7月19日(金) 広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ中ホールでオペラ「ヘンゼルとグレーテル」を観る。

広島市中区加古町にあるJMSアステールプラザ中ホールでフンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」を観る。


作曲:フンパーディンク

演出:池山奈都子

ピアノ演奏:平野満

出演:大野内愛、小林良子、折河宏治、佐々木有紀、下岡寛、木村聡子


入場してすぐに今までにないくらい困惑した。色々な劇場へ足を運んだことがあり、様々な客層の中で座席に着いてきたが、満席に近い場内のほぼ全員が子供連れの家族で、一人で観に来ている中年の男性はおろか女性さえ見あたらない。夏祭りや花火大会で、一人孤独を感じるよりもさらに強い寂寥感があり、浮いた存在であることを座席の中の一つ二つ抜けた自分の頭部が示していた。


映画でもコンサートでも、飴玉の包みをあける音や独り言は気になる性質だが、大勢の子供達で埋め尽くされていると、上演中の物音に対してあきらめの気持ちなどないほどに清々しさがあり、はたしてどんなことになるのかと期待さえ覚えるほどだった。


舞台は、車輪付の4枚のパーテーションが基本の装置としてあり、表はヘンゼルとグレーテルのお芝居の題名やお菓子の家で、裏は森を表していた。これが上演中に移動したり、回ったりと、簡潔な動作で舞台効果を的確に現出していた。それに青とも緑とも見分けのつきにくい淡い色や、赤から紫などの照明が場面を映し、アステールプラザの中ホールだからこそ味わえる効果だった。


歌い手はひょうきんな演技と、聞き取りやすい日本語の発音による歌唱で、子供ではない自分でも十分に楽しめた。それぞれの声と動作に個性がわかりやすくあり、特に小林さんは、声量が少ないと思えたが、そうではなく、優しく澄んだ声で豊かに表現していて、目の動きや、身振りも大仰で伝わりやすく、切り株の上で高音域を歌った時はさすがの実力を感じた。


思っていた以上に上演中の子供達は静かに観ていて、ひそひそ話したり、座席に乗って上や後ろを見たり、少し立ち歩いたりする程度で、行儀がとても良かった。魔女の登場にけらけらと笑う声を聞いていると、こちらが笑顔になってしまった。


それは休憩の時間も同様で、中ホールがまるで日曜の公園のように子供達がはしゃいでいて、舞台に腕を伸ばして上る真似をしたり、そこから二階席へ向いて「やっほぉぉ」と声を上げたり、知り合いか知り合いじゃないかわからない子供達の集団がそこら中を走り回ったり、それを叱る親がいたり、席にじっと座って両親と劇の感想を述べる子がいたりと、浮いた存在を気にせずに辺りを興味深く眺めてしまった。走るな、と叱る必要なんかなく、ぶつからないように走りなさい、もしくはぶつかったら謝りなさいぐらいが、元気な子供達にちょうど良いだろう。


そんな普段と全く異なる観劇で、素晴らしい演奏をしていたのが平野さんで、幕開けの、さあ物語が始まりますよ、と告げる優しい語り口の音色から始まり、舞台が森へと移り変わるシーンでの激しくおどろおどろした表現や、歌に合わせて付随するおどけたメロディーに、舞台を盛り上げるオーケストラの役割など、奥行き深く幅広い表現でこの舞台を指揮していた。休憩中は、ホールの端に立ち、まるで紙芝居のおじさんのように子供達に取り囲まれ、優しい笑顔で顔を近づけて子供達に話す姿は微笑ましかった。


舞台の質は大人でも存分に楽しめる贅沢な子供向けオペラだった。最近演劇講座で多田さんのアウトリーチ活動の話を聞いたので、こういう公演が行われることを嬉しく思う。

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