12月30日(月) 埼玉県川口市芝中田にあるトルコ料理店「Stella Dining&Bar」でトルコ料理とベリーダンスを味わう。

埼玉県川口市芝中田にあるトルコ料理店「Stella Dining&Bar」でトルコ料理とベリーダンスを味わう。


クルド人が多く住む地域が埼玉の蕨市にあり、国や地域を表すスタンという地名接尾辞をつなげてワラビスタンと呼ばれているのを知ったのは数年前で、どんな所か気になりはするが、わざわざ行ってみようと思わないでいたら、妻が帰省の際に行こうと予定を立てていた。毎年一の宮の御朱印集めについていったが、今年は神道ではなく、他の宗教寺院を訪れる例外の年となった。


陽が落ちてから蕨駅に着き、長期旅行の始めの境港からのフェリーで一緒だった人と久しぶりに落ち合い、話しながら駅周辺を歩く。自分は何も下調べをしていないので、二人についていくのみ。


それらしい雰囲気を見つけられずに歩いていると、ケバブ屋が2店舗あり、中には日本人はおらず、トルコ人かクルド人か判別できない顔立ちの人達がいるのみだ。外はあたりまえの日本の風景だが、店内だけに限れば異国らしい空間はある。


とりあえず食事をしようと次に見つけた「Stella Dining&Bar」に入る。ここはシーシャも扱っており、もっとのんびり食事を楽しむ店内となっている。すでに日本人以外の客は10人以上いて、仮に自分一人だったら怯んでしまいそうになる。全員男性で、サイドを刈りあげたところどころに剃り込みがはいり、ややカールのかかった髪型に、革ジャンにジーンズかジョガーパンツという格好は皆似ている。若い者はその様子だが、中年の人もおり、その身なりは日本人には帯びることのできない哲学的な様相を持ち、背広姿の格好はトルコ周辺諸国のどの町にでもいるそのままの姿だ。日本の影響を全く受けつけていない、本物の存在感があった。


頼んだ食べ物は、ラム、チキン、シシケバブの入ったケバブ盛り合わせに、辛みと酸味が鮮烈なアジュルエズメ、馴染みのフムス、羊飼いのサラダ、ピタパン、日本で初めて見かけた丸形のラマジュン、バクラヴァ、カダイフ、トルコチャイだ。多少ファストフード店らしい雰囲気のある店内だが、料理はどれも手の込んだもので、特にメニューには載っていなかったラマジュンには、昔の記憶と酸味のある今の味覚が混在してとても味わい深かった。


食事も落ち着いて、店を出ようと思う前に、色々な人が料理とシーシャの四角い固形物を運ぶ店員か客かもはやわからない忙しい店内で、友好的に話しかけてくれる一人の男性がベリーダンスがあると教えてくれた。それを見てから店を出ることにする。


大きい音量と落とされた明かりの中で、やってきた日本人らしき女性が裸の肉と装飾の揺れる踊りを始めると、店内は異なった賑わいで盛り上がる。モローの絵画「出現」とシュトラウスの「7つのヴェールの踊り」の音楽が自分の中で混ざり合うのは、素肌を飾る煌びやかなアクセサリーと、ペルシャかアラブか判別しないイスラムらしい旋法と音色により、蠱惑的な空気が立ち上っているからだろう。異国情緒を越えた夢幻のような実感がこうも味わえているのは、フルーツやスパイシーな甘さで煙を漂わせているシーシャの効果も強くある。


楽しみながら踊りを見ていると、女性がそれぞれに手を伸ばして観客を誘い出し始める。各人が踊りに連れ出されるが、どの男も戸惑い、数人は立ち上がろうとしない。強面なほどの男前も、みなシャイで、ダンディな見た目とは裏腹の可愛らしさがとても好感と親近感を持たせる。女性に合わせて踊っていたのは年を重ねた男性で、最も勇敢に合わせていた。さすが年の功だ。ベリーダンスの前では老若問わず、男はみな縮みあがるのみだ。


自分も連れ出されて、ステップでも踏めばいいものを、隣に立つ女性を見習って腰を動かそうとするので、下手な操り人形にもならず、腰の砕けた金色のロボット骸骨がもがくような姿を呈するだけだ。


店内はまさしく噂通りのワラビスタンだった。いや、アナトリアの一地域だった。トルコ語かクルド語か判別できない外国語が飛び交い、ラマジュンをテーブルに重ね、アイランを飲み、太いラクの瓶を減らして騒いでいる。この人達も昼間は日本らしいどこかでそれぞれ働いているのだろう、煙にかすむ店内を眺めていると、この喧噪は純然たる異文化であると強烈に感じられる。


店を出て、駅に向かって歩き、構内で立って待つ間も、外と中の差異は時も所もえらく離れていた。こんな実感は滅多にない。ただ一点のみで、ワラビスタンという呼び名の真偽を疑いなく検証したようだった。

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