入学式と新歓活動とお花見 6

三人で散歩道を進んでいくと森が急に開ける。

開けた先は、ちょっとした広場になっていた。先ほどの100人以上余裕で入りそうな広場とは違い、本当にちょっとした広さの場所である。その広場の真ん中に、一本の枝垂桜が満開で咲き誇っていた。一本だけとはいえ、かなり立派な木であり、こんなにきれいなのに、周りに花見客がだれもいないのがちょっと意外だった。

桜の枝の外に、花見の準備がしてあった。地面には赤い布、緋毛氈が敷いてあり、端には紅色の和傘が立てかけてある。真ん中には四段の重箱が置いてあり、なんというか、向こうの広場でやっているビニールシートを敷いて騒いでいる花見と違って、非常に上品であった。上品すぎて若干緊張する。


「ほら、花見っていうと和風だからさ、ビニールシートでわいわい騒ぐのもいいけど、ちょっと凝ってみたんだ」


塗々木さんがそう説明する。この凝った和風セットは、塗々木さんのプロデュースらしい。クーちゃんは、嬉しそうに毛氈の上に草履を脱いで上がる。赤の鼻緒が鮮やかな、黒いおしゃれな草履が、くるくると宙を舞って、両方ともきれいにそろって地面に落ちた。彼女はそのまま重箱の前へ進むと、何の遠慮もなく重箱を開けた。


「わーい、お稲荷さんだ! これ、おばさんが作ったやつ?」

「そうだよ、うちのお母さんに準備してもらったんだ。ショウさんも座って座って」

「おばさんのお稲荷さん甘くて好きなんだよね~」


クーちゃんの先だけ白い真っ黒な尻尾が上下にもふっもふっ、と激しく動く。あまりにふわふわしていそうで、なで回したい衝動に駆られるが、さすがに我慢する。下手に触ると、どんな責任を問われて、どんな妄想を実現させようとしてくるかわからない。ベッドでプロレスする妄想はさすがに勘弁してほしい。ボクは自分の貞操が大事なのだ。

ひとまず塗々木さんの前、クーちゃんの隣に座る。重箱の中身の一段目はお稲荷さん尽くしだったが、あとはきれいなバランスのよい重箱弁当だった。


「今日はショウさんが主賓だからね。はい、お皿とお箸。飲み物はペットボトルだけど許してね」

「なんというか、すごく豪華ですね。ちょっと緊張しちゃいます」

「頑張ったからね」


取り皿も漆塗りの小皿だし、お箸も割りばしではなく漆塗りのモノだ。コップも陶器の茶碗だし、確かにペットボトルのお茶だけ非常に浮いていた。ここで野点とかされて抹茶とか出されたら、もうどうしていいかわからなくなりそうなので、ペットボトルでよかった気がする。

ひとまずお茶を飲んで落ち着こう。そう思い茶碗を手に取るが、どうやって飲めばいいのかわからず一瞬手が止まってしまった。茶道だと、茶碗を回して器を楽しむのだったか…… なんていう正しいかどうかわからないうろ覚えな雑学知識が頭をよぎる。少し迷ったが、どうせこんなうろ覚えの知識では正しいことなんてできるわけないし、そのまま口を付けて飲み干した。隣を見ると、クーちゃんがお稲荷さんを手づかみでがっついていて、塗々木さんに怒られていた。あれが許されるなら何でも許されるだろうと思いちょっと安心した。


「食べながらでいいから自己紹介しようか。まず俺から行くね。妖怪同好会の幹事長の塗々木折壁です。種族はぬりかべ。出身は都立国西高校。趣味はスポーツ観戦ね。よろしく」

「じゃあ私も。新入生の尾崎葛葉です。種族は狐人(こじん)。出身は都立妖学園。趣味は境内の掃除です。よろしくお願いします」

「あやかしがくえん、ですか?」

「妖怪専門の都立高だよ。礼儀とかうるさいし、行かない人も多いけどね」

「さっきまでのクーちゃんの行動は明らかに礼儀を欠いていましたけどね」

「おばさんのお稲荷さんだからしょうがないのです。お母さんのお稲荷さん塩辛いんだもん…… 文句言うと自分で作れって言われるし」


そっぽを向きながら言い訳するクーちゃん。でもそれなら自分で作ればいいのではなかろうか、と思ったけど、おそらくこの感じ、自分で料理をしないのだろう。そこで突っ込まない程度の情けはボクにもあった。


「じゃあ次はボクですね。私は鈴木翔。種族は人間です。出身は私立桐桜学園です」

「「めいもーん!」」

「え、今の合いの手なんですか」

「自己紹介の時の定番の合いの手だよ。実際に名門校かわからなくても同じ合いの手をするのがお約束なんだけどね」

「なるほど、すいませんさっきまでボケーっと聞いていて」

「いいのいいの、さっきまでしてなかったしね。ほかにもいろいろあるけどそのうち覚えるよ」

「わかりました、あとは、趣味は読書です。よろしくお願いします」

「ありがとうショウさん。さて、いろいろ話したいことはあると思うけど、ひとまず食べようか」

「わーい、お稲荷さん!!」

「クーはもうちょっとバランス考えろぉ!!」


塗々木さんと、クーちゃんがにらみ合う中、ボクは違う段のおかずを見ていた。

3段目の重は、洋風らしい。エビフライやフライドポテトといった揚げ物やハンバーグ、ポテトサラダといった、洋風のおかずが入っていた。

海老は縁起ものだし、まずはエビフライからいただこう。ソースがすでにかかっているエビフライは、揚げてから時間がたっているからか、ちょっと衣がしっとりしていた。

一人暮らしをしているとどうしても揚げ物しないから、いつも出来合いのモノばかりなので、こういう家庭で作った類の揚げ物がおいしく感じられる。エビフライと、唐揚げと、フライドポテトとサラダを自分用に取り分ける。

一方塗々木さんとクーちゃんは、お稲荷さんを挟んでお箸で取り合いをしていた。二人箸に箸渡しである。お行儀悪い。ひとまず、二人の分のおかずも取り皿に取ろう。二人が何が好きだかわからないが、ひとまずバランスを考慮して……


「二人とも、他のものもちゃんと食べましょう。はい、クーちゃんはポテトサラダとトマトね」

「……」


ポテトサラダとトマトの乗せた取り皿を差し出すと、クーちゃんの耳が明らかにへんにょりした。嫌いなものでもあるのだろうか。


「クーはトマトが嫌いなんだよ」

「狐は肉食だから野菜はいらないのですよ」


偏食なのだろうか。野菜を食べないのは体に悪いし、トマトとっちゃったし、ひとまず食べさせよう。


「はいはい、いいから食べましょうねー。はい、あーん」

「やあー!? んぐぅ」


ちょうど口が開いていたので、トマトを口に突っ込んでやる。さすがに吐き出すような下品なことはしないようで、ほとんど噛まずに飲み込んだ。

オリベさんがお茶を渡すと、クーちゃんはそれを一気に飲み干した。


「死ぬかと思った」

「トマト程度で死んだら喜劇だね。はい、ネクストトマト」

「ショウちゃんがいじめるのです!?」

「食事バランスは大事だから」

「連続トマトはバランスが悪いのです!!」


両手で×を作りながら、絶対に食べない意志を示すクーちゃん。仕方がないから、トマトは私の取り皿に移し、エビフライを取り皿にとって渡した。

私もエビフライを食べてみるが、すごくおいしい。オリベさんのお母さんは料理がうまいようだ。特にこのソースがおいしい。ただの中濃ソースじゃないようだ。レシピを教えてもらえないだろうか。


「ショウさん、クーと本当に仲がいいね」

「そうですか? クーちゃん明るいし、誰にでもこんなものではないんですか?」

「クーはすごい人見知りするんだよ。人見知り時のクーはお嬢様然としているから、正直別人のみたいだよ」

「今日あったばかりなんですけどね」


くちなおしー、といいながらおいしそうに稲荷寿司を食べるクーちゃんは、取り皿に山盛りの稲荷寿司を乗せていた。突っ込むのも面倒なので、クーちゃんの取り皿からボクは稲荷寿司を奪いとった。

「あ“-!!」と叫ぶクーちゃんを無視してそのまま口に運ぶ。具は干瓢だけのシンプルなお稲荷さんだった。シンプルだからこそ味付けでおいしさが決まって難しいのだが、干瓢の煮方も、揚げの煮方も甘くておいしかった。


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