知能ある鎧

その日の夜、夕食や入浴が完了し寝るまでの団らん中、優太はアリスから知能ある鎧について簡単な説明を受けた。


「そなたの御守インテリジェント・メイルりを見せておくれ」


「ほら」


優太はアリスの言葉に従って、ポケットから『安産の御守り』を取り出し机の上に置いく。


「中身を見ても良いかの?」


「元に戻せるなら良いが、そもそも御守り袋を開けられるのか?」


「待機状態の時は、一般のそれと造りが同じはずじゃし、たぶん大丈夫じゃ。それに万が一壊れたとしても、本体が無事であれば自己修復するはずじゃ」


アリスは優太の御守りを大切そうに持ち上げ、丁寧に紐解く。

彼女の予想通り、一般的な御守りと同じく、紐はほどけ、中身を確認する事が出来た。

優太も隣から御守りの中を覗き込む。


「これは・・・」


「これがインテリジェント・メイルの核となる『魔宝石』じゃ」


御守り袋の中に入っていたのは白い宝石であった。

その純白に彩られた美しい六角形に、優太は思わず息を飲む。


「知能ある鎧は、核となる『魔宝石』と、鎧の要となる『魔金属』等に、『AI』といった最先端の科学技術を織り込んだ魔法と科学の複合鎧なのじゃ。ちなみに核の魔宝石は『アロンダイナ』という魔鉱石を加工したものでな、元は透明色で所有者の魔力によって色や特性が変化する事から、別名『審判の石』だとか『可能性のくら』などと呼ばれておる。そして、この魔宝石にはもう1つの特性があって、実はそちらの方が鎧の核となる所以での。なんと半永久的に魔力を貯蔵、増幅できるのじゃ」


知能ある鎧が好きなのか、アリスは目を輝かせて説明を行う。

優太も鎧の知識を得る為に集中して聞き、時に分からない事があれば質問をした。


「つまり、この魔宝石も元は透明で、今白いのは俺の魔力で色が変わったって事なのか?でも、俺は生まれてから一度も魔法を使った覚えなんてないし、そもそも魔力を持ってるかどうかさえ知らないぞ?」


「そうじゃ。魔力は例外を除いて多かれ少なかれ全ての生物の体内に宿っておる。そう、そなたにもな。魔力は血液を通して全身を巡っておる。じゃから、魔宝石を反応させるには基本的に血液と接触させるのじゃ。そなたの場合は偶然じゃが・・・覚えはあるじゃろ?」


優太は昨日の光景を思い出し、思い当たる節があったので頷く。

血濡れた手で御守りの入った胸ポケットを握り締めた時の事だ。


「一度反応した魔宝石はその所有者にしか扱えぬ。そして、魔宝石それを核とした鎧をそなたは身に纏っておった。じゃから、魔宝石を白くしたのは、紛れもなくそなたの魔力で、かつ、その事は、そなたも魔力を宿しておるという証明でもあるのじゃ」


アリスは魔法の世界に踏み込みつつある優太を歓迎するかのように両手を広げて、笑顔で答えた。

一方の優太は、己が魔力を保持している事についてまだ実感が湧かない様子だが、白騎士の姿に少し近付いた事に喜びを感じていた。


「自覚はないけど、そうなのか・・・じゃあ、俺も魔法が使えたりするのか?」


「もちろん。まあ自覚はないじゃろうが、知能ある鎧には身体強化の魔法が施されているゆえ、既に行使しておるがの。魔法は知識と魔具がなければ使えぬ。じゃが、裏を反せばその2つがあれば、誰でも魔法が使えるという事じゃ。そなたは知能あるインテリジェント・メイルという一級品の魔具を持っておる。これには魔法行使の補助機能も備わっておるから、命令すれば知識がなくともある程度の魔法を行使する事ができるのじゃ」


「・・・やっぱり一級品なのか?」


鎧の説明を受けているうちに、この御守インテリジェント・メイルりが貴重品だという事に薄々気付いた優太は、恐る恐るアリスに訊ねた。


「そりゃそうじゃ!核の魔宝石はもちろん、魔金属や金属も希少な類を使用しておるし、科学技術に関してもセラフィリアス王国の誇りをかけて最先端技術が使われておる。そなたは白騎士から譲り受けたから知らぬと思うが、本来は王政府で管理され、王侯貴族でさえも然るべき手続きと依頼を行い、承認されてからしか作製・譲渡されないといった代物なのじゃぞ?」


「そ、そうだったのか・・・」


予想以上の代物だった事で、優太は顔が若干引きつる。

それと同時にある心配事が頭をよぎった。


「・・・俺はこれを正規の手続きで手に入れた訳じゃないから、もしかして王政府に返さないといけないのか?」


白騎士からもらった大切なおまもり

苦しい時や挫けそうになった時に眺める事で、いつでも勇気をもらっていた御守こころのささえりを返さないといけないと考えると、まるで身体の一部が喪失するかのように感じた。

情けない顔になっていたのか、アリスは苦笑しながら優しく声を掛ける。


「優太よ、そのような顔をするでない。確かにそなたが鎧を手にしたのは正規の手段ではなかったかもしれぬが、白騎士様が所持されていたものを譲り受けたに過ぎぬ。彼が所持されていたという事なら、きちんとした手続きをされたものであろう。それをそなたに譲り渡したのは白騎士様の御意志であるから、王政府に返却する必要もない」


それに返却したところで既に所有者登録されておるから、そなた以外の者には使えんしな。

優太の不安を取り除こうと、アリスは冗談を言うように一言添える。

その気遣いを感じた優太も若干気が楽になった。


「それにしても、夢といい御守インテリジェント・メイルりといい、白騎士は優太を贔屓しておられるようじゃ」


続いてアリスは少しだけ頬を膨らませて、拗ねたように言う。


「いやいや、そんな事ないだろ。そもそも夢は関係ないし・・・それに御守りならアリスも貰ったって言ってたよな?」


いわれのない非難を浴びた優太は、呆れたように弁明した。


「確かにわらわも御守りを譲り受けたが、わらわのは普通のじゃったぞ。幼い頃に興味本位で一度中を覗いたが、入っていたのは魔宝石でなく、折り畳まれた紙であった」


「その紙を取り出して広げなかったのか?」


「そこまではできんかった。何か大切な紙だと思っての。まあ、厚みからして魔宝石が包まれている様子でもなかったし、本当に普通の御守りだったのじゃろうな」


「白騎士は初めからアリスがお姫様と知っていたんだろ?だったらのちインテリジェント・メイルを手にする事も分かってたし、あえて普通の御守りを渡したんじゃないか?」


「そんな事は分かっておる。白騎士様は聡明な御方じゃ」


「じゃあ何で拗ねてるんだ?」


「それは・・・そなたばかり白騎士に近付いていってる気がして・・・」


「おいてけぼりになってると感じて寂しくなったのか?」


「そ、そうじゃ!悪いか!」


アリスは図星を指され、真っ赤になって逆ギレする。

そんな彼女の姿がかつての妹と重なり、無意識のうちに優太は彼女の頭を撫でた。


「にゃっ!?にゃにをするのじゃ!?」


「あっ、すまん。つい」


彼の突然の行動に驚いたアリスが声をあげ、優太も我に返り謝った。

だが、手はまだ撫で続けている。

その行為と手の優しい温かさですっかり毒気を抜かれたアリスは、為されるがままに撫でられた。


「そなたのせいで拗ねるのが馬鹿らしくなったわい」


「それは失礼致しました。お姫様。まあ、御守りも夢も俺じゃどうしようもない事だし、機嫌を治してくれると助かる」


「うっ。そ、そのわらわも悪かったのじゃ」


「それじゃ、これで仲直りだな」


「うむ」


お互いが笑顔になり、優太はアリスの頭から手を離した。


「あっ・・・」


その手を名残惜しそうに見た彼女の口からつい声が漏れる。


「何だ?」


「な、何でもないのじゃ!」


頭を撫でられるのが心地良かったと知られるのも恥ずかしいので、アリスは何事もなかったように取り繕った。

幸いにもそれ以上優太は追及してこなかったので、彼女はほっと胸を撫で下ろす。


「そういえば先日も聞いたと思うが、そなたの鎧姿はやはり白騎士様をイメージしたのかの?」


話題を変え、アリスは気になった事を聞く。

白騎士と瓜二つの彼の鎧姿がどうしても頭から離れないのだ。

違うと分かっていても、昨日の光景を思い出すとつい胸が高鳴ってしまう。

だが、同時に不安も過る。


「ああ。俺には不相応だが、あの時はとにかく急いでて、直近の夢で見た白騎士の鎧が記憶に鮮明に残ってたから、参考にさせてもらったんだが・・・何か都合が悪かったか?」


「いや、問題はないが・・・そなたはそれで良かったのか?鎧の形状は一度登録完了すれば、もう二度と形状を変更する事はできぬ。白騎士様の鎧は有名過ぎるゆえ、本人の伝説と常に比べられ、実力が足りねば誹謗中傷されるかもしれぬぞ?」


アリスは心配気に優太を見つめる。

彼女の心の内を察した優太は力強く、そして、優しく答えた。


「心配してくれてるんだな、ありがとう。だが臨むところだ。今の自分じゃあの人と全然比べものにならない事は俺自身がよく知っているし、何を言われようが構わないよ。それに、たぶん急がずにたくさん悩んだ末であっても、結局は彼の鎧を真似ていたと思う。確かに白騎士は憧れの面もあるけど、それ以上に俺の目標だから、鎧を似せたのは、いつかあの人のような騎士になってやるという決意の証でもあるんだ。だから、これからも心配をかけるかもしれないが、アリスも自分の騎士を信じてくれ」


「っ!・・・その返しはズルいのじゃ。わらわの騎士の言葉なら信じるしかなかろう」


「すまん」


「謝るでないっ。別に悪い事を訳じゃあるまいし!・・・はあ、心配して損したのじゃ」


アリスは優太から顔を背け、やれやれと嘆息した。


(ふふっ。アリス様はこうは言っていますが、完全な照れ隠しです)


だが、それまで傍で寛いでいたリリが、悪戯めいた声音でアリスの心情を暴露する。


「なっ!?リリっ!」


アリスが慌てふためきリリに抗議しようと顔を向けた時、優太も彼女の顔が真っ赤になっているのを目撃した。


(ユータ様の心配をなされていたのは事実ですが、その御心配が吹き飛ぶ程の力強い御返答に頼もしさを感じられたのです。ですが、今までの境遇から嬉しさを素直に表現する事を苦手としており、あのような態度をとられたのです。まあ、それもユータ様と出会った事で少しずつ改善されていますが。また、見た目が白騎士様に似ておられるので、その姿を重ねて見られたのでしょう)


アリスの抗議なんて何のその。

リリは彼女の気持ちを代弁した。

それは、ただ悪戯だけが目的なのではなく、素直になる事が苦手なアリスのフォローも兼ねていた。


「か、勘違いするでないぞ、優太。今のはリリの憶測に過ぎないのじゃからなっ。それに、白騎士様とそなたとでは天と地以上の差があるのじゃから、あまり調子に乗るでないぞ!」


その事に気付いていたアリスは怒るに怒れず、しかし、そのまま認めてしまうのも恥ずかしいので優太に空威張りした。


「ああ、俺とあの人の差が絶望的にあるのは知ってる。だが、それは諦める理由にも、心が折れる理由にもならない。たとえ目標までの距離が絶望的に遠くても、歩みを止めずに一歩ずつ着実に進んでいくさ。アリスにふさわしい騎士になる為にもな」


優太もアリスの心情を理解していたので、彼女の言葉に反発せず、自身の素直な気持ちを彼女に伝える。


「そ、そなたはまたそういう事をっ!・・・ま、まあ今日はこのくらいにしておいてやるのじゃっ。魔法についての詳しい話はまた明日、部活でするぞ。明日は朝の鍛練もするゆえ、わらわ達は先に寝させてもらう。それじゃ、失礼するのじゃ。リリ行くぞ」


(はい、それではユータ様。お休みなさいませ)


「ああ。アリス、リリ。おやすみ」


アリスは赤いままの顔を見られないようにと、優太の挨拶に手だけを挙げて反応し、そそくさとリビングを後にした。

リリも優太に挨拶をした後、彼女を追い掛ける。

1人になった優太も早めの団らんの片付けを行い、早めに就寝しようとした。


「あ、そういえば」


優太はふとあることを思い出す。


「いや、何でもない、な」


しかし、結局自分の勘違いだと判断し、再び記憶の隅へおいやった。

瓜二つといえば、昨日目撃した化物オークが振るった灰色の武器が、シュードイラの聖約武器と酷似していた気がするのだ。


だが、それはありえない事である。

聖約武器はオンリーワンの武器であり、同じ形のものが2つあるはずがない。

ましてやオークが使用していれば尚更である。


だから、あれはきっと偶然に違いない。

優太はそう結論付けて布団に入る。

すると、まだ疲れが溜まっているからか、すぐに睡魔に襲われ、そのまま微睡みの世界へと誘われていった。

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