第115話 文化祭週間

 「そっち持って!」

 「おい!これ誰がやったんだ!?間違ってるぞ!?」

 「こっちも誰か手伝って!」


 がやがやと騒がしい声が溢れ返っている教室。本当に嫌だ。憂鬱で仕方がない。何故、自分がこんな騒がしい教室で過ごさなければならないのか。その理由は”文化祭週間”だからだ。

 文化祭週間と言う事で、いよいよ準備も大詰め、殆どの部活を休みにし、今日という日は大忙しで誰もが準備に取り掛かっている。

 お前はどうなんだって?当然手伝っている。もうこれでもかというほど手伝ってる。

 重くなく尚且つ仕事をやってますよアピールが出来る荷物運びを絶賛行い中。これでは誰も文句も言わず、影口も言われず、完璧なポジション。もうこれを誰にも譲るつもりはない。


 「ねえ吉条!ちょっとあんたこっち手伝いなさいよ!」

 「俺は今忙しいから他をあたってくれ」


 本当に南澤は俺がだらけているのを邪魔するのが好きらしい。そんなに俺が楽しているのが許せないのか!まあ、俺が忙しくて他の奴らが楽しているのは許さないけどな!


 「あんたさっきから同じ場所ウロウロしているだけじゃない!こっち忙しいの!」

 「ふむ。頑張れ」

 「あんたも頑張るのよ!」

 「……ハア。楽で疲れない仕事とは何だ?」

 「そんな仕事有るわけないでしょ!ねえ、困ってるんだけど材料ってどれが駄目でどれが良かったんだっけ?」

 「それなら肉類はNG、アイスやデザートなどは大丈夫だ。ドリンクも大丈夫で、まあ、大体大丈夫だろ。駄目なら後で言われて消せばいい話だ」


 正直俺は文化祭の会議では一人で今後の小説展開予想ゲームを脳内で繰り広げているので話は殆ど耳に入っていないのであまり聞かないで欲しいというのが正直な話だ。

 

 「ありがとう吉条君。南澤さん全然覚えてないから助かったよ」

 「た、偶々よ!私だって本当は覚えてるんだから」

 「偶々の頻度が多すぎるけどな」

 「何ですって!?」


 南澤が俺に突っかかって来ていると、南澤の隣に居たショートボブの髪形をした女の子にクスクスと笑われる。


 「フフフ。二人って仲いいんだね。前も二人で食べてたし吉条君と南澤さんって付き合ってるの?」

 「だ、誰がこいつと付き合うって!?そ、そそそそ、そんな訳ないじゃない!」


 南澤が隣であたふたしているが、俺はそれ以上に大変気になったのが、


 「俺の名前知ってるんだな」

 「あんたどんだけ自分の存在知られていないと思ってるの!?流石に教室内の人ぐらい知ってるでしょ!?」

 「アハハ。流石に知ってるよ」

 「マジか。俺は南澤と寺垣ぐらいしか知らん」

 「……あんたがどれだけ本しか読んでなくて周りに興味が無いのかが分かるわね」


 本気で南澤がドン引きしていた。まあ、約半年間同じクラスで二人しか名前を憶えていないというのは流石に自分でもおかしいと思ってしまった。


 「じゃあ俺は荷物運びに戻るからな」


 これ以上自分で自分を陥れない様に避難することに決定。だって、ここで南澤の隣に居る子の名前を言えって言われたら俺分からないしな!


 「ちょっと待って!もう一つ頼みがあるわよ!」

 「俺には無い」

 「あんたに無くても私にはあるのよ!」

 「何だよ」

 「ちょっと味見して欲しいのよ。あんたならお世辞抜きで評価してくれそうだし」

 「是非やらせてくれ」


 南澤の奴、こんな楽な仕事があるなら先に言ってほしいものだ。ただ食事をするだけで働いたことになるなんてこれ程までに楽な物はないだろう。

 いやー、やっぱ日頃の行いが良いからだろうな。


 「それで何を作るんだ?」

 「うーん、サラダとか色々よ。ちょっと待ってなさい」

 「いや、お前が待て」


 南澤が腕を回しながら張り切った様子で行動しようとしているのを見て直ぐに止める。

 ……まさか、いやそんな訳はないし有り得ないとは思うが万が一と言う事が考えられるから怖い。


 「……料理は誰が作るんだ?」

 「私よ?」

 「このクラスの連中はどうなってんだ?」

 「どういう意味よ!?」


 危ない。文化祭で死人が出る所だった。最早俺が味見役になった事で皆に感謝されてもおかしくない。


 「お前は文化祭は接客だ」

 「何でよ!私は料理作りたいんだけど!」

 「それは無理だ」

 「無理じゃないわよ!」

 「諦めろ。死人が出ても良いのか?」

 「ぶっ飛ばすわよ!?」


 南澤が何を言っても退く気が見当たらない。

 

 「あ、あのもしかして南澤さんって料理下手なの?」

 「知らなかったのか?こいつの料理は人を一日トイレに引き籠らせる威力を持っている」

 

 こっそりと先程南澤の隣に居た女の子が尋ねて来るのを見る限り、どうやら寺垣と俺以外南澤の料理が下手な事は知らないらしい。


 「え、ええと南澤さんは接客した方が良いと思うな。顔可愛いしスタイル良いからメイド服似合うし」

 「そ、そうかしら?よ、吉条はどう思う?」

 「俺もお前はメイド服が似合うと思うぞ」

 「へ、へえ。別にあんたに言われたからとかじゃなくて料理は何時でも出来るし接客にしようかしら」


 南澤は褒められたことに満更でもなさそうな顔をしながら違う場所に行く。

 何とか助かった。


 「助かった。あのまま南澤に料理をされたらたまったものじゃない」

 「いや、こちらこそ助かったよ。南澤さんが料理下手だなんて知らなかったし」


 裏で何とか文化祭を平和に保たせながら俺の今日の作業は終わり……。


 「あ、吉条。これどう?」


 終わりと思いきや、今度はメイド服を着た寺垣に話しかけられる。


 「……お前何やってんの?」

 「これが接客の服装だからね!?私の趣味じゃないよ!?」

 「成る程な。てっきり頭がおかしくなったのかと思った」

 「正直者過ぎる!それよりこれスカートの丈長くて変じゃない?」

 「まず俺に感想を求めている時点で少し変だとは思うが、メイド服って丈長いものなんじゃないのか?」

 「へえ、小説とか漫画とかってメイド服とか沢山出るんじゃないの?実際に見た感想は?」


 寺垣が少し変な偏見を持っている様な気がするが、あながち間違いでもないので指摘しづらい。


 「似合ってると思うぞ」

 「ありがとう。それじゃあ」


 あいつは一体何がしたかったのか全く意味が分からないが気にする必要も無いか。

 因みにもう誰もが分かっているかもしれないが、俺達のクラスはメイド喫茶。俺は何もすることは決まっていない筈なので、毎年恒例で何処か静かな場所を探して一人読書に励む生活を勤しもう。


 これだから文化祭は最高だ。一日中静かで偶に聞こえてくる雑音をBGMにしながら小説を読む。俺にとっては一年で一番最高の一時となっている。


 「あ!忘れてたんだけど、吉条の燕尾服も楽しみにしてるね!」

 「は?」

 「え?知らなかったの?男子の接客は燕尾服着てやるんだって」


 いつの間にか俺の役割は決まっていて挙句に接客だと?

 ……本当にある意味最高の文化祭になりそうだ。

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