大阪にしてお好み焼き!(大学下見)
理屈が
大阪へ行くための。
「だから〜、関西方面も受験するから〜」
キャンパスの下見などと高3の夏という土壇場になって長閑にも言い出すためには、難関校を餌に出すしかなかった。
「○○大、もしくは、△△大の文学部受けるから」
両校とも母親が絶句するような最難関校を告げてみた。
ただ、それが母親の虚栄心をくすぐる効果は間違いなくあった。もうひと押し、祖母が助け舟を出してくれた。
「わたしが下見の費用出したげるよ」
「お
「
「うんうん!」
「嶺紗! ・・・でも、ねえ」
「アンタも鼻が高かろう?」
祖母も嫁の操縦が上手い。
費用おばあちゃん持ちというのも母親にとっては大きな魅力だ。
結果、わたしは大阪行きの新幹線に乗っている。
「恵当。よく出してもらえたね」
「必死だったよ。父さんも母さんも執拗に『何しに行くんだ』って訊いて来て」
「当たり前だよ。なんて答えたの?」
「大阪城を観たいんだ、って」
「あ、そうなの?」
「あと、『一人で行くのか』っていうのもしつこく訊かれた」
「それで?」
「ピアノの先生と一緒に、って答えた」
「マズいじゃない」
「ううん。両親は、
「おばあちゃんと!?」
「うん」
「恵当のご両親って、ちょっとおかしいんじゃないの?」
「さあ。とにかく僕は嘘は言ってない。秀吉のおおらかな心に触れたくて大阪城を見たい、っていうのと、ピアノの先生をアテンドするっていうのは嘘じゃないから」
まあ、わたしをアテンドする側だっていうのはちょっと、ムッ、とはするけれどもしっかり者の彼だから遠からず、って感じかな。
「嶺紗。その大学生の女の人とは?」
「初対面。一応大阪駅に迎えに来てくれるって」
『わたしはプロにはなれない』
という彼女のDM。
わたしの心に刺さった。
鋭利なナイフというよりは、表面をなぞると初めて痛みがわかるトゲのような。
多分彼女に会わないとそれは抜けない。
だから、受験に集中するためにも、会わなきゃならない。
「えーと。嶺紗ちゃん?」
「あ。
ぺこり、と互いにお辞儀した。
美人だ。間違いなく。
背も、高い。わたしとほとんど変わらない。
「先生はお元気?」
「はい。祖母は元気です。沙里さんに逢いに行くって言ったらおこずかいいっぱいくれました」
「ふふ。先生らしい。えーと。その子が?」
「恵当です。初めまして」
「こんにちは。彼氏さんなのね? 素敵」
「ありがとうございます」
ほっ。
恵当は沙里さんの美貌の虜とはなってないようだ。
まあ、さすがわたしの彼氏といったところかな。
「嶺紗ちゃん、恵当くん。お腹すいてない?」
「実はぺこぺこです」
「じゃあ、あそこ入ろっか」
沙里さんが入ったのはわたしの街では珍しい、食堂、という感じのお店だった。メニューを見る前におススメされた。
「『定食』でいいかな?」
「? 日替わり定食ってことですか?」
「ううん。お好み焼き定食」
わたしのシンプルな問いにあっさりと異次元の答えをしてくれた沙里さんに従い、『お好み焼き定食』を3人で頼んだ。でてきたものは確かにそうとしか呼べないメニューだった。
恵当が物珍しさにコメントする。
「お好み焼き。ごはん。味噌汁。ほうれん草の白和え。ほんとに定食なんですね」
「そうだよ。わたしも春に来たばっかりの時は度肝を抜かれちゃった」
「どのお店でもこんなメニューを?」
「うん。お好み焼きをおかずにご飯を食べるのはごく普通」
けれども確かに出汁のよく効いた、ソースとイカを細く切ったやつと、鰹節と青のりをたっぷりかけたそれは、白米との相性が素晴らしかった。
味噌汁も。
「あー。でもお腹がパンパンです」
「嶺紗ちゃん、少食なのね」
「というか、沙里さんはこんなのぺろっと食べるのにすごいシャープなフォルムですね。ダイエットとかしてるんですか?」
「ふう。創作で悩んでるからね」
いきなり核心を吐露してきた。
でも、彼女はやっぱりわたしたちより年上だ。
「それよりもまずはアリバイ作りね。とりあえず○○大学見に行こうか」
「はい。お願いします」
沙里さんに先導されて阪急電車で移動。駅から少し歩いたそのキャンパスに驚かされた。
「広〜い!」
「ここを歩くんですか!」
大学の敷地は向こうが霞んで見えないのではないかと錯覚するぐらいに広かった。車やバイクまでは無理にしてもせめて自転車が欲しいところだ。
でも、沙里さんの声のトーンは冷静だった。
「歩くのが、創作には一番いいのよ」
納得。
わたしにしたって歩いた方がネタを探せる。
それは歩くことによって見る風景や感じる風の描写を『背景』として描くのではなく、そういう感覚そのものでキャラの心情を吐露したり、イベントそのものも作り出すことができる。
3人して、歩いた。
「これで十分です」
敷地のさわりの部分を歩いただけでアリバイはできたのだから次の場所に移ることにした。
大阪城だ。
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