第11話 帝国の治安事情
ゴミ一つ落ちてなく綺麗に舗装された道を歩きながら、カイト達は商店街や街の景観を見て回る。
目的であった野菜の買い出しを終え、次は小麦粉を買いに行くことになった。その道すがら、帝国内を見て回っているのだ。
「小麦粉だったら、良い店を知っている」
カイトの隣を歩いていたコウキが、先ほど買った野菜を入れた袋を持ちながら言う。
「別に買う店は決まってなかったし、そこに行こうか」
コウキと同じように、野菜を入れた袋を持ち運んでいたカイトが答える。
「やっぱ、建物が多いなぁ~♪」
「・・・・・・綺麗な街」
班員であるユレメとティアは、コウキとカイトの少し前を歩いていた。
この2人は買い物袋を持っていない。「荷物は男子が運んでね♪」とのユレメの言葉を受け、男子組が荷物持ちとなっているのだ。
「おーい! 小麦粉はコウキのお勧めの店に行くから、あんまり先に行くなよ」
「え、コウキ君。小麦粉売ってる店とかよく行くん?」
「主人がパン屋をやっているから、小麦粉はよく買いに来る」
ユレメの言葉を聞いて、ほとんど表情を動かさずコウキが返す。ティアもそうだが、コウキも無表情でいることが多い。そんなコウキは最近になり表情の変化が少し見えたり、喋る量が増えてきたりしていた。これは良い傾向と言えよう。
「この道を右だ」
そう言ってコウキは立ち並ぶ商店街で、ちょいちょい見られた脇道の一つへ入って行く。そこはさっきまで通っていた道より、半分以上狭いが道はしっかりしている。そんな道を歩いていると、それっぽい店が見えてくる。
「ここだ」
コウキは店の前で一度立ち止まると、店の扉を開け中へ入っていく。カイト達もそれに続く。
「あら、コウちゃん! いらっしゃい! 今日もパンの材料を買いに来たのかい?」
店のカウンターに立っていたのは、40歳前後くらいの女性。どうやらここの店員のようだ。コウキとも顔見知りなのだろう。
この店は商品棚にたくさんの瓶を置いており、その中にはパッと見では分からない様々な粉が入ってある。恐らく、粉物類を取り扱っているのは間違いない。
「今日は小麦粉を買いに来た。この紙に必要な物が書いてある、よろしく頼む」
コウキがローブの内側からメモ用紙を取り出す。事前に担任のグランから渡されていた物だ。
「はいはい、分かったわ。ちょっと待っててね。・・・それにしても、今日は友達と一緒かい?」
「あぁ、クラスメイトだ」
「そういえばコウちゃんも、 ゼルアニファ学院の高等部 に進学する頃だったね。仲良くやるんだよ」
メモ用紙に書かれている物を確認しながら、女性店員は商品を袋に詰めていく。けっこうな量が書かれていたので、袋も大きくなっている。あれは持ち運ぶのが大変そうだ。
「よし、終わったよ。けっこう買い込むのねぇ」
「代金はこれで足りるか?」
「えぇ大丈夫よ。・・・はい、少し多めだったからお釣りね。コウちゃんのお友達も、また来てね」
「「「はい」」」
小麦粉の袋をコウキが受け取り、女性店員の言葉に他の3名が返事をする。
そして、4人は店を後にした。
「あとは、アシスへのお土産か・・・」
両手に野菜入りの袋を持ったカイトが口を開く。コウキが小麦粉の袋を持ち運ぶため、カイトが野菜を運ぶようにしたのだ。
「うーん、アレとかいいんじゃない?」
辺りを見回していたユレメが、少し離れた店を指差す。
その店は手頃な価格で簡単な装飾の首飾りや指輪、髪飾りを売っている店らしい。帝国風に言う所の<アクセサリーショップ>というヤツだろう。
「良いんじゃないか、あそこで探してみるか」
カイトたち第2班は、アクセサリーショップの前まで歩いていく。するとその途中で、
「お嬢ちゃん。少し時間を貰えるかい?」
「・・・え? ウチ?」
歩いていたユレメに声を掛け、料理人のような格好をした1人の男性が近付いて来た。
「お友達へのお土産を探しているんだろう? 私は菓子職人をしていてね、良ければ私の店のお菓子なんかどうだい?」
「そうですけど・・・。ウチらはあのお店を、先に見る予定で」
ユレメがアクセサリーショップを指差すと、
「あの店は一緒に居るお友達に任せて、お嬢ちゃんは私の店を見に来るといい。その方が良いお土産が見つかると思うよ」
そう言って男性は、その表情に笑みを浮かべながらさらに言葉を続ける。
「それにお嬢ちゃんはとても可愛いから、お菓子を幾つかサービスしてあげるよ。もちろん、君たちの分もね」
男性はカイト達の方にも視線を向け、その笑顔を見せてくる。
傍から聞いていれば、とても良い話である。
「ならウチは、このおじさんの店でお土産を探して来るね♪ みんなはあの店でお土産を探しながら待っててよ」
「分かった」
「・・・分かりました」
ユレメの提案を聞き、コウキとティアはアクセサリーショップへと歩いて行く。
---しかし、カイトはその場に残っていた。
「あれ、カイト君も先に行ってていいんだよ?」
不思議そうに首を傾げるユレメに対してではなく、カイトは笑顔で立っている男性に対し言葉を放つ。
「いや・・・これからユレメが案内される店に興味があってな。まぁ、そんな店があればの話だが」
「・・・・・・っ!」
カイトの言葉に、ずっと笑顔だった男性の顔が一瞬引き攣った。
「カイト君、それってどういう事?」
未だ不思議そうに首を傾げたままのユレメが、カイトに再び疑問を口にする。しかしカイトはユレメの質問には答えず、男性に視線を向けたまま言葉を続ける。
「あんたの格好、菓子職人の仕事着か?」
「あ、あぁ! これは私の仕事着でもう何年も愛用している、それがどうかしたかい?」
自分の服装を一度見降ろしてから、男性はカイトに答える。
「今日も菓子を焼いたのか?」
「もちろん! いつもの事だがとても甘い香りがする菓子が焼けたから、外に出てお客を呼んでいたのさ」
男性の言葉を聞いてから、カイトは少し間を置いてから言葉を続けた。
「それにしては、あんたのその服からは------ 菓子の匂いがしない んだが?」
「・・・・・・っ!?」
カイトの言葉を聞いて、男性の笑顔が完全に崩れる。
「そういえば、おじさんの服からはお菓子の甘い匂いがしないような・・・」
ユレメも男性の服に顔を近づけてから、再度首を傾げ口を開く。
「騙すつもりならもっと上手くやれよ、こんな嘘で帝国の子どもは騙されるのか?」
カイトは男性--- 人攫いの現行犯に一歩近付く。
「・・・くそっ!」
すると人攫いの男は後ろを向いて走り出す。恐らく逃走を図るつもりだろう。
「あ! ちょっと待ちなさい! 誘拐犯っ!」
「とりあえず、追っかけるぞ!」
ユレメとカイトは、その男の後を追いかけるのだった。
公道から脇道に逸れてさらに奥へと入り込んだ路地裏で、1人の男が息を切らしながら歩いていた。この男は先ほど、ユレメを誘拐しようとした 人攫い である。
彼は着ていた料理人のような服を脱ぎ棄て、仲間たちが待っている倉庫へと戻るつもりであった。
男の名は---ムルク。自身でいうのもなんだが、そこそこ腕に覚えのある人攫いだ。今日も 5人目 となる獲物を狙っていた。しかし灰色ローブを纏った ゼルアニファ学院の生徒 に正体がバレてしまった為、逃走を余儀なくされたのである。
「くそ、今度は甘い香りの香水でも付けていくべきだな」
だが、ムルクも誘拐失敗の経験がない訳ではない。その失敗から学び、次は成功を狙うのだ。ムルクは逃げ足には絶対の自信を持っており、捕まらなければ何度でもチャンスがあると知っていた。
現にムルクはゼルアニファ学院の生徒を、この迷路のように細道が広がる区間で撒くことに成功している。
「・・・俺だ、ムルクだ」
一軒の倉庫の前で、ムルクは小さく呟く。この倉庫でムルくの仲間は待機しており、今日攫った4人子どもを 監禁 しているのだ。
「---失敗した。・・・どうやら今日はツイてない、今回はこの辺で切り上げよう」
ムルクが1人愚痴を溢すと、倉庫の扉が開く。
「失敗とは珍しいな………って、成功してるじゃねぇーか」
「------ え?」
扉を開けた仲間の言葉に驚き、ムルクが後ろを振り向くと・・・
「確かに、悪者の基地って場所だねぇー」
「よっ、あんまり遠くに逃げなかったな」
そこにはユレメとカイトが立っていた。ムルクが確かに撒いた筈の、ゼルアニファ学院の生徒たちだ。
「お、お前たちっ! どうして此処が!?」
「おじさんの後を付いて来たんだけど?」
「俺はユレメを追うのに、必死だったよ」
男子生徒の方は額に汗を浮かべているが、誘拐するつもりだった女子生徒の方は汗一つ掻いていない。
「まぁいい---、ここで攫ってやるよ」
ムルクは再びカイトに向き直り、にやりと笑うのだった。
(・・・さすが
カイトはユレメを見ながら息を吐く。
しかし迷いの森での鍛錬(狩り)を欠かさないカイトすら、ほとんど及ばないとは。
「ユレメ、そういやさっきの質問に答えてなかったが・・・これが答えだ」
「なるほどね。ありがと、カイト君。ティッティより分かり易い答えだよ」
カイトとユレメが、どうやら戦うつもりらしいムルクと向かい合う。
先に動いたのはムルクだ。懐に仕込んでいたナイフを、ユレメの首へ素早く近付ける。しかしユレメをそれを躱し、ガラ空きだったムルクの腹部に拳を叩き込む。帝国風にいう ボディーブロー を決めた。
「ごふっ!?」
ムルクはナイフを手放し、腹部を押さえ蹲る。
「おい! 全員呼んで表に来させろっ!」
「油断するな! ゼルアニファ学院の生徒は、戦闘訓練を受けてる筈だ!」
「だが、この数で囲めばっ!」
ムルクの後ろから、扉の中から次々と男たちが出て来る。彼らはムルクの仲間であり、その数は 7人 。
カイト達の 3倍以上 の戦力。だが、ユレメはまったく怯まない。
「【本気出しちゃうぞ! 地を駆る獣になりきって!】」
ユレメの詠唱で魔力が流れ、【魔法】が発動する。
するとユレメは舗装された道に 両手両足 を付け、4足歩行の獣のような体勢になる。
「このガキ! なめやがってっ!!」
ムルクの仲間の1人が、ユレメに殴り掛かる。その拳をユレメは余裕で躱し、強烈な回し蹴りを放つ。それを喰らった男は、倉庫の壁に叩き付けられ壁に 大穴 を開けた。
(蹴り飛ばした物が、石壁に穴を開けるって・・・どんな蹴りだよ)
ユレメの得意魔法は【猛獣憑依の魔法】、【身体強化魔法】の1種だ。自身の身体に 猛獣 のような力を宿し、一時的に攻撃力を飛躍させる。
続く男たちの拳や蹴りも、ユレメには一発も当たらない。すでに速度が違い過ぎる。
そして、ユレメが誘拐犯たちを一網打尽にするのに…そんなに時間は掛からなかった。
帝国にも警備隊という組織が存在する。彼らの仕事は帝国内の治安維持であり、日々の巡回等で帝国の安全を守っている。
最近増え始めた誘拐事件にも、力を入れて解決へと動いていた。
彼らの南支部にて、誘拐犯が逮捕されたとの知らせが届いたのはつい先ほどの事。
「君たちが、誘拐犯を捕まえたのかい?」
最近警備隊に入隊したばかりの新米警備官--- ノルディックが、2人の 少年少女 に問い掛ける。
ノルディックもゼルアニファ学院を卒業し、2年間の警備訓練を経て警備隊になったのだ。
しかし彼の前に立つ2人は、そんな今年で20歳となるノルディックよりも随分と若い。
この少年少女2人組が 8人 もの誘拐犯を捕まえたなど、普通なら誰も信じないだろう。
だが、この少年少女が身に付けている 灰色ローブ が「それは嘘ではない」と物語る。なぜならこの服装は、ノルディックの母校でもある ゼルアニファ学院 の物だ。
ゼルアニファ学院には時折、化け物みたいな実力者たちが在籍しているのだ。
ノルディックもそういった生徒たちを見て来た為、この少年少女も そんな類 なのかと考えていたのだ。
「君たちはゼルアニファ学院の生徒だろう? 学院にも報告しておくよ・・・表彰物だよ、これは」
すでに捕らえた誘拐犯の尋問は終わっており、何人かは裏世界で名の通った者たちであった。特にムルクという男は、警備隊が力を上げて追っていた程の有名な人攫いだ。
そして今日すでに誘拐されていた4人の子どもたちも、無事に保護された。今は迎えを待っている状況である。
その子ども達より泣きながらの感謝の言葉を貰っていたこの少年少女は、ただ者でないのは明白だった。
「さっきから言われるけど、ウチら別にゼルアニファ学院の生徒じゃな・・・っ」
「いやぁ~。偶然ですよ、偶然! 誘拐現場を目撃して先制攻撃できたからです! ゼルアニファ学院での戦闘訓練を受けてて良かったなぁ~・・・あ、あと! 報告は、勘弁してくれませんか?」
少女---ユレメの口を少年---カイトが咄嗟に抑えながら、返答する。
「え? どうしてだい? 学園で表彰されれば、一躍有名人だよ」
ノルディックも若い頃は夢見たモノだ。学園で他の生徒から尊敬の目で見られ、モテモテ街道まっしぐらは確定しているだろう。
「え・・・っと、それは・・・その・・・」
カイトが返す言葉に詰まっていると、
「やっぱりウチらが、マドニバルから来た魔女集会学園の生徒ってバレたら不味いん?」
小声でユレメが、カイトに尋ねてくる。
「当たり前だろ。何のために、このローブを着てると思ってるんだよっ」
カイトが早口で返すと、ユレメは納得したように頷く。そしてその表情に笑みを作ると、すっとノルディックの方に向き直る。
「実はウチら、学院のみんなに隠れて付き合ってるんですよぉ~♪ だから、2人で出掛けてたことがバレると困っちゃうんです」
「・・・・・・は?」
カイトがユレメの発言に素っ頓狂な声を上げていると、ユレメがカイトに腕組みしてくる。しかしここで取り乱すカイトではない。ユレメの発言の意図を見抜き、即座に乗っかる。
「そ、そうなんですよ! だ、だから学園にも報告しないで頂けると嬉しいです」
「なるほど、そういうことなら黙っておくね。・・・・・・羨ましいなぁ~」
美少女と隠れて付き合う展開など、男なら誰しも憧れる。ノルディックが思わず声に漏らすと、
「なに腑抜けたこと言ってんだ、新入り! お前はさっさと業務に戻れ!」
ノルディックの後ろから1人の男性が歩いて来た。
顔は50歳前後のように見えるが、その精悍な出立ちや鍛え上げられた外見から凄味が伝わってくる。
「---お、オウガ隊長っ!? ・・・は、はいっ! ノルディック警備官、すぐに業務へ戻ります!」
それだけ告げてノルディックは急いで立ち去った。
そしてオウガと呼ばれた男は、カイトとユレメの前に立っておもむろに両手を上げる。
(・・・・・・バレたか!?)
カイトは思わず身構えるが、そんなことを気にせずオウガは、カイトとユレメの頭を撫でた。
もちろん、ローブのフード越しからから。
カイト達は常にローブのフードは外していなかった。---とある事情から
「はっはっはっ! お前等こんな若造のくせに、良くやったな! これからも精進しろよ!」
オウガは豪快に笑いながらそれだけ告げると、カイトとユレメの前から立ち去っていく。
「・・・何だったんだよ・・・いったい?」
バレた訳ではないと知ったカイトは、とりあえず一安心して息を吐くのだった。
しかし、カイトは気付いていなかった。
オウガの表情がほんの一瞬だけ、何かに気付いたような表情を浮かべていた事に。
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