第86話 やっぱり大地君のこと…(萌絵4泊目)

「へ? な……なんで?」


 予想外の萌絵の言葉に、俺は驚きを隠せず、目を見開いて萌絵を凝視する。


「なんでって、試してみたいの。男と一緒に寝るのってどんな気分なのかを」

「どんな気分って……」


 萌絵は表情一つ変えずに、顔は真剣そのものであった。

 俺はどうしようかと悩んだものの、はぁっとため息をついて根負けする。


「わかったよ、いいよ」

「ありがとう」


 俺が許可を出すと、萌絵はニコっと口角を上げて微笑み、俺の布団中へと侵入してきた。

 スペースを開けると、隣に萌絵が寝っ転がった。それと同時に、フワッとお風呂上りのシャンプーの香りが漂ってくる。


「ふぅ……」


 俺の顔のすぐ近くに萌絵の顔があり、正面で向き合っていた。月明かりに照らされた萌絵のあどけなさが残る小さな顔に、綺麗な鼻筋とプリっとした唇が煌びやかに俺の視界の目の前に映し出されていた。

 俺が萌絵の顔をじぃっと見とれるように凝視していると、ニコっとした微笑みを萌絵が返してきた。


「ねぇ、このまま私のことギュっと抱きしめて」

「おう……わかった」


 目の前にいる萌絵に柔らかい表情で言われ、俺は断る術を既になくしていた。萌絵に言われた通り、腕を萌絵の背中に回して抱き寄せた。


「んっ……」


 抱きしめられた萌絵は吐息を吐くと、両腕を同じように俺の背中に回してきた。


「これで……いいか?」

「うん」


 俺が問いかけると、萌絵は満足そうな口調で頷いた。

 萌絵の爽やかなシャンプーのいい香りと、萌絵の女の子らしいいい香りが俺の鼻をもろに刺激する。思わず自分から嗅ぎに行きたくなってしまう衝動を何とか抑えつつ、鼓動が早まっているのを気付かれないように深呼吸をして息を整える。


 そのまましばらく萌絵を抱きしめていると、萌絵が俺の背中に回していた腕を離した。それを見て、俺も萌絵の背中から腕を離す。


 俺の身体から離れて、再び萌絵の顔が正面で向き合う形になる。


「ありがと、参考になった」


 そう言い終えると、萌絵は満足した様子で、俺の布団から出ていき、隣に敷いてある布団へと戻っていった。

 何だったんだろうと疑問を持ちながらも、抱きしめていた腕の感触と布団の中に残っている萌絵の温もりの余韻を感じながら、俺は眠りについていった。



 ◇



 私は大地くんと抱き合うのを止めて、平静を装ってなんとか自分が寝る布団へと戻り、大地くんとは反対方向へ寝っ転がった。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイィィ!!……なんとか大地くんの前では平静を装えたけど、大地くんに抱きしめられるのヤバすぎ……!!


 布団の中、大地君のいい匂い充満してるし、大地くん温かいし、抱きしめるの超絶上手いし、優しいし、思わず甘い吐息漏れちゃったよ……なんというかもう心から満たされていくというか、すべてがどうでもよくなって大地くんをそばで感じて幸せでいたい、そういう風に感じている自分がいる。


 母親の真似をして、男の人と一緒に寝てみたらどうなのるか実験してみたのはいいものの、これでは私も母親と同じことをしてしまっていると自覚し、家出の意味がないと感じてしまう。

 でも、大地くんはまだ誰とも付き合ってないし二股にはならないよね?? ……母親がやっていることは不倫。そう! だから私はまだセーフ! って全然セーフじゃないよ!


 あれ? どうしてだろう……なんで私大地くんに抱きしめられただけでこんなにドキドキしちゃってるんだろう……

 私は大地くんの様子を伺うため、チラっと大地くんが見える程度に寝がえりを打った。

 大地くんも私とは反対側を向いて眠っており、様子を伺うことは出来なかったが、耳をすますと、寝息を立てているのが聞こえてきた。

 

 私はホっと胸をなでおろして、今度はしっかりと大地君の方へ寝返りを打った。

 大地くんの後姿を見ているだけで、胸の鼓動が高まり、ドキドキしてしまっている自分がいた。

 なんで私、大地くんに抱きしめてとか言っちゃったんだろう……


 今頃になり、自分がした行為に後悔をしつつも、もっと一緒にくっ付きたかったという願望を心のどこかで思っている自分もいて……もどかしい感情が芽生えていた。


「はぁ……」


 ついには、声に出してため息を漏らしていた。

 あぁ……私なんでこんなにムシャクシャしてるんだろう。別に大地くんと付き合ってるわけでもないのに……付き合ってる……?? あ、そうか……


 気が付いてしまった。私は大地君と愛梨さんの関係に嫉妬しているのだ。そんな感情が一番しっくりきてしまい、むしゃくしゃしていた気持がスッと奥に静まっていく感じがした。


 そっか、私……やっぱり大地君のこと……


「はぁ~」


 今度は、先ほどの葛藤していた時のため息とは違い……自分の恋を自覚して恋焦がれてしまう、そんなため息を私はついた。

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