第118話 隷従は恋の味
「それじゃあ、改めましてっ」
少女が声を掛ける。
「よっ……よろしくお願いします」
その少女の声に応える様に、少し
それは、日本人であれば馴染みの深い正式な土下座のポーズ。ちなみに、創造主の想いを色濃く反映しているこの世界では、このポーズ自体も「DO・GE・ZA」と呼ばれている。
ただ、この世界では敬意を表す『敬礼』が既に普及しており、「DO・GE・ZA」が披露される場面としては、娼館からの朝帰りを見つかったお父さんがお母さんに謝る時など、かなりニッチな場面でしか活用されていないのが実情だ。
ただ、今回の「DO・GE・ZA」は、そう言う意味では、この世界で最もふさわしいシチュエーションでの活用事例と言えるのではないだろうか。
「で? あの時、どうして魔獣は私達の事を見逃してくれたの?」
「……うんっ、実は、魔獣と取引をしたんだよ」
ミランダが気を取り直して少年に質問を投げ掛けると、少年はその質問に答えるべく
テーブルの下から見上げる様な姿勢のルーカス少年。そんな彼の左頬は、軽く左目が見え辛くなるぐらいには腫れ上がっていた。
「えぇぇぇ。魔獣って知能があるって聞いてたけど、本当にお話しできるの?」
「うっ、うん。体の構造が違うらしいから、そのまま直接おしゃべりは難しい様なんだけど、『眷属』なんかの関係があれば、思ってる事とかを、お互いにやり取りする事が出来るんだ」
「……でも、どうして僕と魔獣の間で『眷属』の関係が出来てたのかは分からないんだけど……ダメ元で話しかけてみたら、通じたって言うか……」
自分で説明を始めておきながら、肝心な所の理由が少し曖昧なルーカス。
「えぇっ! って事は、あの時は『行き当たりばったり』だったって事?」
無謀にも、何の手立ても無いまま魔獣に立向かおうとした少年。その行動に驚きを隠せないミランダ。
「うっ、うん。そうなんだ。だって、ミランダがあんな事になってて、僕に出来る事なんて、他に無かったし……」
「ううん、良いの。……結局それで私達、助かったんだもんね……ありがとっ」
ちょっと俯き加減で感謝の言葉を告げるミランダ。最後の
「でも、どうしてルーカスって、こういう難しい事知ってるの?」
テーブルの端に両手を付く感じで、身を乗り出しながら聞いて来るミランダ。
この時ミランダが着ていたストラは首元が大きく広がったもので、少し彼女には大きいサイズなのかもしれない。
彼女がそうやって身を乗り出す度に、彼女の首筋から胸元にかけて……見えそうで見えないサクランボ。
この時ほど大理石の床に正座している自分を呪った事は無い。せめて立ってさえいれば……くっ! とにかく悔やまれる。
「えっ、あぁ、何だっけ? そうそう……うん。これでも僕、神官学校に行ってたからね」
「本当! うわぁぁ凄いねぇ。ルーカス、神官様になるんだぁ」
思いの他、食い付きの良いミランダに気を良くしたルーカス少年。少し照れた笑いを浮かべながらも、もうちょっとだけ自慢の上塗りを。
「えっ、そうかなぁ。凄いかなぁぁ。えへへへへ。一応、卒業はしたんだけどね。まぁ、神官は僕にはあんまり向いて無いって言うかさぁ……、そのぉ、神官はちょっと無理かなぁって……」
結局、最後は弱気な発言だ。
「ふぅん。そうなんだぁ。それで、魔獣とはどんな取引をしたの?」
なおもキラキラした瞳でルーカスに話し掛けて来るミランダ。早く話の続きが聞きたいとばかりに、テーブルの上から伸びる素足をパタパタとさせている。
「うん、僕たち三人を見逃してくれれば、魔獣の『隷従の誓約』を解放してあげるって」
「えっ? 魔獣って、誰かの奴隷だったの?」
「うん。そうなんだよ。僕も『隷従の誓約』が魔獣にまで効果があるなんて初めて知ったんだけどね」
「それで、魔獣が僕の近くに来た時に魔獣の体の中を調べてみたら、アレクシア神様の『隷従の誓約』が掛かってるって事が分かって、あっ! もしかして僕ならその誓約を上書きできるんじゃ無いかな? って」
ルーカスは、当時の事を思い出して身震いを一つ。今思えば、魔獣に触れてさえいないのに、良く
「そうなんだぁ。でも『隷従の誓約』の解除って、とっても偉い神官様しか出来ないって聞いた事があるよ?」
ミランダは小首をかしげながらルーカスに質問を投げかけて来るのだが、あまりにもその仕草が可愛すぎて質問の内容があんまり頭に入って来ない。
「うん。あー、えーっと、何だっけ? あぁ、そうそう、そうなんだよ。でも、どうやら『誓約』したのは結構下位の魔導士らしいから、僕でも何とかなったって感じかなぁ」
「へぇぇ。やっぱりルーカスって凄いんだねぇ」
「えへ。えへへへ。そぉ?」
なんだかんだで褒め上手のミランダ。完全にルーカスは彼女の手のひらの上でごーろごろ。
「それから、それから? どうしてルーカスとか、私とか、……あと、お姉ちゃんとかの怪我が治っちゃったの?」
「うん、それはね、魔獣は元々、アレクシア神の祝福を受けていたらしいんだよ」
かなり得意気なルーカス少年。更に神様ネタを披露にかかる。
「アレクシア神の祝福を受けた人は、怪我なんかの治癒の力を授かる事が多いんだ。それ以外にも、水を自由に動かしたり、もっと上位の人は
神官学校で習った事を、ここぞとばかりに次々と披露だ。
「あぁ、それで魔獣がなんだか、ピカピカしてた訳なんだぁ」
「そうそう。結構ピカピカしてたよね。最後に『ドッカーン』って」
『ドッカーン』の部分では、大きな身振り手振りで落雷を表現するルーカス少年。そのコミカルな動きに、思わず口元を押さえて笑い始めるミランダ。
そんな楽しそうなミランダを見て、ルーカスも何だか嬉しくなってしまう。
「ふふふふっ」
「あはははは」
「「あはっ、あはっ、あはははは!」」
終いには、二人で大爆笑だ。
一通り笑い終えた所で、ルーカスは更に話を続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ。……それでぇ、魔獣と取引をした時に魔獣の方から『怪我をさせて悪かった』って、僕たちの怪我まで直してくれたって訳なんだよ」
「へぇぇ、魔獣
いつのまにか、呼び捨てでは無く『さん』付けに昇格。
「そうなんだ。結構、話の分かる
「ねぇ、ねぇ。って事は、ルーカスも誰かの奴隷になった事があるの?」
「うーん、本当に奴隷になった訳じゃなくって、神官学校だと友達同士で『隷従の誓約』の練習をするんだよ。……もちろん後で解放するんだけどね」
「へぇぇぇ。奴隷になるってどんな気持ち? どんな気持ち? なんだかガッカリした様な感じになる?」
突然ルーカスの鼻先にまで、自分の顔を近づけて来るミランダ。ルーカスは余りの顔の近さに、思わず頬を染めながら横へと視線を逸らしてしまった。
ただ、本当に後から気付いた事なのだが、この時に、何としてでもこの気恥ずかしさに耐えてさえいればサクランボがっ……。千載一遇のラッキースケベの機会を自ら放棄してしまったルーカス少年。その日の午後、この時の失態を思い出す度に、身が捩れるぐらい後悔する事となる。
「ううん。全然そんな事無いよ。どっちかって言うと、自分の主人の近くに来るとちょっと安心するって言うか、ほんのちょっぴりだけだけどホンワカした気持ちになるんだよ」
目を逸らしたまま、当時の事を思い出すルーカス少年。
「先生は、『恋』をした時の様な気持ちになる……って言ってたけど……」
「僕、『恋』ってした事無いし……」
「あっ、私も……無い……」
「「……」」
急に黙り込む二人。
……率直に言おう、今の君たちの事である。
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