2月24日(月) 広島市西区草津南にある109シネマズ広島で「METライブビューイング2019ー20 第4作 フィリップ・グラス作『アクナーテン』」を観る。

広島市西区草津南にある109シネマズ広島で「METライブビューイング2019ー20 第4作 フィリップ・グラス作『アクナーテン』」を観る。


指揮:カレン・カメンセック

演出:フェリム・マクダーモット

出演:アンソニー・ロス・コスタンゾ、ジャナイ・ブリッジス、ティーセラ・ラルスドッティル、ザッカリー・ジェイムズ、ウィル・リバーマン


今シーズンの予告映像と音楽からこの作品は一風異なっていると期待していた通り、スティーヴ・ライヒを代表とするような反復を基本構造とする音楽となっていた。作シーズンのライブビューイングならば「マーニー」のような現代音楽と劇だが、扱われる題材はイェジー・カヴァレロヴィチ監督の映画「太陽の王子ファラオ」のような古代エジプトの王だ。


一般に思い浮かべるオペラと異なり、アリアは第2幕のアクナーテン王の太陽神への祈りと忠心を口にする場面のみで、あとは英語ではなく、エジプト語かヘブライ語か判別できない言葉での楽器のような機能的発声となる。あとは劇的な雰囲気を持つ英語での語りで物語が説明される。


プレリュードの長さと音形の反復により幕のあがる前から異様な雰囲気は醸し出されるのだが、いざあがると異常なまでに贅を凝らした衣装が現れて、儀式的な動きの遅さの中で幻想とは異なる、至極叙述的な世界が動き始める。言葉での歌いと演劇らしい動作の欠如が壁画のような伝達力を持つのか、日本の持つ伝統的な能楽と向かう所を同じとする衣装美と動きの遅さにあるのか、それとも、叙述的と思えるのは定型化された図柄と同一とする動きが宿っているからだろうか。どれも錯覚に思えるのは、無駄を省いた有機曲線から外れていく音楽のようでありながら、アッシリアのレリーフやエジプトの壁画と通底する図式的なモチーフが基本としてあり、長々とそれが繰り返されている壁を知っているからだろうか。似ているが細部が異なって進んでいく王の護衛隊列のようなリズムと形式こそ、現代のミニマルミュージクと同じ根幹の反復があるのだろうか。


能楽を観賞するような眠気を感じつつも、視覚的な効果の強調されたオペラ作品はパラジャーノフ監督の映画作品のように装飾美が追求されていて、物語の構造は難解ではなく、またこの作品には場面の説明が入るので象徴的とはいえないほどの動きと音楽から、物語の内容は感動よりも麻酔のように取り憑いてくる。


見所はおそらくきりがなく、各登場人物の衣装、動き、発声、それから舞台装置に演出、多くが一般的なオペラとは異なる新しさが風格と幻覚をもって漲っている。なかでもジャグリングが演出として使われていて、第2幕の反乱の際のクラブの使用と、その後に太陽をモチーフとした大きな球体の装置を囲んでのボールのジャグリングには、音楽との密接な調和と説得力ある物語の表現として神的な感覚の遠退きを、いわば強い刺激による感覚の瞬間的な死のような感動の一時停止が発生した。


役者の全員が素晴らしかったのだが、中でも立派な体躯のザッカリー・ジェイムズさんの長い腕を曲げた各ポーズと動きはすべてが芸術的な美しさにあり、太后役のディーセラ・ラルスドッティルさんの伸ばした腕と背筋も良いが、なんといってもカウンターテナーのアンソニー・ロス・コスタンゾさんが唯一無二となっている。「阿古屋」を演じる坂東玉三郎さんを観て、この人以外には無理だろうと思わせるように、アクナーテンにはこの人以外適さないだろう。綺麗な頭部のラインと端正のとれた顔の部位に、素晴らしい演技力と希な声音など、キャスティングの妙を深く納得させる配役となっていた。


古さでも新しさでも、常に地球で最も高等の芸術を観られるから、このライブビューイングは格別の刺激だろう。一度生の観劇ができないものかと考えないから、もっと欲を持って、いつか観に行くぐらいの夢を見させるほどだった。

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