3月28日(日) 広島市中区本川町にある「空鞘公園」のベンチに座る。
広島市中区本川町にある「空鞘公園」のベンチに座る。
予定が埋まっていた3月なので、もはやベンチに座る機会はないと思っていた。ところが季節はそんな自分をたやすく動かす。
毎年春を迎えると初めてこの季節に出会うような気がする。これは去年も、その前の年も思ったことで、桜を前に湿度と温度を感じると、純粋な体の欲求と共に、中学の入学式で観た校庭の並木や、高校に向かう坂で見かけたこれから三年間を一緒にする他の中学から来た初々しい女子高生のブレザーが思い出される。新鮮ながら過去もある。これが年を経た者の季節の邂逅と感慨だろう。
実際幸せな瞬間だと思う。酒をつい飲みたくなる時期に雨は強く降り、花見が流された日の夜に一人空鞘公園のベンチに座る。
喉が乾いたから水を汲みにいけば、蛇口は二手に分かれていた。おそらく園児を足下にお母さん方が相談したのだろう、幼稚園の前で。
枝垂れ桜にソメイヨシノ、空鞘公園はラジオカーでも中継されるほど桜が立派にある。雨露の残る夜は人っ子一人おらず、濡れたベンチに尻を染み込ませ、乾いたテーブルの隙間に相棒のポメラを置く。
大切なのは自己満足だろう。「串かつ 寅卯」さんの酒が余韻を作り、季節に合わないシベリウスの音楽が自然を相手に同調するのみで、耐えかねないほどではない肌寒さがこころよく体を包み込み、頭上は満開の桜に一人埋められている。
正直花見客を外から見るのは嫌いで、誰一人いない中で桜とありたい。憎たらしい樹木のくせに、瞬間を奪う美しさは世俗的ながらあまりにも度が過ぎている。
向こうには若い緑の鎖を垂らす柳の姿がある。いつまでも酔っていたい。秋とは異なる肌合いの時候に、空気はあまりにもおいしく香って転びそうになる。
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