第42話 常に違う選択肢が彷徨っている

 お昼からバイトと同じように更に頑張って話しかけるが、全て外れる。

 近い県ならばいるのだが、中々にいない。挙句の果てには、他人の子供に何かあったときが怖いということで断られることも出だした。


 「もしかしたら俺達は運が無いのかもな」


 「アハハハ。私もちょっと思っちゃった」


 俺の言葉に流石の寺垣も苦笑い気味に同意する。


 「やっぱり確実な方法があればいいんだけど、どうしようもないからなー。もしも今日、明日で見つからない場合は今回の事で分かったが向江は普通に話すことは出来る。違うクラスの人と仲良くするということも考えた方が良いだろうな」


 「美優喋れないように思われてたの?」


 「ああ。めっちゃ思ってた」


 「正直に言い過ぎだよ!」


 「それなんのフォローにもなって無いぞ?」


 「あ、ごめんね美優ちゃん」


 慌てた様子で向江に謝る寺垣だが、事既に遅く向江は少し不貞腐れてそっぽを向ている。

 この様子ならば友達が出来ないことを悲しくなるような思いは今はしていないのだろう。今回の事で向江は知らない人と話す術を身に付けた。

 初めこそ知らなかった事だが、もしかしたら来年になれば友達が出来るのかもしれない。だが、それには一つ問題がある筈だ。向江を無視しているいじめの主犯が同じクラスになった場合、来年一年間またしても彼女は辛い思いをするかもしれないということだ。

 別のクラスというのも一つ問題が生じる。それは、お昼休み、放課後に話しかけるのだが、そこでしか話す事しか出来ない。俺が知る限り女子というのは四六時中殆ど一緒にいる。その中で少ししかいない向江と仲良くなってくれる人物がいるのか、それが疑問だ。違う学校ならば、放課後だけだとしても納得してくれる筈だ。だからこそ、今見つけるのが最善なのだが、


 「向江。不貞腐れている場合じゃないぞ。次だ」


 考え事をしていれば、南澤がこちらに走ってきているのが見えた。あいつの髪は目立つから直ぐに分かるんだよな。


 「次見つかったわよ」


 「分かった。行くぞ。暑いんで運任せだが、早く終わらせよう」


 南澤に場所を教えて貰って確かに向江と同い年ぐらいの子がいたのだが、何故か向江が歩みを止める。


 「どうした?」


 「……あ、あれ私が三年になるまで私が話してた子」


 向江は昨日、確かに言っていた。元々話していた子もいたけどその子も話さなくなったと。


 「美優ちゃん。違う場所探してみよう?それか、何か食べにいかない?」

 

 寺垣が無理にでもここから向江を引き離そうとするが、一歩遅かった。

 視線を感じてか、砂浜で一人遊んでいた一人の向江と同い年位の少女が向江を見つめ、向江もまた見られたことで一瞬肩がビクリとなりながらも、二人は視線を交わす。


 少女がこちらを向いた所でその母親らしき人物もこちらを向き、向江を見ると一瞬驚いたのか目を見開き、直ぐに立ち上がると同時に、俺達に対し頭を下げられたので、倣って俺も寺垣も頭を下げる。

 母親はこちらに近付いて来る。ここまでくればもう逃げ場はない。


 「少しお話よろしいですか?」


 寺垣の方を見れば、あちらもまたどうするべきか悩んでいたのか、こちらを向ている。


 「向江どうする?」


 「……ちゃんと話したい」


 「分かった。俺達も少し話すか」


 「そうだね」


 向江が自分の意志で話したいというのであれば、俺達が止める必要は無い。

 向江は少女の方に、俺達は少女の母親と一緒に二人を見守れるシーツの上に座る。


 「失礼ですが、貴方達は」


 「まあ、あれです。今だけの保護者みたいなもんです」


 「そうですね。まあ、美優ちゃんの友人だと思ってください」

 

 「……そうですか。今からお話をしてもよろしいですか?」


 「はい」


 俺は必要ないと思うので、二人で話し合ってくださいと言おうと思ったのだが、寺垣が直ぐに返答したことで何にも言えなくなってしまった。


 「ありがとうございます。…娘はずっと美優ちゃんの今の環境を気に病んでいました。周りの人たちが無視を始め、私も無視をしてしまったと娘から話した時、私はどう言えば良いのか分かりませんでした。周りの人達に流されず、美優ちゃんと話して遊んであげなさいと言うべきことが正しいのだと私も思います。だけど、私の言葉で今度は娘がクラス内で浮いた存在となるのではと思えば、正しい言葉の筈なのに、私は…口に出すことが出来ませんでした」


 少女は向江を無視してしまったことをずっと気に病んでいた。そして、母親までも気に病んでいたのだったという。


 「だからこそ、私は娘に何も言ってあげることも出来ず、かといってずっと娘と友達でよく遊びに来ていた美優ちゃんが学校では虐めに遭っていると思えば、娘に何も言ってあげられなかったことに、今も尚いじめに遭っている美優ちゃんにもその両親にも謝らなければならないと分かっているのですが、中々に勇気が出ませんでした。だからこそ、貴方達が親戚ではないにしろ、これだけは言わせてください。――――本当にごめんなさい」


 年上であろう人が頭を下げてくるという光景を初めて目のあたりにして俺は何も言葉は出ず、ただ見守ることしか出来ない。


 「あ、頭を上げてください!」


 寺垣が一歩遅れて反応して、母親に寄り添う。


 「私にはこれぐらいの事しか出来ません」


 少女の母親と寺垣が言い争いを始めるが、何を言い争う必要性があるのか、俺には分からなかった。


 「あの、話してる所悪いんですけど、なんで貴方は俺達に謝る必要があるんですか?」


 「そ、それは何も出来ませんでしたから」


 寺垣と話していた母親がこちらを向く。


 「何も出来ていない訳ではないでしょう?貴方が向江と仲良くしなさいと言えば、今度は貴方の娘さんが虐めに遭うかもしれない。だからこそ、貴方は何も言わないという選択肢になった。だけど、そのおかげで自分の娘は虐めに遭うことは無かった。この事に謝罪はいらないでしょう?何も出来ていない?それは違う。貴方は確かに片方を選んだんだ。それは正しい選択じゃないのかもしれないけど、間違いではないでしょう」


 長々と語って少し疲れて喉も乾いてきた。

 

 ……それに今回の案件はもう終わりそうだしな。


 向江と少女の方を見れば、向江が笑っている姿を見ながら立ち上がる。


 「俺は喉が渇いたんでもう戻ります」


 「……ありがとうございます」


 何故お礼を言われているのかは分からんが、気にする必要も無いだろ。


 今回の案件は三つ解決策があった。


 一、寺垣の言う通り私は別に興味が無いと無視ししている人たちに伝え誤解を解く。百%解決は出来る可能性は無くても、十%ぐらいはあっただろう。

 

 二、南澤の意見である、他の人達と仲良くする。クラス内で強い勢力を持っているのかもしれない人達がいるからこそ解決は難しいと断言できるが零ではない。


 三、俺の考えでは、同じ学校ではなく放課後にでも違う学校の人達と仲良くなればいいのでは良いという考え。


 今回の案件で無視されている現状をどうにかするという意見はあったが、前遊んでいた子とまた仲良くなるという選択肢は無かったし、誰も考えてもいなかった。直ぐ傍に解決策があったのに俺達は一切気付かなかった。運が関係しているとしても先程の笑顔を見れば向江は自分の力で仲直りしたのだろう。


 四、今まで遊んで仲良くしていた子と仲直りする。


 こんな選択肢が出てくるとは俺も思わなかった。


 新たな選択肢が解決に導いてくれるとは思わなかったが、これ以上考えても意味が無いと思い割り切りながら喉が水分を欲していると自覚し、近くにあった自販機に行って水でも良いので水分を取ろうと思い、思い出した。

 金持ってきてない。


 「貧乏お兄ちゃんにどうぞ」


 海の家まで戻ることを考えていれば、背後から妹の声とともに頬に水のペットボトルを当てられる。


 「お前は何のマネージャーだ」


 「私部活入ってないけど?」


 「こういうのは部活のマネージャーがやるもんなんだよ。まあ、助かった」


 妹に渡された水を飲みながら、適当に座って海で遊んでいる人達を眺めていると、妹が隣に座る。


 「お兄ちゃんにも知り合いがあんなにも居たんだね。私知らなかった」


 「知り合いぐらいいるからな。お前はお兄ちゃんを馬鹿にし過ぎだぞ?」

 

 「お兄ちゃんの私生活を見れば誰でも思うと思うけど」


 「完璧な私生活を送っている俺に何を」


 「完璧なニート生活ね」


 「そこは言い直さなくていいからな」


 妹と取り立ての無い話をしながら海の光景を眺めるのだが、これがまた悪くはない。あの中で遊ぼうとは全く思わないが、眺めているだけならばまあ悪くはないな。


 「…折角ここまで来たんだ。部活の依頼も終わった。今の内に遊んどけ。これから先何時行けるか分かんないからな」


 「そこは、来年も連れて行ってくれるって言って欲しいんだけど?」


 「絶対に無理だからな。…ハア、疲れたが俺は他の奴らにも終わりの報告をしてくる」


 重い腰を起き上がらせながら、協力してくれた人たちへ終わりの報告をすれば、泉、南澤、漢城、妹は砂浜でビーチバレーをしていた。


 「どうやら解決したみたいだな」


 金松さんのやっている海の家の一角にあるベンチから皆の行動を見ていれば、三日目でここでバイトをしている萩先生が対面に座る。


 「聞いたんですか?」


 「粗方聞いたよ。今回もまた吉条が大活躍だったと」


 「誰に聞いたのか知りませんけど、俺は何もしてません。当事者が自分で解決したんですよ」


 「そうだろうな。――――だが吉条は納得しているようには見えない」


 萩先生は俺の心が読めるのだろうか?


 確かに今回の案件は四つ目の選択肢で解決した。それは別に構わない。だが、納得しているかどうかと言われれば、納得はしていない。

 今の間は解決しているのかもしれない。だけど、一人の人間は根本的な所は変わらないと思っている。もしも、今は仲良くしていても、学校が始まればどうなるかは分かったものではない。だからこそ、こんな不確定な形で終わるのは俺としては嫌であった。


 「萩先生はエスパーなんですね」


 「吉条の顔を見れば誰でも分かるさ」


 「そんな納得してない表情を作ってるつもりは無いんですけどね。だけど、やっぱり納得は出来ないですね。――――人がそんな簡単に変わるとは思えませんから」


 少しばかり自分でも心の奥底から言葉が出てしまったのを分かってしまった。


 「ほう。初めて吉条の人間らしい場面を見た気がするぞ」


 「俺は一体今まで何と思われていたのかが凄く気になる所ですけどね」


 「ハハハ。まあ、それはいいだろう。それよりも向江の話だ。吉条は向江の友人が…悪く言えば裏切るのではないかそう思っているんじゃないのか?」


 「その通りですよ。一回見限ったらなら二度目もある。そんなもんですよ」


 「――――それは分からない」


 萩先生が今までの呆気らんとした態度ではなく、真剣な表情で俺をしっかりと見据えている。


 「吉条は何処か直ぐに諦めてしまう場面が見受けられるように思える」


 「どうですかね。これが普通と思いますけど」


 「いや、多分あっていると私は思う。吉条、人は変わるんだ。車でも話したと思ううが、高校まで普通だった生徒が悪事に手を染めることもある。だが、一方で悪かった生徒が過去の過ちを反省し真面目に働くこともあるんだ。だからこそ、直ぐに見限ってはならない」


 萩先生と共感したことも無いが、初めて意見が食い違った気がする。

 俺は人は簡単には変わらないと思う。自分で変わったと思っても根本的な所は変わらない――――自分自身が一番理解している。

 だが、萩先生は変わると言う。それが間違いではないと思う。だけど、俺は納得は出来なかった。


 「まあ、変わるかどうかはあの少女次第でしょうけど」


 「確かにその通りだ。私が言いたいのはもう少し人を見守って信じてみるのも良いと私は思う」

 

 「分かりました。とうより、俺が口を挟むようなことじゃないと思いますし」


 「話は終わりだ。吉条は遊ばないのか?」


 「いやいや、俺が遊ぶと思ってます?」


 「思わないが、海に来て開放的になり遊ぶことだって考えられるだろ?」


 「俺は開放的に何てなりません。それより、やる事がありますから」


 「まだ何かあるのか?」


 「いや、別件です。それじゃあ」


 この海の家を出て、直ぐに体育祭の準備が始まる。まだ、体育祭実行委員会は二回しかやっておらず、スローガンを決めたぐらい。これから本格的に準備が始まってくる。

 俺の予想ではこの夏休みの体育祭準備で小野は何かしらやってくると感じている。予想が外れて欲しいと願いながらも、今はまだ考えなくても良いだろう。


 明日の俺に任せよう。

 


 


 



 

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