贖罪部屋

蛇穴 春海

プロローグ

「あ……もう、やめてくれ……」


弱々しく命乞いをする男の顔は血に塗れていた。それは決して返り血などではない、男自身の血だ。そしてその血化粧を施したのは男の前に立ち塞がる二人の屈強な男達。二人の屈強な男達が着ている黒いワイシャツは返り血を浴びても目立たぬようにと着せられている物だ。


「やめて、くれ……ぐっ」


男の必死な乞いなどには耳を貸さず、屈強な男達は再び男を殴り続ける。かれこれ一時間はこれの繰り返しだ。

殴る、殴る、殴る。その度に男は低くくぐもった嗚咽を吐き出す。男が伏せている床には男が吐いた血や吐瀉物が撒き散らされていた。

男の命乞いは時が経つにつれ小さく、そして掠れていき、段々と言葉を発することはなくなっていった。現段階で男が出来ることは唯ひとつ。ひたすらこの時が終わるのを待つのみだ。


「もう良いわ」


悲惨な雑音のみだったこの空間に凛とした女の声が響く。

その声の主は狭いこの部屋の壁沿いに置かれたソファに腰掛ける女主人だった。


「今すぐそいつから離れなさい」


先程までソファーから動くことなく事の最中を見ていた彼女がそう言うと屈強な男達は殴るのをやめ、男から一歩また一歩と離れた。

そして彼女は立ち上がり、男の元へと歩み出した。男の前へしゃがみ込み、優しく男の顔を持ち上げる。

男は虚ろな目で彼女を見上げる。女主人はそっと男の髪に触れ、ニコリと笑った。

やっと終わる、解放されるんだ。そう感じた男は唾液と血を垂らしながら醜い笑顔を作った。

彼女は笑顔を保たせたまま、言い放つ。


「最後は私がやるわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る