第181話 野性の瞳

「実は……」



 俺から目を背け、少しうつむき加減で話し始める美しい彼女。


 恥ずかしさと、申し訳ない気持ち。それらがない交ぜになった様なその表情。


 それは、俺の内なる野性を刺激して止まない。



「ご相談と言うのは、本日の夜伽よとぎの件にございます」



「……へぇ?」



 突然の事に、思わず変な声が漏れだしてしまう俺。



先程さきほど、皇子様がご入浴の際、神界から急な呼び出しがございまして……」



「え? しん……かい?」



 あぁ……日本の事ね。


 そういえばじーちゃんが言ってたなぁ。異世界こっちでは、日本の事を神界しんかいって言うって。


 と、ここで、俺がじーちゃんから聞いた話をぼんやり思い出していると、何を勘違いしたのか、急に焦り始めるダニエラさん。



「いえいえ! 皇子様、ご安心下さいっ! 本日の夜伽よとぎのお役目、このダニエラがしっかり、ぐっしょり、ずっぽり、誠意の限り務め上げさせて頂く所存です。ただ……」



 更に言いにくそうに話を続けるダニエラさん。って言うか、色々な表現方法に突っ込み処満載だけど、まぁ今はスルーで。



「神界での件につきましては、やはり私自身が参りませんと、収まるものも収まらなくなる可能性がございます」



 ――ギリッ!



 未だ顔を俺からそむけたままで、少し悔しそうに自分の爪を噛むダニエラさん。



 うーん。



 美女が悔しがる姿……と言うのも絵になるよなぁ。


 って言うか、かなりの大好物だぞぉ。しかもっ! しかもだよ。ダニエラさんって、もともとクールビューティーで整った顔立ちなもんだから、余計にその美しさが際立つって言うかさぁ……。



 俺は、そんなダニエラさんの横顔に見とれながらも、さらに思案にふける。



 えぇっとぉ……あぁそうそう! あれあれ、あれですよ。あの、美しい剣士がスライムに鎧を溶かされて、はうはうはうっ! ってなっちゃって、そんでもって、恥ずかしさの中にも口惜しさを交えた表情で叫ぶあの一言っ!



くっ殺せっクッコロ!」



 突然、現実世界で物騒な事を叫んでしまう俺。



「は? 皇子様、どうされました? クッ……コロ……とはどう言う?」



「あぁ、いやいや、えっとぉ。くっころ……って言うか、くっこぉ……くっこう……あぁ、! そうそう、結構大変なんだね。ダニエラさんもっ」



 めちゃめちゃ気まずい感じで話を捻じ曲げてみる俺。



「はぁ、そうでございますか。えぇ、ご心配いただき、ありがとうございます」



 腑に落ちないながらも、一応納得してくれる優しいダニエラさん。



「……と言う事で、リーティアを一足先ひとあしさきに神界の方へと戻らせましたが、追ってわたくしも参らねばならないものと考えている次第でございます」



 えぇぇ。リーティア、もう帰っちゃったんだぁ。それは残念だなぁ。今度こそ、お風呂場で『見せ合いっこ』したかったのになぁ。


 その話を聞いて、ちょっと残念そうな顔になる俺。


 ただ、俺の表情の変化をダニエラさんは見逃さない。



「はわわわわ。皇子様。皇子様がその様に悲しい顔をなされますと、このダニエラ、神界へと戻る気持ちが揺らいでしまいますぅ……」



 更に顔を赤らめ、ベッドの上に『のノ字』を書き始めるダニエラさん。


 うーん、ダニエラさんって、時々こう言う時に『』な行動をするよねぇ。まぁ、ばーちゃんの秘書やってる影響もあるんだろうけどなぁ。それに、リーティアがいない事を残念に思ったなんて、口が裂けても言えないけどねっ。たははは。それに、このままの流れだと、お付きの侍女に見守られながらの形で、俺、ダニエラさんと『はじめて』を迎える事になりそうだからなぁ。まぁ、ナニは最初から準備万端だけど、流石にそれは童貞初心者の俺にはハードルが高い。もうちょっと修練を積んでからの挑戦ってことで、今回は諦めるかぁ。


 ようやく俺の中でも、『理性』と『野性』の折り合いが付いた。



「あぁ。うん。それは残念だね。俺は構わないから、ダニエラさんも行っておいで」



 流石に大観衆の前でを交える勇気の無い俺は、優しくダニエラさんを送り出してあげる事に。



「はぁぁぁ。皇子様はお優しい。本件ご了承いただき、誠にありがとうございます。ただ、先程も申しました通り、今宵の夜伽よとぎのお役目、しっかり果たした上で、神界へとおもむ所存しょぞんにございます。何卒ご存分におなぐさみいただけます様、お願い申し上げます」



 はうはうはうっ!


 ダニエラさんマジかー! やっぱ、やっちゃうのね。この観衆の前で、やっちゃうのねっ!



 体の方は準備万端抜かりは無い。


 だけど、そっとダニエラさんの背後に目をやれば、半ば鬼の様な形相で俺を見つめる ――いやいや、正確に言うと、睨み付けるが正解だな―― 三人の侍女たち。



 うぇぇぇ。俺、始めてなのに、何? この圧迫感っ! 俺、どうすれば良い? 俺ってどうしたら良いの?


 とりあえず両手を少しだけ広げて、指先を『ワキワキ』させてみるけど、それ以上、どうすれば良いのかさっぱり思い浮かばない。



 そんな俺の様子をそっと見つめていたダニエラさん。



「みっ、皇子様っ。ごごご、ご遠慮なさらず……どっ、どうぞ、めっ、召し上がれぇ」



 彼女は三つ指の姿勢から、ゆっくりと状態を起こし始める。



 はうはうはう! ダニエラさんっ! ダニエラさんってば! ここで上体をおこしちゃったら、色々な所がスケスケのシーのスルーで、大変な事にぃぃ! えぇ、何だって、それはそれで良いじゃ無いかってぇ。そんな訳に行くかぁ。おい、お前っ、考えても見てくれっ! こんな臨戦態勢の俺の目の前に、純白のシーのスルーなネグリジェを羽織った『うさぎちゃん』が『召し上がれぇ!』なぁぁんって言ってるんだぞぉ。そんなもん、絶対に我慢できなくなるに決まってるだろぉ。あぁ、間違いない。完全に俺の理性のタガは跡形もなく吹っ飛ぶに決まってる。そうなったら、もうお手上げさ。大観衆がいようがいまいが、俺の中の野性は、これまでに蓄積したノウハウの全てを駆使しようとするに決まってるじゃないかっ。はうはうはうっ! 俺、初めてなのに? 俺、初めてなのに全てを駆使しても良いの? 本当に良いの? だから、本当に良いのか? って聞いてるんだよっ! なんだ、返事が無いぞぉ。あぁ、これだから、一度もシーのスルーなネグリジェに身を包んだ美女と相対した事すら無い、『憫然びんぜんたる童貞』諸氏は御し難いっ!



 はうはうはうっ! ダニエラさんってばぁぁぁ!



 俺は即座に両手で自分の顔覆い隠す事に成功。



 だけど、そんなもんはお約束っ!


 俺の両手の指の隙間すきまからは、ギラギラと輝く『野性の瞳』が覗いていたのは言うまでも無い。


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