3月22日(日) 広島市中区鉄砲町にある寿司店「鮨 紀廣」でにぎりずし(梅)を食べる。

広島市中区鉄砲町にある寿司店「鮨 紀廣」でにぎりずし(梅)を食べる。


芸を覚えるアシカのように、自分に対してご褒美がないとやはり芸は上達しない。


周囲の評価は置いといて、まず自分の決めた場所に辿り着いたという達成感だけで魚を与えるのは間違いないことで、つまるところ自分の意識がすべてという考えのもとでの世の中は、この自己のサイクルが基本となってくる。


そんなわけで寿司を食べに行った。入ると大抵予約のお客さんの為に断られることが多いが、少し思案した末にテーブル席へ案内されることになった。


寿司を待つ間に緑茶をすすり、久しぶりの香りだ、などと浸っていると、大人3名に子供1名が入店して、席の空きがないために帰って行った。自分の席は4人席で、渋い顔の大人1名が酒も頼まずに茶を飲むという単価の悪さだ。悪いが、悪いことをしたなぁ。


寿司が運ばれてきたのでさっそく写真を撮ろうとすると、SDカードが入っていなかった。気分の良さに浮かれて、買った古着に、半年振りに鞄を換えて家を出たので、どうやら忘れてしまったらしい。SNSの投稿というのは極論すれば自慢以外のなにものでもなく、やはり美味しい物を食べたという証拠が必要なので、もったいないことをしたと落胆してしまった。しかし、いつも文章を書いているポメラのSDカードがあると気づき、取りだそうとすると、それさえも家に忘れている。浮かれているというのは、まさにこういうことだろう。


臭みのない甘いアジ、脂のある赤身のマグロ、種類がわからないが肉厚と旨味のある白身の魚、味の詰まった海老、噛めば噛むほど味の出るつるっとしたイカ、香ばしく焼けたタレの美味しいアナゴ、食感の楽しい貝、味わい深い厚みのあるヒラメ。多くは皿にのっていないが、一個ごとに明確な味の作りがあり、しゃりの握りも普段味わえない体積がある。赤味噌の汁も強く、たくあんもがりも、この店の美味しい味がある。


昨日一昨日のほうが晴れ間は安定していて、春らしい気分にあっただろう。それでも二日間の閉じこもりからはれた自分には、今日が三連休の初日のような気分にあり、それに残っている暖かさもあり、気分は晴れ晴れとしている。


誰にお勧めするわけでもないが、こんな時はマーラーの交響曲第1番が似つかわしい。春はマーラーの季節で、森のメロディーが軽妙な小鳥の悪戯で若者の気分を盛り立ててくれる。


そんなわけで、証拠だけは残そうと、数年振りのイラストを描いて寿司を残す。芸の足りない痩せたアシカの、食欲だけは立派ながめつさによる、まずい絵だ。

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