第107話 結界決壊
――ビリッ、ビリッビリッ、ビリッ!
「閣下っ! 『雷撃』来ますっ! 兵を、兵を下げて下さいっ!」
魔獣の微妙な変化にいち早く気付いたテオドラ。叫ぶ様にアエティオスへと具申する。
「構わんっ! このまま押すっ! 魔獣の『雷撃』に備えよっ!」
そんなテオドラからの具申を聞き流し、アエティオスは全軍に非情な判断を伝えた。
しかし、兵士達も慣れたもの。
自身が命を落とす事になるかもしれないその果敢な判断に無言で従い、魔獣からの『雷撃』に耐えようと、ひたすらその身を固くする。
――ピシッ! バリバリバリッ! ダァァァン!
けたたましい空気の炸裂音とともに、辺りが真昼間の様な白光に包まれた。
「「「うぉぉぉっ!」」」
魔獣を取り囲む兵士達からは、悲鳴にも似た叫び声が湧き起こる。
魔獣に直接触れていた兵士達はその『雷撃』を受け、急に全身の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまう。ただ、既にこれまでの波状攻撃により魔獣本体の『力』がかなり削がれていたのであろう。倒れ込んた兵士達に意識は無いものの、絶命するには至っていない様だ。
「間を開けるな! 第一中隊を踏み越えろっ!
負傷者の救護など後回し。
非情にもアエティオスは
「「「ウオゥ!、ウオゥ!ウオゥ!ウオゥ!」」」
後衛の兵士達は、自身の目の前で崩れ落ち、まだ地面で痙攣している仲間達を踏み越え、踏み越え、それでも魔獣へと殺到して行くのだ。
「死ねや、死ねやぁぁぁ!」
「「「死ねや、死ねやぁぁ」」」 「「「死ねや、死ねやぁぁ」」」
一種の興奮状態に到達している兵士達に恐怖心は無い。
ただひたすら
――ピシッ! バリバリバリッ! ダァァァン!
――ピシッ! バリバリッ!
魔獣の方も必死だ。
囲まれる度に魔道の力を発動させ、自身の体に群がる人間達を打ち払って行く。
「ギャオォアァァァッ!」
しかし、底無しの体力を持つかと思われた魔獣も、これだけの攻撃を浴び、治癒し、しかも魔道の力をここまで連続で行使できるものであるはずが無い。
初回こそ広範囲に兵士達を巻き込み、多くの兵士達を戦闘不能に追い込んだその『力』も、回数を重ねる毎に影響範囲が目に見えて狭くなって来た。
「よぉぉしっ! ここ迄だっ!」
そんな魔獣の様子を第一中隊の後方で見定めたアエティオス。
自ら魔獣の傍まで出向いて行こうと、その一歩を踏み出そうとしたその時だった。
「閣下っ! 結界がっ! 結界が破られました! 『精霊』の力が流入して来ますっ!」
アエティオスの脇で控えていたテオドラが、驚きの声を発するとともに彼の腕を捕まえたのだ。
「何っ! 魔獣の仕業か?」
振り向きざまに、テオドラへと問い正すアエティオス。
「いいえっ! ……外部からの……強いっ! 非常に強い力で結界が……」
そう告げると、グレーのフードの上から両手で頭を抱え、何かに怯える様に首を振り始めるテオドラ。
そんなテオドラの様子を見つめていたアエティオスは、その視界の端に、何か黒い……そう、黒い大きな玉が庭園の空中に浮かんでいるのを見つけたのだ。
「……アレは……何だ……?」
茫然とその黒い玉を見つめるアエティオス。
本来であれば、暗闇に浮かぶ黒い玉など視認できるはずも無いのだが、今日は幸運にも満天の星空。
異様な事に、その空間だけは背後の星の光を通過する事無く、まるで満天の星空の中にぽっかりと大きな黒い穴が開いたとでも言う様に、その
「閣下、アレは……
つい今しがたまで自身の頭を抱え、全ての外部情報を遮断しようとしていた人間とは思えない口ぶりで、その大きな黒い玉を見つめるテオドラ。
その訥々とした喋り口は、何かを悟ったとでも言うのか。
「ただ、見た事も無い……おおきい……大きすぎますっ!」
フードの奥に隠されたその顔色を見る事は叶わない。 しかし、独り言の様に呟くその口調からは、明らかに彼女が放心状態に陥っている事が感じられる。
「魔獣の系統はアナスタシア神では無いと言う事か? いや、あの雷撃は間違い無くアナスタシア神の祝福! あの魔獣、『ダブル』だとでも言うのか?」
焦りを禁じ得ないアエティオスは、なおも詰問する様な口調でテオドラへと問いかける。
しかし、テオドラはその質問には答えず、半ば絶叫する形で己が思いを口にしたのだ。
「閣下っ! お願いです、今すぐ退避を! ぜっ全滅します!」
「クッ! 全員退避っ! 退避ィィッ! 中庭から出ろぉ!」
即断即決。
勇猛果敢が売りのアエティオスである。
普段であれば、兵士が潰走する可能性を考慮し、絶対に口にする事の無い
自身の部下達がパニックに陥る事無く、無事撤退してくれるものと信じての号令だ。 ――その為の訓練も幾度となく行ってきたはず。俺の部下達であれば大丈夫―― と、そう自分に言い聞かせながら、まずは自分自身が落ち着くべきだと考えるアエティオス。
そんな彼は、周囲の従者や伝令に細かい撤退の指示を出しつつも、未だに拡張を続ける空中に浮かぶ黒く大きな玉からは、その目を離す事が出来ないでいた。
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