入学式と新歓活動とお花見 8
クーちゃんが稲荷寿司ばかり食べているのを放置して、ボクは重箱に他に何が入っているか確認する。
三段目は焼き物が詰まっていた。魚の照り焼きと鳥の照り焼き、アスパラガスをベーコンで巻いたものや、トマトをベーコンで巻いたもの、あとは厚焼き玉子なんかが入っていた。もう一つ下の段の中には紅白のかまぼこやら紅白なますやら煮物やら、彩を考えられた中身が詰まっていた。作るのが大変そうな品数が入っている。
「これ全部、塗々木さんのお母さんが作ったんですよね?」
「じゃないかなー。この味、オリベちゃんのおばさんの味だもの」
「この辺の焼き物は俺が焼いたけど、あとは全部母さんに作ってもらったものだね」
「すごいですねぇ。お母さん、料理人とかではないですよね」
4,5人分とはいえ頭が下がる数の種類であった。自分で作るとうんざりしてしまうだろう量である。しかもどれもおいしい。普通にすごいと思う。
「普通の主婦だよ」
「おばさん、美人だし有能だしすごいんだよ」
「クーのところのお母さんだって、宮司さんじゃないか」
「その分家事はあんまりだけどね」
「宮司さんって、クーちゃんのおうち神社なんですか?」
「そうだよ。尾八稲荷神社だけど、しってる?」
「知っていますよ、大きい神社ですよね。関東で一番格式ある稲荷神社だったような」
尾八稲荷といえば、たしか稲荷神社の東の総司といわれる有名な神社だ。境内自体は広い神社ではないが、格式は高い、みたいな話を何かの本で読んだ記憶がある。そんなところの娘さんなんて、やっぱりクーちゃんはお嬢様だったようだ。
「へー、ショウちゃん、詳しんだね」
「本で読んだことがあるだけですよ」
「どんな本?」
「岩波新書の本だったと思いますけど…… 具体的なタイトルはなんだったかなぁ。『山の信仰』だったか『稲荷寿司の歴史』だったか、『バナナと日本』だったか」
「最後、絶対違う気がする」
「でも面白かったですよ、バナナの話」
「コメディかなにか?」
「学術的なバナナの話です。台湾バナナとかフィリピンバナナの話とかですね。フィリピンのバナナは一度病気で全滅して、今のバナナはエクアドルから持ってきたものらしいですよ。で、バナナは挿し木で増えるから、病気にすごく弱いとかそんな話です」
「バナナでそれだけ語る人初めて見た」
「俺も」
「まだ語ろうと思えば語れますけど」
「なんかバナナ食べたくなってきちゃうし、もういいかも」
岩波新書だけあって、そこそこちゃんとした内容の本である。もっとバナナについて語ろうと思えば語れるが、これ以上話すと引かれそうであるのでやめておく。
「バナナは置いておきまして、そういえばこのサークルってどういう活動するんですか?」
「すごい強引な話題転換だけど、まあ、説明しよう。基本的には、人間社会を勉強するというのが目的で、月に2回ぐらい勉強会をやって感じだね」
「え、勉強なんてするの!?」
「塗々木さん。さっきまでブースの留守番までしていたあなたの幼馴染さん、想定外みたいな顔して驚いていますけど」
「クー、俺ちゃんと説明したと思うんだけど」
「人間社会を勉強するという名目でいろいろ遊ぶんじゃないの!?」
私は当然入りますという顔をしていたクーちゃんが、絶望的な顔をしている。勉強得意みたいな話をしていたし、そんなに嫌がらなくてもいい気がするけど……
「次の勉強会はどんなことがテーマなんですか?」
「次回は、サラナが株式と投資の話をする予定だ」
「投資ですか」
「む~」
ずいぶんお堅いというか、実学的というか、そういう真面目なテーマの勉強会をするというこの妖怪同好会に興味がわいた。一方クーちゃんは、なんというか微妙な顔をしている。このまま放置してしまってもいいのだが……
このまま入らない、なんてことになったらクーちゃんとのつながりがなくなってしまうし、なんだかんだ言って、ボクは彼女を気に入っているのだろう。次にあうお誘いをしておくことにした。
「クーちゃん、サークルはサークルとして、別にボクと遊ばない?」
「ショウちゃんと?」
「ボクと。ほら、ボク同学年の知り合い居ないし、クーちゃん一緒にどうかな」
「んー」
クーちゃんは少し悩むそぶりをするが、尻尾はぶんぶん振られているし、耳はピーンと立ってこっちに向いているし、一緒に遊びに行く気満々なのが伝わってくる。3人の会話を見ていると、クーちゃんは末っ子気質なようだし、ここは頼るような感じでお願いしてみようか。。
「ボクの家、この辺なんだけど、最近引っ越してきたばっかりだから不案内なんだよね。いろいろこの辺探索したいと思うんだけど、一人じゃ寂しいから二人で回りたいなって。だめ?」
「だめじゃないよ!! 二人で回ろう!!!」
「ふふ、ありがとう」
ふんすふんすと鼻息が荒いクーちゃん。その姿は小動物的なかわいさであふれていた。尻尾がもっふんもっふん激しく動いている。
「ショウちゃん!! 電話番号と、あとLINE交換しよ!!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
電話番号が一人も登録されていないスマホを取り出し、クーちゃんと膝を突き合わせながら、操作を始める。しかし、買ったばかりの、しかも初めてのスマホ、どれをどう押せばいいかさっぱりわからない。クーちゃんも、スマホの操作は苦手なようで、二人して苦戦するがどうしてもうまくいかない。
「ここでいいのかな?」
「まっくらになったんだけど」
「オリベちゃーん、なにもしてないのにこわれたー」
「なにもしていただろ!? まったく、ちょっと貸してみろ」
塗々木さんが、結局ボクの分とクーちゃんの分を操作してくれる。どうやら、塗々木さんは、塗々木さんと石紅さんの番号とLINEも登録してくれたので、一気に登録が3人になった。一気に3倍である。違った、元が0だから無限大である。非常にテンションが上がった。
「じゃあ、明日さっそく大学周辺を探索しよう!! 9時にうちに集合ね!!」
「え、明日?」
まあ明日は予定も何にもないんだけど…… かなりぐいぐい来るなぁ。
「明日じゃ、ダメだった?」
ボクの反応があまり芳しくなかったからか、耳と尻尾がシューンとするクーちゃん。テンションの上下が激しいが、それが耳や尻尾に思いっきり出ている。
「ボクも明日暇だし、大丈夫だよ。大学のどの辺に集合する?」
「え、えっとね! 銅像前ならすぐわかると思うよ!」
「じゃあ銅像前に9時ね」
構内の真ん中に創立者の銅像がある。その前ならわかりやすく、見つけるのも容易だろうし待ち合わせには最適だ。
「先輩方はどうしますか?」
「青春している幼馴染と後輩の邪魔をして、馬に蹴られたくないから遠慮するよ」
先輩二人に話を振ると、塗々木さんはニヤニヤしながらそう言った。クーちゃんとボクが恋仲になろうとしているとでもいうのだろうか。ボクもにっこり笑って返事を返す。
「なるほど、ボクも先輩方の邪魔をして、馬に蹴られたくないですね」
先輩方二人が付き合っている疑惑の話を再度掘り返すと、塗々木さんは嫌そうな顔をする。一方の石紅さんは知らん顔で食器を片付けていた。反応すればするほどいじられるのがよくわかっている対応だ。
「うふふふふ」
「ははははは」
二人の乾いた笑いが響く。クーちゃんは、不思議そうな顔をしてボクたちを見ていた。
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