第二章 夏休み・体育祭編
第29話 体育祭実行委員
「……なんで俺の名前が」
目の前の現実が受け止めきれない。どうして、俺が体育祭実行委員に?いじめ?いじめなの?それとも、人違い?
もしかして吉条違いじゃねえの?とは思ったが、このクラスに吉条と名前が付くのは俺以外いない。
人違いではなく、名前違いなのではないかと思ったが、普通は周りが指摘しているだろう。
……あ!もしかすれば、吉条という人物は誰にも分からないで、指摘されなかった?いや、その場合は逆に指摘されるし、考えると悲しくなるので止めておこう。
だが、これは大変よろしくない。
今までは先生に対して何かを言った覚えも無いし、言おうと思ったことも無いのだが、これだけは言わないといけないので、朝礼が終わり次第、直ぐに萩先生に対して直訴する。
「どうして俺が実行委員になってるんですか?先生って年でボケたんですか?」
フッ!
今まで散々脅しとして俺の頬を掠めるパンチは食らってきたが、今までで一番殺意が籠もっているパンチが放たれる。
「何か言ったかな?吉条君」
これで上品に振舞っているつもりなのかは知らないが、清々しい笑顔で呟く萩先生。
「いや、だからですね。俺が体育祭実行委員って在り得ないですよ?もう先生の正気を疑いますよ?これ見たら年取ってボケたんじゃないかって思いますよ」
「二度目は無いぞ?」
「体罰になりますよ!?暴力反対!」
「いやな、私最近年取ってるから目がおかしくなってな。吉条が楽器に見えてきたんだ。音楽の担任だし、楽器でメロディーを奏でたくなってきた」
何という苦しい言い方。最早、怒り過ぎてしまったのか、自虐ネタが入っている。
「暴力の前に教えてくださいよ。どうして、俺がいない間に実行委員になんてなってるんですか?」
萩先生も最早怒りが頂点に達し逆に落ち着いたのか溜め息を吐きながら、
「ハア。お前が実行委員になったのはお前が居なかったからだ」
「さっぱり分からないんですけど?」
「私はきちんと言った筈だぞ?放課後にテストの結果を見ても帰らずに体育祭の係を決めるから残っていろと。なのに、吉条がいなかったのだが?」
……思い出してしまった。
そう言えば、テスト終わりにそんなこと言ってましたね。もう、小野にテストで負けてそれまでの記憶は今の今まで消えていた。
あれ?これは何も言い返せないのではないのか?
「……だからと言って他にやりたい人がいたんじゃないんですか?」
「それがいなかったら、勝手に帰ったお前がなったんだよ」
ですよね。ちょっと言ってみたけど自分でもそうだと思ってしまった。
「……俺が実行委員とか無理があるだろ」
思わず肩を落として呟いてしまう。
「変わる方法が無い事もない」
「本当ですか!?」
何この先生。悪魔かと思ったら天使かよ。
「お前が自分でクラスの違う人間に代わってもらうようにお願いするんだな。私は実行委員の仕事があるからもう戻るからな」
あの性悪ババア!俺に友達ところか、知り合いがいないの分かって言ってんのか!
天使と思った先生はやっぱり悪魔だった。
放課後
「ちょっと吉条。何処に行こうとしてるの?」
部室に行こうと思っていたのだが、まだ昨日の件を根に持っているのだろうか。
「分かってるよ。ちゃんと今日は部活に行けばいいんだろ」
「確かに昨日来なかったのはびっくりしたけど、まああんたも順位が落ち込んで分かるから何も言わないけど」
……今南澤は何て言ったんだ?
「……お前が怒らないだと?明日は空から包丁でも降ってくるんじゃないか?」
「あんたは本当に人を苛つかせることが好きね。そんなに殴って欲しいの!?」
「滅相も無い。嬉しい限りだ」
「まあいいけど、遅れたら駄目だからとっとと付いてきなさいよ」
「いや、何処に行くつもりなんだ?」
一緒に行くということは部室ではないと理解出来るのだが、
「何処って体育祭実行委員の会議室」
「俺今日腹痛だから帰るわ」
さようならと礼儀正しく南澤に笑顔で手を振りながら昇降口に向かおうとしたが、背後から首根っこを掴まされる。
「何普通に帰ろうとしてんのよ!私の言葉が聞こえないぐらい馬鹿になったの!?」
「分かった。行くから。これ言うの二度目だが犬じゃねえんだよ!」
南澤から何とか逃れる。
最早、散歩中に一定の場所から離れたくなくて抵抗している犬の気持ちになりかけた。
「……お前一人じゃ駄目なのか?」
「それでどうしていないのかって私が怒られたらどうするのよ」
「ごもっとも」
何か言った所で正論が返ってくるのは分かっていたので黙って南澤について行く。
「ただ、お前は良かったのか?無理やりされたにしちゃ大人しいが」
「何言ってんの?私は無理やりじゃなくて自分から立候補したのよ」
「え?昨日お前も部活に行っていなかったから委員会に入ったんじゃないのか?」
「違うわよ。ていうか、私が部活に行ったのは係決めが終わってからなんだけど」
おかしいな。南澤が昨日放課後にはいなかった気がするが、トイレにでも行った所に偶々俺が教室に入ってしまったのだろうか・俺はなんて間が悪いのだろうか。
「失礼します」
南澤が目的地の会議室に入ったので、俺も密かに入ると既に各学年のメンバーが沢山来ている。
だが、何処を見ても俺が居ていい場所には見えない。更には、見覚えがある人物が……
「おやおや?どうして吉条君がここにいるんです?」
昨日会ったばかりで一番会いたくない人物にあってしまった。
「……漢城。お前は本当に空気が読めないな」
「悪意しか見当たらない挨拶!私これほどまでに悪意に満ちた挨拶をされたのは初めてです!」
俺が会いたくない理由は単純。昨日散々やらないと豪語していた委員会に俺が入ったなど彼女に聞かされれば馬鹿にされるのは必須。だから会いたくなかったのだが。
「俺がここにいる理由は察せられるだろ?」
俺が呟くと、漢城はこちらをじーと見つめ、手をポンと叩き、
「吉条君は私と居たかった?」
「お前の脳みそ腐ってんのか?」
「聞いてきたから答えただけなのに酷い!」
心が打たれたかのように、がくりと肩を落とす漢城。やはりいじりやすい奴である。
「朝学校に行ったら勝手になってたんだよ。昨日決める予定だったのに、俺が忘れてたからな」
「やはり吉条君は何か持ってますね」
「持って嬉しいことは今の所一度も無いがな」
本当にどうしてこうなるのだろうか。神様は僕を見放しているのかもしれない。
「はーい。それでは大体集まってきたと思うので学年ごとに一度席に着きましょう」
制服についているバッチで三年生だと分かる人物が仕切り、皆もぞろぞろと学年ごとに座り始めるので、俺もそれに倣って適当に座る。
その際にまずは一年生側に知り合いがいるか見てみれば、何故泉がここにいる?
泉を発見すれば、あちらもこれに気付いたようで手を振ってくるが、俺ではなかった時に恥ずかしいので無視し、三年生の方を見れば、春義先輩に吉木先輩が見当たる。
二年生では知り合いは漢城、南澤だけか。これなら何とか何事も無く出来そうだな。
「すみません!教室で色々と話してたら遅れました!」
全員が座っている中慌てた様子で入って来たのは、俺の天敵であり今は絶対にいつか後悔させてやると願っている相手――――小野美佐子が現れたのだった。
俺には不幸の悪魔でも憑りついているとこの時だけは本気で思ってしまった。
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