5月15日(土) 広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでナンニ・モレッティ監督の「夫婦の危機」を観る。

広島市中区基町にある広島市映像文化ライブラリーでナンニ・モレッティ監督の「夫婦の危機」を観る。


2006年 イタリア 112分 カラー Blu-ray 日本語字幕


監督:ナンニ・モレッティ

脚本:ナンニ・モレッティ、フランチェスコ・ピッコロ、フェデリカ・ポントレモーリ

撮影:アルナルド・カティナーリ

美術:ジャンカルロ・バージリ

衣装:リーナ・ネルリ・タビアーニ

編集:エズメラルダ・カラブリア

音楽:フランコ・ピエルサンティ

出演:シルビオ・オルランド、マルゲリータ・ブイ、ジャスミン・トリンカ、エリオ・デ・カピターニ、ミシェル・プラシド、ナンニ・モレッティ、ジュリアーノ・モンタルド


邦題の「夫婦の危機」よりも原題の「Il caimano」のほうがこの作品への観点として好みだった。借金を抱えた映画会社の復活を期してベルルスコーニ元首相をモデルにしたカイマーノという登場人物の映画を作る過程が描かれるこの作品は、夫婦の関係も同時に取り扱われているが、根底にあるのは映画を含めた人生と世界への大らかな愛だろう。


起死回生の映画を作るというのに、脚本を全部読まずに監督志望の若い女性を起用するあたりからおかしく、それもホラーやアクションなどではなく、スキャンダルが取沙汰された誰もが知っているシルヴィオ・ベルルスコーニという巨魁な人物をモチーフにした政治映画というあたりからふざけている。しかも若くて綺麗な新人女性監督は芯のある真面目な性格とあり、業界を知った映画人の中で凛として意見を述べる姿は、温度差があるからこそ面白く際立っている。


邦題の通り資金繰りやキャスティングの困難や苦労と同時に別居する夫婦と二人の息子の関係も描かれるが、深刻な色はあまりない。息子に別居を告げる際の夫婦の緊張感は弱々しく、そこには近代らしい希薄でよそよそしい家族関係はなく、冗談でごまかしたりする陽気で眩しい姿が描かれている。その中には原題が適していると思うように、自分のほとんど知らない名作映画や小話が登場して、映画プロデューサーの父親の持つ、息子や妻と同じ温度にある映画への愛情が豊かなユーモアでもって展開される。


この映画には人間への全面的な肯定があり、ベルルスコーニ氏が答弁する実際の映像の転写にはドキュメンタリーこそ本物の喜劇だと証明するように演劇じみた姿が流れていて、物語の中では誰もがありきたりな題材だとするスキャンダラスな首相について、徹底した皮肉と関心を持って自由に述べている。そこには大衆性が持つ流行としての非難や批判だけでなく、我がままで自分勝手なイタリアという国民性が象徴されており、わが村の自慢の代表としての誇りも多少混じっているところが興味深く、煮ても焼いても食えない魁偉な人物は、非常に魅力的な存在として親しまれている。


そんな人物を再起の映画のモチーフにして働く最中には、適当な嘘をついて役を自分勝手に降りるだけでなく会社から離れた人物の映画に俳優として登場するなどの業界ならではの困苦があり、別居した妻が若い男と食事をしている場面を見ながら出資が断られたりするなど、頭を抱えて心身まいってしまうシーンがうまい運びで描かれる。そうなると日常を突如として壊す不可解な人間性が表れ、オーケストラと声楽の公演中に平然と現れて叫び声をあげる場面が登場する。しかしそれは不自然ではなく、異常な行動こそ自然であると納得させられる。


厳しく、儘ならない時がいくつも描かれているが、この映画は統一した画面の色同様に、人間世界で彩られる不条理や不都合に対して全面的な信頼でもってユーモアに転化されている。理解できないことに対して激昂してまくしたてても、その子供じみた怒りはまわりの者をおおいに笑わせる悪意のないものとして捉えられ、息子の参加するフットボールの試合の観戦中にお節介なほど監督に助言する姿は、愛情と熱意が奔騰する太陽そのままのイタリア人の気質が良く表れている。


映画作りの過程と、その映画の物語が二重の演出で編集されたこの作品は、気の利いた脚本の中に日本人が三人混じってようやくイタリア人が一人どうにかできあがる豊かな役者とスピーディーな会話で構成されていて、夫婦の危機ならばテーマの一部を汲み上げる事にしかならず、ベルルスコーニの分身であるカイマーノという映画の主役が名前になるからこそ、この作品の分厚い愛情を一言で説明できるだろう。

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