プロローグ 星の聖騎士『2』



 高校二年の二学期。中間考査の日程がすべて終わり、黒崎くろさき小夜香さやかは高鳴っていくむねおさえながら、HRホームルーム終了のチャイムを聞いていた。前の席の友人が小夜香を振り返る。

「小夜香、今日どっか寄って――」

「ごめんなさい。今日は、ダメなの」

 胸の前で手を組み、小夜香はほうっと息をつくと、遠くを見つめて微笑ほほえんだ。

「運命の人に、会いに行くから……!」

「あ、はい。ゲームね。もう買ってあるんだっけ? 『星の聖騎士せいきし2』?」

「お手製の祭壇さいだんに飾ってあるのー!」

「祭壇に。……発売日、テスト前だったんでしょ? よく我慢がまんできたね」

「超~ぉ、やりたかったけど、成績落ちたら親にゲーム禁止令出されるし、何より……」

 胸の前で組んでいた手をほどいて、小夜香はこぶしにぎる。

「成績が落ちるのを聖騎士達のせいにするなんて、私自身が許せない!」

「このオタク意識たけぇな。それでそのクマなんだ」

 成績を落とすわけにはいかないため、テスト期間中はほとんど寝ずに勉強していた。

「おかげで手応てごたえはばっちりだった! これも聖騎士のおかげです!」

「あんた、あのゲームのためならすさまじい力を発揮はっきするよね……」

 あきれているんだか感心しているんだかわからないが、とりあえず小夜香の趣味しゅみ否定ひていせず、理解してくれている友人がいるのは本当にありがたい。

「ってことで、私は帰るね! テストお疲れー!」

 気の抜けた空気のただよう教室を、小夜香は長い黒髪くろかみなびかせ、颯爽さっそうと歩いて出て行く。

「本当に、聖騎士のためなら軽く世界でも救いそうだなあいつ……」

 忍者のように人をけ、もはや走るより速いんじゃないかという早足で去っていった小夜香を、友人はそう評価した。



「ふふふ……待ってたぜ、この日を……!」

 祭壇の上に飾ったゲームソフトを、小夜香はそっと手に取り、頭上にかかげた。ついに、このビニール包装ほうそうを破る時が来たのだ。テンションも最高潮さいこうちょうに盛り上がっている。

「『星の聖騎士2』! はっじめっるよー! フゥー!」

 両親は仕事で夜遅くまで帰って来ない。もはや誰も小夜香の暴走ぼうぞうを止める人はいない。窓も閉めきり、昼間なので多少さわいでも近所迷惑めいわくにはならないだろう。

 もう何度プレイしたかわからない恋愛シミュレーションゲーム『星の聖騎士』――主人公は姫であり、『星の力』という特別な能力を騎士達に与える『聖女』でもある。十二の星座をつかさどる騎士達と力を合わせて怪物の王を倒し、世界を救う――というのが大まかなストーリーだ。

 その続編がつい先日発売された。小夜香はテスト期間中だったため、ソフトを手製の祭壇に飾り、パッケージを毎日おがむだけの日々だったが、それも今日で終わりだ。

 制服を着替えもせずにソフトをポータブルゲーム機に入れ、電源を押す。

 画面に映ったのはタイトル画面。タイトル下の『スタートボタンを押してください』という言葉にならうと、一瞬いっしゅんブツンという音と共に画面が暗転し、小夜香はあわてた。

「え、何、故障こしょう!? ――あ、何だそういう演出か」

 画面には、真っ黒な背景に白い文字が浮かび上がっていた。

『あなたは、聖騎士を知っていますか?』

「知ってますともー!」

『はい』か『いいえ』の選択肢せんたくしがある。小夜香が『はい』を押すと、次の質問が現れた。

『あなたは、聖騎士達を愛していますか?』

「イエスイエス! 超イエス! 愛してるー!」

 あこがれの、十二人の聖騎士。

 彼らはそれぞれ怪物を倒し、人々を守るという使命を持っている。しかしその信念は一人ひとり違っていた。彼らの信念に小夜香は心を動かされ、はげまされ、勇気をもらった。だからこんなにも、続編のゲームが楽しみなのだ。また、そんな彼らに会えるのだから。

『あなたは、聖騎士達がどんなに変わっても、愛せますか?』

 その質問に、小夜香は少し考えてしまった。というのも、続編は楽しみだったが、前情報はほとんど見ていない。プレイした時に驚きがほしかったからだ。ただ、シナリオライターが変わり、聖騎士達の性格もかなり変わっているとのうわさは聞いていた。そして何より、主人公の立場も。少々いやな予感がしつつも、小夜香は画面に向き直る。

「ま、まあ、私は聖騎士達の信念さえ変わらなければ、全然構わないし! うん、大丈夫!」

 ちょっと不安になってしまったが、小夜香は『はい』を選ぶ。

『あなたは聖騎士達を――どんなことをしても、手に入れたいですか?』

「何かいきなり闇堕やみおちみたいなこと言ってきた! どんなことって、どんなことよ!?」

 また不安がつのる。しかし、『ゲームをやめる』という選択肢は今の小夜香にはない。

「手に入れますとも! 今回も全員私のものよ! やっぱり最初は最推さいおしのレオからかな~」

 ハイテンションのせいで言い回しが悪役みたいになってしまったが、実際そのつもりだ。前作ではハーレムエンドが隠しルートとしてあったが、小夜香は攻略を見ない主義だ。そのうえ難易度が高く、運要素まで必要になるため、まだハーレムエンドは見たことがない。また挑戦ちょうせんしないといけないと決意し、小夜香が画面に視線を戻した――その時だった。

「――あなたの名前を教えてください」

 その言葉は文字ではなく、若い男性の声で小夜香の耳に届いた。心地ここちよい、落ち着いた綺麗きれいな声。しかし聖騎士の声ではない。初めて聞く声だ。新キャラだろうか。

 名前を入力しようとするが、いくら待っても入力画面が出てこない。音声認識機能が初期設定なのかもしれないと思い、小夜香は自分の名前を声に出す。

「さ、小夜香……。黒崎、小夜香」

 男性の声が、一瞬笑った気がした。

「では、サヤカさま。あなたは聖騎士達の星の力を奪う者――聖騎士達の敵です。星の力を奪い、彼ら全員を倒しましょう」

 敵――そのたった一つの単語が、小夜香の胸にぐさりと突きさる。あらすじだけは読んで主人公が聖騎士と対立する立場だとは知っていたが、思った以上にダメージが大きい。

「っていうか、倒すって……何? 力を奪う? はあ!? 何で憧れの聖騎士達を倒さなきゃいけないのよ、ふざけんなー!」

 怒りのままにさけぶと、精神的ダメージのせいか、それとも連日の徹夜てつやたたったのか、目眩めまいがした。椅子いすがバランスをくずし、小夜香はぐらりと後ろに倒れる。

(あ、やばい)

 そう思った時にはもう遅い。ゴッ、と後頭部に衝撃しょうげきがあった。



※次回:2019年2月13日(水)・17時更新予定

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