第14話 いのちをだいじに
「腕の一本は、斬り飛ばすことになる」
オウガがカイトの右腕に向けて、容赦なく刀を振り下ろす。
だが---刀はカイトの腕に届くことはなく、激しい金属音と共にその場に制止する。
「……っ!」
この現象にオウガは初めて驚きの表情を見せた。もちろん、カイトも驚いている。
なぜなら自分の真上で刀が制止しているのだから。しかし、少しするとカイトの視界からオウガの持つ刀が見えなくなった。
カイトとオウガの間に、一人の少年が現れたのだ。
「よう、カイト。まさに間一髪だったな!」
まるで霧が晴れるように、カイトの前に現れた少年---ソウヘイの持つ双剣が、オウガの刀を受け止めていた。
「そ、ソウヘイ!? …な、なんでここにっ?」
「そりゃ---お前ら第2班が、あまりにも遅いから様子を見に来たんだよ」
オウガの刀を双剣を交差させ防いだまま、ソウヘイがカイトに笑顔を向ける。
ソウヘイが持つ双剣は、淡い青色の光を纏っていた。恐らく【魔法】で強化しているのだろう。オウガの重い一撃を防げているのも納得だ。
「お前もコイツ等と同じ、他所モンってことか?」
「あぁ、そうさ! 遅れてやって来るなんて、帝国風にいうとヒーローみたいだろ?」
「だが、いいのか? このまま【押し潰すぞ】?」
オウガの持つ刀が光に包まれる。カイトの視界からは、ソウヘイの身体が重なってしまい見ることができなかった。
これでは【
ソウヘイの後ろから出るため、カイトが身体を動かそうとする。
「カイト、あんまり無茶すんな」
ソウヘイは振り向かずに、カイトに声を掛ける。その双剣を持つ両手に、全力を込めながら。
オウガの【天法】に対抗するのは、さすがに困難である様子だ。
「どうした? <魔女の魔眼>に頼った方がいいんじゃないか?」
「うるせぇーよ、おっさん。おっさんこそ、早くそこから離れた方がいいぜ」
「……?」
オウガはソウヘイの言葉に少しだけ眉を寄せる。現状明らかに有利なはずのオウガが、ソウヘイの言葉を鵜呑みにするとは思えない。
オウガが気にすることなく、持っている刀に力を入れると…
「【私は信じる! この拳は岩をも砕く拳だと!】」
突如---少女の声が辺りに響き、オウガが顔面を殴られ近くの建物の壁へと吹っ飛んだ。
「……は?」
これにはカイトも驚きの声しか出せない。
カイトの驚きを他所に、またもやソウヘイの時と同じく霧が晴れるよう何もなかった場所から少女が姿を現す。
その少女はカイトがよく知っている…というより、幼い頃からの顔なじみであった。
「ま、マーシャもかよっ!」
いまだ両拳に【魔法】を纏わせたまま、マーシャはカイトの方に視線を向ける。
「あんたは、いっつもそう! いつも一人で無茶ばっかりするんだからっ!」
ボロボロになったカイトの姿を見ながら、マーシャは怒ったような口調で言う。
(あれ? なんで助けられたのに怒られんだ、俺?)
マーシャの言葉の意味も分からずカイトが首を傾げていると、ソウヘイが振り向きカイトに 小瓶 を渡してきた。
「それは<体力回復薬>だ。万が一にって…俺の主人が渡してくれた物だから、ささっと飲んで動けるようになってくれ。…たぶん、俺とマーシャだけじゃ…無理だ」
再びオウガが飛んでった建物の方に視線を戻すソウヘイから、小瓶を受け取ったカイトはとりあえず一気に飲み干す。
「<魔力回復薬>は必要ないだろ?」
「あぁ、生憎と 魔力切れ なんて経験ないからな」
「ホントあんたは、どういう身体してんのよ?」
ソウヘイとマーシャの間に立ち上がり、カイトは再びオウガへと 両の目 を向ける。
そこにはマーシャに思いきり殴られたはずのオウガが、服が汚れた程度の 無傷 で立っていた。
「まさか、もう一人居るとはな…。しかし、まったく魔力の流れを感じなかった。…どういうことだ?」
「種明かしなんてすると思うか?」
「それもそうか、捕まえた後にじっくりと話を聞いてやる」
オウガの問いにソウヘイが笑って返すと、オウガもその表情に笑みを浮かべてカイト達に刀を向けるのだった。
今度も先に動いたのは、オウガ。
刀を地面と水平に構えたままカイトたち3人に向かい、目で追うのも困難な速度で迫ってくる。
そのまま刀を真横に振ることで、3人同時に切り伏せるつもりか?
「【風よ!】」
カイトが【魔法】を使い、3人の身体を少しだけ宙に浮かせ後方へと運ぶ。するとその直ぐ後に、先ほどまでカイト達が居た場所へオウガの刀が真横に振られていた。
あのままその場に居たら、3人とも真っ二つだったな。
「カイト、援護してくれ!」
今度はソウヘイがオウガに向かって駆け出す。
その両手に持つ双剣を、オウガの刀に全力で振り下ろす。オウガはそれを意図も簡単に刀で弾く。
そして再び、鋭い金属音がこの場に響き渡った。ソウヘイの連撃は、オウガに届くことはない。
余裕の表情で笑みを浮かべたまま、オウガはソウヘイの双剣を弾き続ける。
双剣と刀の打ち合いが続き、幾つもの激しい金属音が鳴り止むことはない。
「まだまだ未熟な剣筋だな、その程度で俺に当てられるか?」
「無理だろうな、だから 援護 を頼んだんだよ」
ソウヘイが額に汗を流しながら、オウガに笑みで言葉を返す。
「--- 【風よ!】」
双剣を受け止めようとしたオウガの刀が、カイトの【魔法】で速度を落とした。
「……っ!」
突然の出来事に、さすがのオウガも息を呑む。
速度を落としたオウガの刀をすり抜け、ソウヘイの双剣の片方がオウガの右腕を捉えた。
しかしオウガの尋常ではない反射速度のせいで、深手を負わせるには至らない。
「未熟者に剣を当てられた気分はどうかな、おっさん?」
「なかなかの連携だ…なら、これならどうだ?」
オウガの動きがさらに加速し、ほとんど一瞬でソウヘイとの間合いを詰める。オウガが刀を振るうため、一歩前に踏み込もうとした刹那---
「【石材よ!】」
オウガの宙に浮いた足を、道の舗装に使われていた石材が絡めとった。
---これも、カイトの【魔法】である。
オウガの動きに反応出来ていなかったソウヘイが、振り向き様にもう一度その双剣を振るう。
「はぁぁぁあああっ!」
「…っ! 【光の加護y…」
「【
オウガが使おうとした【天法】は、カイトの
オウガの防御を突破し、ソウヘイの双剣は速度を増してオウガに迫る。
「【速く、もっと速く!
ソウヘイ渾身の 16連撃 が無防備となったオウガの刀を弾き、そのままオウガに命中する。
オウガの受けた複数の傷口から、鮮血が勢いよく飛び散る。
ソウヘイはさらに加速し、連撃を繰り出す。オウガがそれを防ごうとしても、カイトの【魔法】がその動きを阻む。
だがオウガもやられっぱなしではない、一度大きく後方へ飛ぶことで距離を取った。
「…これほどの連携を、この完成度で実現するか」
ソウヘイの連撃から逃れたオウガは、ソウヘイではなく後ろに控える カイト に視線を向ける。
【魔法】や【天法】といった【異能の力】は 想像の具現化 であり、使用者が想像したモノが形となって現れる。
つまりカイトがやっていることはオウガの動きを、目で追えていることが前提の話。
オウガの剣を風で遅くしたり足を絡め取ったりするには、それを 認識 しなければいけないのだ。
オウガの動きが見え、適切なタイミングで具現化させるモノを想像する。カイトがやっていることは、そういうことであった。
仲間であるソウヘイは、反応すら出来なかったオウガの動きに……
「お前の目には、何が見えているんだ?」
オウガが初めて額に汗を---冷や汗を浮かべてカイトに尋ねる。
「… 全部だよ。 それに前も言ったが、俺は攻撃特化じゃない。どちらかというと、後方支援向きなのさ」
カイトは
「カイト、マーシャ。…そろそろ逃げるぞ」
「そうだな。このままじゃ 新しい追手 が来る」
ソウヘイは剣を背中に収め、カイトとマーシャに声を掛ける。カイトもソウヘイの言葉に頷いて答えた。
「え、え! 私まだ何もやってないんだけど!?」
さっきまでの戦いを息を呑んで見守ることしか出来なかったマーシャが、ソウヘイとカイトを見回し声を上げる。
「マーシャは最初の一発が、帝国風にいうファインプレーだったよ。だから…サンキュな」
「---/////っ! お、幼なじみなんだからっ、助けてあげるのは当然でしょ!」
カイトが帝国風にお礼を言うと、マーシャは顔を真っ赤にしながら明後日の方を向く。
「お2人さん、イチャつくのは帰ってからにして貰えませんか?」
「「イチャついてはないっ!」」
ソウヘイが呆れたように頭を掻きながら、カイトとマーシャに呟く。
カイトとマーシャが全力で否定したところで、今度はこの場にいたもう一人が口を開く。
「……どうした、止めはいいのか?」
いまだに血が流れる傷口を抑えながら、オウガは不敵に笑っていた。
恐らく、この男は---まだ戦える。
それが解っているカイトだからこそ、3人の中でまず最初に声を上げる。
「俺たち3人掛かりでも、今のあんたにすら勝つのは無理そうだ。ここは逃げることにするよ」
ソウヘイの連撃で深手を負ったオウガにも、今のカイト達は及ばないだろう。それだけの技量の差が、オウガとの間にはあるのだ。
マドニバルの中でオウガのレベルとまともに戦えるのは、話で聞いたことしかないマドニバルの<先鋭部隊>くらいなものだろう。
見たことはないが、彼らも相当強いはずだ。何故なら……まぁ今はどうでもいいか。
「俺たちの作戦は最初から決まってる、--- <いのちをだいじに>ってな」
カイトが最後にそう告げると、3人はオウガを置いて駆け出した。
カイト・ソウヘイ・マーシャの3人が帝国の細道を掛けていると、何もない場所から声を掛けられる。
「…カイト、無事だったのか?」
「その声は、コウキか!? あぁ何とかな…」
いきなり虚空から声を掛けられカイトは驚くも、聞き覚えのある声に返事を返す。
するともう見慣れた光景である、霧が晴れるような演出でコウキが姿を現した。さらに、もう一人の少年も姿を現す。
「おっけー、おっけー! これで全員揃ったし、早く帰りましょー!」
この陽気な声色にも聞き覚えがある。というより、その姿を見れば分かるが チロル だ。
「まさか、この【魔法】はお前のか?」
「そのとぉーり! 俺っちの得意魔法は幻覚系の【不可視の魔法】! 自分の姿を消しちゃうんだよねぇ~これが!」
「自分の【魔法】を、大きな声で解説すんなよ…」
さっきからカイトが見ているソウヘイやマーシャ、コウキの姿を消していたのは何らかの【魔法】だろうとカイトは考えていた。
まさかそれが、この
「チロルの【魔法】が在って助かったぜ、検問も余裕だし帝国内でも安全に行動できたしな!」
「カイトを助けることも出来たしね、……あと、お礼言われたし」
ソウヘイが笑顔で話に入ってくる。マーシャも口を開いていたが、最後の方は小声で聞こえなかった。
「…にしても、強過ぎないか? 魔力も消せるんだろ、それ」
「あれ、カイトっちに説明したことあったっけ?」
否定しないという事は、どうやら本当のようだな。
オウガとの戦闘時、ソウヘイは【魔法】を発動した状態で現れた。けど、カイトもオウガも魔力の流れを感じなかったのだ。
恐らく、チロルの【魔法】は姿と共にその者の魔力をも消す――【完全隠密型】。
使い方によっては、かなり強力な【魔法】である。
「俺っちはこの【魔法】を使って、いつも帝国に来てるんだよねぇ〜」
「そりゃあ誰にも見つからない 安全な買い物 が出来るわけだな」
チロルの言葉にカイトが苦笑いを浮かべる。
「俺たちはチロルの【魔法】で、だいぶ楽ができたけど……カイトたちは、何でこんなに時間が掛かってたんだ?」
ソウヘイの疑問はもっともだろう。
カイトたち第2班は、帝国風にいうとかなりのタイムロスがあったのだから。
「…あ! そう言えばコウキっちと会う前に、ユレメちゃんとティアちゃんに会ったんだった! かなり焦ってたみたいだったから、事情は聞かずに待ち合わせ場所に行って貰ったけど…もうエッダちゃんと合流してると思われる!」
「カイト、何で別行動なんてしてるんだよ?」
思い出したように言うチロルと、首を傾げながら口を開くソウヘイを見てからカイトは声を出す。
「あぁ、帰ったら全部話すよ。今は早く帰ろうぜ……
チロル、俺たち全員を【魔法】で隠せるか?」
「ちょー余裕! 俺っちにお任せあれ!」
カイトの言葉に頷き、チロルが元気よく答える。
「【俺っち、全力! 誰も視ていないんじゃなく、誰も視えていないのさ!】
チロルの詠唱が終わると、自身では変化に気付きにくいが確かに身体がなんとなく透けてるように見える。
それと回りにいるチロルたちも、ぼんやりとだが確認出来た。
これなら、仲間も見失わず行動できる筈だ。
そしてカイトたちは、目的地の集合場所である西城門前まで走って行くのだった。
(ユレメとティアも無事に戻れたようだし、これで一安心だな)
その後、戻ったカイトとコウキがユレメとティアにこれでもかというほど 怒られた のは、もう少し先のはなし。
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