12月20日(日) 広島市中区西十日市町にあるホームラン食堂で「常富芳香 peke peke 2020」を観る。

広島市中区西十日市町にあるホームラン食堂で「常富芳香 peke peke 2020」を観る。


休日の朝は早くも遅くもあり、たいてい10時半からの映画を観に行くことになるので、朝一番の「ホームラン食堂」さんに間に合わなかった。


昼では、もはや入れないとあきらめていたので、せめて展示だけでも観られたらと思いながらも淡い期待と一縷の望みを抱いていたが、美味しい食事には届かなかった。


それでも常富芳香さんの展示作品は観ても良いとのことなので、店内の暖かい雰囲気にマッチングした色とりどりの糸の編みを観た。


若い頃は刺繍に関心を寄せることがなく、今でも編み方の一つもわからないが、美術館に飾られているタペストリーをつまらないと思わなくなり、絨毯の模様や肌合いにも叙情を覚えることはある。常富さんの作品にすぐ目は慣れなくても、飾られている作品を一通り観ると、色々と浮かぶものがある。黒い布地に刺繍された作品は率直にラオスやベトナムの山岳地帯で見かけた民族の衣装を思い出し、海を隔てたメキシコやグアテマラで生きるインディヘナの模様も感じさせる。太い糸で編まれたピンクや赤、緑に青などの強い色は子供心に中年女性の着る服というイメージを持っていたが、今はこの古風で厚みあるステッチの持つ情感を肌で持てるようになったらしい。


規則性から外れた作品の制作時期をほんのりと教えてもらい、直に見ると太さの異なる色々な糸が編み込まれていて、“ペケペケ”という名のもとになったというクロススッテチにコルセットの背中の紐が連想され、女性らしい艶やかさがありながら格好良さも刻まれている。毛糸だけでなく化学繊維らしい糸も使われ、煌びやかに反射するラメ入りの素材もあり、その種類の多さは素人には見分けられない。細い糸の作品は薄く平面的な図形を浮かばせており、濃く太い糸で刺繍されたうねるような図柄は、有機的な印象としてフンデルトヴァッサーに近い原初的な生体イメージを感じる。


約3年かけて編まれた「みこちゃん」という作品は距離をとって観ることで糸の調和が見事な質感として固定され、少しの移動で様々に表情を変化させる大きな作品だ。図柄が蠢く分厚い質感と躍動感は、強烈な色の氾濫の中でひしめき合う生の肯定的な象徴のようだ。


ふと思い出すのが自分の母親で、実家で編み物をする姿を小さい頃から見ていた。教室にも通っており、「今日は編み物の日だから」と言うと、昼過ぎは家を出ていき、夕飯はすこしサボりがちのおかずになる。そこで奥さん仲間と会話をするのが楽しいらしく、習いながらお喋るするのが目的だったようだ。


紡績工場で働く映画でも、若い女工さんは元気に話しながら機織り機を動かしていた。手仕事は一人黙々とするところもあれば、みんなでわいわいと話しながら仕事をこなしていくところもあるだろう。


常富さんはどちらだろうか。障害者支援施設での針仕事の経歴とあるので、そこで生活する人達と一緒に話しながら手を動かさないわけはないだろう。物を移動して形を変えていく工程の中には、黙然と思いを込めながらも、口を動かしてリズムを刻んでいくところもあるのだろう。


ついこの前に観たダンス作品には、糸は細い糸が縒り合わさって一本の太い糸となり、全体で強度を持っていると説明されていた。それは「スイミー」のような自然の集合というより、物質の本質かもしれないが、それを人間関係に置き換えればと踊る前に語られれば、この刺繍にも同様のことを考えてしまう。


規則がなくとも図柄はできあがる。寄りそい合わさったそれぞれのクロスステッチが、どの作品にもこれでいいのだと伝えている。

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