迷いを置き去りにして
『
やがて光が納まると、そこには鎧を装着した2人の姿があった。
しかし、その姿はそれぞれ異なっていた。
アリスは銀色に輝く鎧で、所々に赤色の装飾が施され、腰部分がスカート状になっている。
また、
一方のシュードイラは脚から頭まで鎧に覆われており、アリスとは正反対の重装備であった。
鎧の色は珍しく
「あはははっ!何だそりゃ!もどきらしい半端装備じゃねえか!母親が平民出だから貧乏で装備も満足に揃えられねえのか!」
アリスの鎧姿を見たシュードイラは兜を揺らて嘲笑する。
「どうしたシュードイラ殿。無駄口が多いぞ?半端かどうかは戦えば分かるであろう?それとも、もしや怖気づいておるのか?」
だが、アリスはシュードイラの暴言を気にも留めず、逆に、右手を前に突き出しながら、軽く笑って挑発した。
「・・・あ?怖気づくだと?お前ごときに?・・・命だけは残してやろうと思ったが・・・殺すぞ?」
「言葉だけは一丁前の典型的な三下じゃな」
「っ!絶対に殺す!」
見下していた相手から嘲笑を返されたシュードイラは激昂し、右手を横に突き出し叫ぶ。
「レムント!
シュードイラの要求に応えた黄昏の鎧は、彼の右手の先に魔方陣を浮かび上がらせる。
そして、浮かび上がった陣から出現したものは巨大な黒鉄色の
柄の長さはシュードイラの胸元程まであり、先の左右に付いている刃はそれぞれが彼の兜を隠せるくらい大きい。
柄から刃まで同色で無骨に染め上げられたその戦斧は尋常でない重量のはずだが、シュードイラは柄を片手で掴み持ち上げ、そのまま右肩に担ぐ。
その一連の動作は滑らかで、重さによる鈍りは感じられなかった。
ー
それは聖獣と使い魔契約を結んだ者にのみ与えられる名誉ある武器である。
契約によって生み出されるその武器は、この世に1つとして同じものはなく、また、全ての武器においてそれぞれ特別な能力が備わっているとされる。
もちろん、聖獣である
「レーゼ、わらわにも聖約武器をおくれ」
シュードイラの
銀の鎧も彼女の希望に応えるべく、手の先に魔法陣を浮かび上がらせる。
そして、魔法陣から出現したのは今朝優太に見せた
否。
辛うじて薄い青白の刃が見える。
そんな限りなく透明に近い刀身でありながら、柄は鮮やかな青で、所々に白銀の装飾が施されており、見惚れる程に美しかった。
彼女はその剣を大切そうに両手で持ち、そのまま中段に構える。
両者はほぼ同時に武器を構えて戦闘姿勢に移り、そして、間を置かずして戦いが始まった。
先に仕掛けたのはシュードイラの方だった。
アスファルトが抉れる程の踏み込みで突進し、一瞬でアリスとの間合いを詰めると、勢いのまま戦斧を彼女の頭部に叩きつける。
しかし、アリスの反応速度も尋常でなく、頭を叩き割らんと迫る戦斧を俊敏かつ軽やかに右に避け、振り下ろされた後の僅かな隙を狙って斬り返した。
だが、避けられる事を見越しての攻撃だったのか、シュードイラは勢いを止める事なく、そのまま戦斧を地面に叩きつけた。
その威力は凄まじく、衝撃で粉砕されたアスファルトの破片が散弾のように周囲に弾け飛ぶ。
その為、アリスは回避行動をとらざるを得ず、反撃のタイミングを逃してしまった。
息つく間もなく、シュードイラは回転し横薙ぎに払う。
今度は跳躍でかわしたアリスは、落下の勢いと共に剣を頭頂部に振り下ろす。
しかし、その攻撃は横に逸れた為、シュードイラは余裕を持って反対側に回避し、着地したアリスに横薙ぎを放った。
彼女は着地後すぐに剣を振り上げ、迫る戦斧を迎撃する。
ー ガギィイイイン! ー
剣と斧が衝突し、耳障りな音を響かせた。
衝突時の衝撃が周囲に伝播して、アスファルトに亀裂が走る。
体格的に不利なアリスであったが、弾き飛ばされる事なく地面を抉りながら数歩後退し、大斧の刃を押し止める。
その後、一度間合いを取った両者は再び武器を交え、熾烈な斬り合いを繰り広げる。
「アリス!」
「あーあー、シューさん本気じゃん。俺にあの女くれる約束忘れてるだろうなあ。ほんじゃあ、まあ、君に個人的な感情はないけど、俺達もそろそろやりますか」
一方、巻き添えを避ける為に遠くから2人の戦闘を心配気に見ていた優太は、同じく戦闘を傍観していたリュウヤと呼ばれた男の言葉により、再び彼の方へ意識を傾けた。
「俺はあるけどな。人の家を荒らした上にアリスをもの扱いして」
「俺はシューさんに付き添ってただけだし、少しくらい良いじゃんか。あ、それと、あの子アリスって言うんだ。君の彼女?」
「違う。友達だ」
「じゃあ、別に俺のものにしても問題ないね」
リュウヤは悪びれた様子もなく、へらへらしながら優太の心を逆撫でするように言う。
そして、彼はズボンの後ろポケットをあさり、中から折り畳み式の果物ナイフを取り出した。
「君に勝ったらシューさんの騎士にしてもらえるし・・・手っ取り早く済まそうか」
リュウヤは優太に見せびらかすようにナイフの刃を広げて右手で握ると、その手を前に突き出し突進する。
「っ!」
突然の事だったが、優太は足を動かし横に転がる事で辛うじて避ける事ができた。
足が竦まずに動けたのは日頃の鍛練の成果か、今朝の夢の影響か。
(今朝の夢?・・・あ!)
転がり起きた後、リュウヤとの距離を取った優太は今朝の夢を思い出し、今の状況と似通っている事に気付いた。
(でも、全然違う。白騎士が強かったのはもちろんだが、奴らももっと強くて、構え方も様になっていた。)
リュウヤが再び突進し、ナイフを大降りで振り回すが、優太も少し慣れたのか今度は危なげなく避け、再度距離を取った。
「はぁ。避けないで大人しく刺されろよな」
ナイフが当たらない事に苛立ち、毒づくリュウヤを尻目に優太は不利な状況を打開する為、夢の記憶を必死で辿る。
(やっぱり奴らより比べるまでもなく遅い。けど、ナイフは厄介だ。白騎士は奴ら相手にどう立ち回った?確か・・・)
そこで思い出したのは、白騎士が突進してくる敵の斜め前へ一歩進んで回避すると同時に、敵が持っていたナイフを
(さすがに白騎士みたいに上手くいかないから、最悪腕が1本使えなくなるかもな)
優太は冷静に白騎士と自身の実力の差を比べ分析する。
その代償は決して軽くない。
しかし、他に打開の手立てがない。
優太は覚悟を決める為の時間を稼ぐ為にリュウヤに話し掛けた。
「なあ、アンタは何でアイツの騎士になりたいんだ?」
リュウヤは苛立った顔で答える。
「そんなの面白いからに決まってるじゃん」
「面白い?」
「だって何しても許されるんだぜ?それに、何でも思い通りになるし」
「主人・・・アイツの力になりたいとか、セラフィリアスの人々の為にとかじゃないのか?」
「はあ?シューさんがいないと困るから仕方なく力は貸すけど、セラフィリアスの方は知ったこっちゃないし、そんなつまらないものの為になる訳ねえじゃん」
リュウヤは馬鹿にしたように鼻で笑い飛ばす。
「何々、もしかして君はそんなものの為に騎士になりたいの?超だっせー!なあ、騎士になったら何でもできるんだぜ?あれも駄目これも駄目なクソつまんない日常から解放されるっていうのに、わざわざそんなつまんない理由で騎士になるとか頭ヤバいっしょ?」
「つまり、あんたは私利私欲の為だけに騎士になろうとしてるんだな?」
「そりゃそうでしょ。それだけの
「・・・もう分かった。決着を着けようか」
リュウヤの身勝手な理由を聞いて、優太の覚悟は決まった。
こんな奴に片手を取られるのは癪だが、コイツを騎士にしてはいけない。
そして、何より負けるのはもっと嫌だ。
「俺も飽きてきたし賛成。じゃあ、次こそ避けずに刺されてくれよ?」
待ってましたとばかりに、リュウヤはナイフを右の腰だめに構え、突進を開始する。
対する優太は左半身を前にした、夢の中の白騎士と同じ、そして、今朝道場で真似した構えで迎撃に臨んだ。
極限に集中している為か、あるいは火事場の馬鹿力か、優太にはリュウヤの動きがスローモーションに見えた。
優太に肉薄する寸前でリュウヤは右腕を伸ばし、今度こそ仕留めようとナイフを前面に突き出す。
優太は白騎士の動きを模倣し、相手の攻撃タイミングをずらす為に右斜め前へ一歩前進する。
たった一歩だとしても自分からナイフに近付く事に恐怖を感じたが、白騎士の動きを信じ勇気を振り絞る。
(痛っ!)
左腕に鋭い痛みが走ったが、行動を止める程ではない。
完璧には避けられなかったものの、リュウヤの攻撃は左腕を少し切っただけにとどまり、最小限の被害でナイフを避ける事に成功した。
必殺の一突きを避けられるとは思わなかったのか、動揺でリュウヤの動きが固まり明確な隙ができる。
(ここだ!)
優太は空白の時間を見逃さず、大きく引き絞った渾身の右ストレートでリュウヤの左顎を穿つ。
ー バキィッ! ー
「グァッ!」
無防備な顎を攻撃されたリュウヤは、強烈な痛みに耐える事ができず、意識を手放してその場に倒れこんだ。
一撃を入れた後、間合いを取ってしばらく残心していた優太だったが、リュウヤがいつまでも起き上がらないので、油断なく近付き、気絶している事を確認して勝利を確信する。
長いようで短かった戦闘が終わり、リュウヤを無力化する為にズボンのベルトで手を拘束しようとベルトに手を伸ばすと、左腕の鋭い痛みの他に拳に鈍い痛みを覚え顔をしかめる。
殴った拳がズキズキと痛い。
初めて人を全力で殴った優太は、その代償である痛みを心に刻みつけ、無力化したリュウヤを安全圏に移動させつつ、熾烈を極めたアリス達の戦いに再び集中した。
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