きゅっきゅちゃん、六十六匹目

 それから、ユウキは天井を見上げていた。

 数拍。

 おもむろにユウキは立ち上がり、冷蔵庫へ近づき……酒を取り出す。

 今度は日本酒……ワンカップだった。

 ふたを開けたワンカップに口を近づけ、ちみり、ちみりと飲みだす。

 ……よく飲むな。


 が、酒は口を滑らかにするという。

 ……言いづらいこと、言いたいのだろうか。


 ……まぁ、俺も聞きたいことあるし、な。

 ちょうどいいから聞いてみるか。


「ユウキ」

 声を掛けた。

 ユウキは少し肩を震わせる。

 数拍。

 そしてワンカップから口を離して深く息を吐く。

「……なんだ」

 たぶん、俺が言わんとしていること……ある程度予測してるな?

 なら、遠慮、いらないか。

「正直に答えてくれ」

「……なに、を?」

 俺の存分真剣な声に、ユウキは俺の顔を見た。

 深い、深海の青が俺を射抜く。

 しかしそこに光はない。ただ、弱弱しい視線がそこにある。

「俺、ずっとさ、お前はきなこのこと、昔から知ってるみたいだし……気にかけてくれてて、だから俺にもよくしてくれてると思ってた。……でも、さ。違うよな。それだけじゃない。……教えてくれ。なんでだ?」

 暫く、沈黙が降った。

 ユウキは動かない。

 俺はそんなユウキの答えを待っている。

 どれだけ時間がたっただろうか。

 ふぅ……

 と微かに、ユウキの口から吐息が零れた。 

「……俺が危惧して、そしてお前に戦いを覚えてほしい理由……ただの暇つぶしとか、そういうんじゃないんだ。その……お前の、わき腹にある証。栄光の御印が厄介なんだよ」

 ……。

 厄介?

 俺は眉を顰めることしかできない。

 俺自身にも問題があるのか?

 初耳である。

「ハネズは、ああいったけどさ。俺はお前にその力を制御してほしい」

「なんで」

「じゃないとお前、きなこどこからこの国滅ぼすぞ」


 ……

「え?」


 国を、亡ぼす?

「あぁ、認めるよ。そのスキル、栄光の御印。確かに最強だ。その他スキルなんてかすんで見えるレアスキルだしな。それに他の構成が悪魔じみてる。なんなんだ、勇者になるために存在してるみたいな構成。ただし、全部制御出来たら、だ。今のお前、信管のないダイナマイトと一緒なんだよ」

 あまりに危険すぎる。

 そういって、ユウキは肩を竦める。

「アルヴェリア王国は、騎士女神はお前を……栄光の御印を戦力とは見ていない。ただ、アルヴェリアはそうってだけで、他の国……ペクダバザードとフェンファーゲンもそうだとは……思わない方が良い。今は戦争してないってだけで、3国が仲良しってわけでもないんだ。アルヴェリアは2国にずっと外交を行っているけど……ペクダバザードは兎も角、ふぇんファーゲンが、な……だから、お前はそのスキル、制御する必要があると思うぜ? 最悪、自分の身くらいは守れるように。きなこやお前の母親を盾にされて、戦場へ駆り出される前に」

「そんなに、やばいのか?」

「今はまだなんともな。実際、ハネズは『戦って目覚めさせるより、平穏の今は埋もれさせた方が良い』って判断してたしな。ただ、俺はお前の不老不死を危惧してる。今はいい。ただ、いつ戦争が再び起こっても不思議じゃないんだ。そして千年、万年先まで保証はできないから。お前は確実にその先まで生きるから。だから……」

 そういってユウキは顔を下へ向けた。

 両手で顔を覆って、細く、長く、ため息を吐く。

「……ずっと、平穏なら……いいんだけど、な……この世界はそれほど甘くない……用心はしとくべきなんだ……」

 細く、力なく。ゆうきの声がかすれて消える。

 それに俺は……何も言えない。

 いうべき言葉が見つからない。

 きなこへ目を向ける。

 こういう時、きなこなら何を思うだろう。


「なぁ、ユウキ」

「……ん」

「ありがとうな。心配してくれて」

「……」

「俺、お前と知り合いで良かった」

 俺は目を伏せる。

 そっか、爆弾、か。

 何となく。

 何となく……俺のスキルは、危険だと。

 そう、感づいてはいた。

 まぁ、不老不死、天賦の叡智……それだけでも……物騒なものばかりだ。

 だけど、そうか。

 栄光の御印。

 ユウキが、危惧するほどにやばいやつ、かぁ……。


「なぁ、ユウキ」

「ん?」

「仮に、俺が暴走して、さ。お前、止めれる?」

「……余裕とは言わないけど」

「殺してでも、止めてくれな」

「ハルト」

「……俺は、この-街-が好きだよ」

「……」

 ユウキは黙って酒を舐め始める。

 重い、重い沈黙が沈んでくる。

 息ができないほど。


「そうならないために、足掻くんでしょう?」

 ふと、声が沈黙を破いた。

 聞き知った、深いアルトの声。

「澪夢」

「はい、お久しぶりですね」

 帰ってきたらしい澪夢が買い物袋をキッチンのテーブルに置きながら挨拶してくる。

 長い黒銀の髪を巫女さんみたいに纏めていた。

「あ、一応言っておきますけど。あなた、俺TUEEEだけで、最強主人公じゃないですよ。『余裕とは言わないけど』とか抜かしてるそいつが本気出せば指一本で無効化できる程度ですって」

「いうなよぉ……俺アレあんま好きじゃないんだから」

 手品のタネをばらされたマジシャンみたいな、それ言っちゃおしまいだよという顔でユウキが澪夢に抗議する。

 が、澪夢は鼻で笑って続けた。

「大体、貴方物理特化でしょう? ユウキは鬼門ですけど、私だって物理特化ですし? 何なら相手しますよ?」

「澪夢に勝てる自信ないです」

 即答で答えた。

 うんMURI。

 相手しようとも思えないのは、天賦の叡知のお陰かしら?

「よろしい。実力はわかってらっしゃいますね。じゃぁ、何の心配もいりませんよ。他国に利用されるくらいなら私たちがあなたを無力化します。……が、その場合は、貴方の自由は保障できませんから、なるべくやりたくないですね。だので、私もあなたがご自身の力を制御する方がありがたい派です」

 そう言ってから、澪夢は小首を傾げる。

「ただの暴走ではなく、ちゃんと制御できるようになったら。私とタメ晴れるかもしれませんよ?」

「そこまでのもんっすか。栄光の御印」

「そこまでのものです」

 こくり、と澪夢が頷く。

「実際、1万年前に出た勇者は当時の澪夢が全力で立ち向かって、澪夢が倒されてるからな」

「あ?」

 なんですと?

「アレは悔しいですねぇ。アレとは再戦したかったです」

 と肩を竦める澪夢。

 って、え?

 澪夢を、倒してる?

「ついでにそいつ……アダファルト・ダーマグランフェイトっていうんだけど」

 ペクダバザードの救国の英雄じゃん。

「そいつは物理・魔術両刀使いだったけど、まぁ、今の俺となら対等だっただろうなぁ……お前は物理特化だから、魔術は諦めろ」

「えぇ~」

 マジックナイトカッコいいのに……。

「代わりにきなこがいるだろー? 魔術の神才持ち」

 ……でもそのせいで死にかけてますやん。きなこパイセン。

 ……だからここにいるんだし、だから、経験値稼ぎするんだけど。


「弱い敵から倒していったら、きなこもいい感じにレベル上げできるし、お前もスイッチはいらないだろうから、イイ訓練になると思うぜ?」

 とユウキが首を傾げる。

 それに、俺は内心腹をくくることにした。


 まさか、俺にもかかわる重要なことだったとはなぁ……。

 でもまぁ、きなこのため、俺自身ため……

「がんばりますかぁ……」

 

 澪夢が作ってくれた晩御飯はおいしかった。

 ハンバーグにほうれん草のソテー。それからニンジンのグラッセ。

 だがユウキはなんか複雑そうな顔をしていた。

 ニンジン嫌いだったりするのかね?

 それから澪夢に一言「これ、大丈夫?」と問う。

 ……何がだろう。おいしいのに。

 しかし澪夢はにやっと笑んだ。

 それから

「初対面でそれはないですよ」

 という。


 ……それ、って、何のことだろう。

 だが、あんまり突っ込まない方が言い気がする。


 そしてお風呂を借りてから、用意してくれた布団に入る。

 かなり疲れていたらしい。

 一瞬で意識は途切れた。

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