョコの送り主を探すのを手伝えって、聞きようによっては『俺はチョコ貰ったんだぞ』って自慢しているようにも聞こえるよ。そこのところちゃんと分ってる? 」


 事実、さっきから僕らの会話を聞いて事態を察したクラスの男子が、嫉妬に駆られた目をカカオに向けている。カカオはこれでも内緒話をしているつもりなのだろうけど、声が大きすぎるんだ。皆、『何でアイツが貰ってるんだ?』って顔をしているよ。


「いらない怨みを買っても知らないからね」

「えっ、ああ、そう言えばそうだな。でもホームズは、そんなことを、気にしたりしないだろ」

「まあね」

「だからホームズに相談したんだよ。なあ、まずは話だけでも聞いてくれって」

「……仕方が無い、聞くだけなら良いけど」


 とうとう根負けした僕は、諦めて話を聞く事にする。


「実はさあ。この包みのどこを見ても、くれた奴の名前が書いて無いんだよ。これじゃあどこの誰がくれたのか、わからないってのによ。きっと慌てて名前を書き忘れちゃったんだなあ。慌てんぼうなんだなあ、何か可愛くていいけど」


 にへら~と、だらしのない笑みを浮かべるカカオ。その顔を見て、ムカつくって思うのは僕だけじゃないだろう。


「名前を書き忘れたとは限らないんじゃないの?例えば恥ずかしいから、わざと名前を書かなかったとか?」

「ああ、そうかもしれないな。そっかー、告白するのって、恥ずかしいもんなー」

「いや、僕が言いたいのはね。もし君にチョコをあげたなんて黒歴史が誰かに知られたら、恥ずかしくて死にそうになるって意味だったんだけど」

「なんで俺にチョコをあげるのが黒歴史になるんだよ⁉」


 大声で叫ぶカカオ。いや、でもねえ。


「僕だったら、バレるのは嫌だね。穴があったら入りたいって思うだろうし、恥ずかしくて二度とお天道様の下を歩けなくなる。だいたい、女子は皆言ってるよ『カカオってムードメーカーで面白いけど、彼氏にするなんてありえない、生理的に無理』って」

「お、俺ってそんな風に言われてたのか?」

「良かったね、一つ賢くなったよ」


 そう言って僕はまた、本を手に取ろうとする。だけど本に触れる寸前にカカオの手が伸びてきて、僕の手を掴んだ。


「待て!ホームズは気にならないのか?そんな生理的に無理な俺に、いったいどこの誰がこのチョコをくれたのか!」

「……僕は別に。そのチョコの送り主が誰かなんて、探そうとは思わない」

「そんなあ~、俺一人で見つけられるわけ無いじゃん~」


 ええい、情けない声を出すなカカオ。仕方が無い、まったくもって気が進まないけど、これ以上騒がれても面倒だ。だったら。


「……仕方が無い。そんなに言うんだったら不本意だけど、手伝ってあげてもいいよ」

「ほ、本当か?本当にチョコをくれた犯人を、見つけてくれるのか?」

「チョコをくれた人を犯人と呼んで良いのかどうかはともかく、君が探したいって言うのなら、その手伝いくらいはしてあげてもいいよ」

「ありがとうホームズ!やっぱり持つべきものは友達だなあ!」

「ちょっと、ベタベタくっつかないでくれる?冬でも暑苦しい!」


 抱き着いてきたカカオを引きはがして。改めてカカオと、カカオの手にしている包みに目をやる。


「それじゃあ確認するけど、本当ならチョコなんてもらえるはずの無い、否モテ男のカカオに、どういうわけか気合の入ったチョコがプレゼントされた。この絶対にあり得ないはずの出来事の謎を解いてほしいと、そう言いたいわけだね」

「あ、ああ。何だかスゲーツッコミ所満載だけど、まあそう言う事だ」


 細かい事は気にしない。それに、全部事実なのだから。

 気が進まないお願いだけど、どうやら放っておくわけにもいかないみたいだし、僕も腹をくくるとしよう。


「分かったよ……その謎、僕が解き明かそう」

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