第110話 エルフの呪い(前編)
「いやいや、これは異な事を。この様な秘め事、女性の方から申し上げる事など、出来ようはずも御座いませぬ。さも当然な事に御座いますれば……」
「ふんっ、いけしゃあしゃあとっ! よう舌の回る男よ。雄弁な男は好まれようが、おしゃべりな男は好まれぬぞ!」
しかし、それに負けじとアエティオスの弁舌は尚も続いた。
「恐れながら申し上げます、サクラ様。私は好いた女がただ一人、私だけを見ていてくれさえすればそれで良いのでございます。何も大勢の女に好かれようなど露ほどにも思った事はございませぬ」
「私の真実の愛はただ一つ。テオドラにのみ注がれるものに御座います」
「それに、女神様とは意思の繋がったこの今の状態で、私が嘘など申し上げる事ができましょうや? いや、出来ませぬ。そんな私の真実の想いを是非、お汲み取り頂きたく存じます」
『立て板に水』とはこの事か。次から次へと言い訳が湧き出して来るアエティオスに、少々押され気味の女神様。
「うぅぅむっ。そっ、そうか……。お前はそこまでテオドラの事を愛していると申すか?」
「はい。その通りにございます!」
アエティオスの返答に迷いは無い。即答である。
「うぅぅむ……そうか……」
まだ眉尻を上げたままの
「ご理解頂けて、恐悦至極に存じます」
逆にアエティオスの方はと言うと、もちろん表情こそ動かぬものの、声のトーンには安堵した雰囲気が多分に含まれている様だ。
「……」
その後、無言のまま再び上空へと舞い上がる
そしてもう一度、ゆっくりとアエティオスに向かって話し始めたのだ。
「うむ……分かった……」
「お前が大嘘つきであると言う事が、よぅぅぅ分かった」
「えっ?……今何と?」
突然の
「先ほど、テオドラに確認した際、テオドラはお前がかなりの
「えぇっ! テオドラが……で御座いますか?」
この後に及んでも白を切り通す。鋼の
「私に嘘が通じるとでも思うたか!」
「もしや? とは思い、他数人の兵士にも確認したが、一様に、お前が
「しかも、しかもじゃ。
「えぇっ! いやっ、それは! 処々の事情が……」
流石に一般の兵士にまで事情徴収するとは少々反則では?! との想いが
「えぇぇい、この戯けめ! 女神を侮るで無いっ!」
流石に我慢できなくなった
……はうはうはう!
「この様な大嘘つきには『
先ほどの激高モードから一転、獲物を甚振る猛獣の様な目つきをする女神様。
――ゴクリ。
そんな彼女に見据えられ、恐怖心と好奇心、そして
意外とこの男、
「お前の様な
「しかし……いったい、こんな
すると突然、アエティオスの体が淡く光り輝き出したではないか。
――パァァァッ。
「お前に二つの『
「この『
「更にっ! さらにじゃ。もしテオドラを泣かせる様な事があれば、私が直々に手を下してくれる故、覚悟せよっ!」
「……女神様っ!」
「えぇぇい。話しかけるなっ。虫唾が走る!」
「ゆめゆめ……、ゆめゆめ、私との約束、忘れるなよ……」
――キィィィン
一瞬の金属音の後、全ての景色は、青白い月光に照らされた普段通りの世界へと舞い戻る事となる。
――ドサッ
茫然とするアエティオスの隣で、テオドラは膝を折る様にしてその場にへたり込んでしまった。
「テオドラッ! 大丈夫か、テオドラッ!」
そんなテオドラを気遣い、彼女の元へと駆け寄るアエティオス。
彼は
「……あぁ、アエティオス様、よくぞご無事で……」
「うむ。魔道を少々使い過ぎたのであろう、このまま休むが良い」
確かに意識はある様だ。
テオドラの無事を確認し、ようやく肩の荷が下りた様な感覚に、思わず笑みがこぼれる。
「いっ、いえ、そう言う訳には……それよりも、魔獣は? 魔獣は如何あいなりました?」
テオドラのその言葉を聞き、ようやく周囲を見渡してみるアエティオス。
「うむ。
先ほどまで空中に浮かんでいたはずの
しかも、魔獣の雷撃を受け、瀕死の重傷を負って魔獣の脇に打ち捨てられていたはずの兵士達も、恐る恐る駆け寄って来た他の兵士達に順次助け起こされると、完全に消えてしまった自身の傷痕を訝し気に確かめている様だ。
「まぁ、少ないとは言えあれだけの骨が残っておれば、マロネイア様にも言い訳が立つと言うもの……まぁこれが『誰の何の骨』か? までは分からぬがな」
「よし、もう十分兵士達は魔獣のなれの果てを目撃した事だろう。後は
魔獣の
「……はい。かしこまりました」
テオドラは、そう返事を返すが、いまだその場にへたり込んだままだ。
「うむ。立てるか?」
「あっ、ありがとうございます」
そんなテオドラへ、そっと右手を差し出すアエティオス。
そして、アエティオスから差し出された右手を掴もうと、自らの右手を差し出すテオドラ。
しかし、その手はアエティオスの手を握る直前で静止する。
「……アエティオス様、それは……」
テオドラの表情はフードの奥に隠れ、決して見る事は出来ない。
しかし、その切迫した様子は、アエティオスにも十分に感じ取れるものであった。
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