きゅっきゅちゃん、二十七匹目

 バスに揺られて数時間。

 その間きなこはまた寝ていた。

 きゅっきゅちゃんはよく寝るものなのか?

 それともきなこが良く寝る個体なのか?

「よく寝るなぁ……きゅっきゅちゃんって良く寝るのか?」

「いやぁ? そいつが特別よく寝る個体なんじゃね?」

 寝ているきなこの鼻先をカリカリと指先で掻きながら言うユウキ。

「よく食いよく寝て大きくなるのか……」

「個体差あるけどなー。大きくしたいのか?」

 可笑しそうに笑みながら尋ねてくるユウキに、俺はきなこを眺めつつ首を傾げる羽目になる。

 ……別に、小さいままでもいいけどなぁ……。

「きなこが元気でいてくれるなら、それでいい」

「今から老けたこというなよ……これからが長いんだぜ?」

 あぁ……そういえば、不老不死だっけ。

 この世界には、人間以外の種族も沢山いて

 それこそ無限の時を過ごす種族もいて

 不老不死なんて、普通のことですらあるのだけれども。

 代表例が目の前にいるわけだし。


 人間の不老不死は、この世界でも本来ありえないらしい。

 当然、俺の両親たちは不老不死ではなくて。

 いつか、それこそ、俺が成人になったら離れないといけなくて。

 若いままの俺は、きっと両親に会うことすら難しくなるはずで。


 ……。


「次じゃねーの?」

「え、あぁ……」

 唐突に声を挙げたユウキに、意識を戻されて。

 気づけば次が降りるバス停だった。

 止まるのボタンを押す。

 こういうところも前世と一緒だ。


 この世界は、復興するときに堕ち人の知識を多用したらしい。

 それこそ、俺の前世であるあの世界からの、堕ち人の。


 だから、キロメートル法も通用する。

 この国が建国する前から存在していたものについては、この世界独特のものなのだけれども。(例えばこの星は地球ではなく、ネピュラスと呼ばれているし、太陽も、正式名称はタヤである。タヤとはこの世界本来の太陽神の名前らしい)

 

 創造神があの世界出身だからなのか、堕ち人はあの世界からくることが多いらしい。理屈はユウキ本人もよくわかってないそうだけれども。


 バス停から家まではそこまで距離はない。

 案の定、家に着くまでにはきなこが目覚めた。

「きゅきゅ?」

 腕の中で首を傾げるきなこ。

「つーか、しまった。母さんに相談するまえに名付けちゃったな……。きなこ、お前きなこじゃなくなるかも……」

「きゅっきゅ……」

 ふすっ、と吐息される。

 それは、ため息なのか? 

 家の前につくと、ユウキが虚空から大量の……本日買ったものを扉の前に置ていく。

「じゃ、俺はこのまま帰るけど。あとは大丈夫か?」

「あー……まぁ、最悪母さんに助けてもらうし。……つかいいの?」

「いいって。夕飯時だし、お相伴にあうのも気が引ける。たぶんきなこ……結構食うぜ?」

 青髪を揺らして、ユウキが笑う。

「そんな食わせていいの?」

 デブにならない? まぁ、デブってもきなこはかわいいと思うけど。

 死ぬまで世話するし?

「すぐにデブになるとか、ねーよ。母親が食う程度なら余裕だろう」

 と、さらっとユウキは言う。

 そっか。平均的な成人女性が食べる程度なら問題ない、と。

 なら、母さんに飯は任せて大丈夫かな。

「さんきゅー、な」

 俺が感謝を述べると、ユウキは目を瞬いた。

 数拍。

「お前がきゅっきゅちゃんの牧場主になること、期待してるからなー」

 ケケケッと笑みを零してユウキは消えた。

 次元転送……流石、魔術を司る神様だわ……なんでもありか。


「ただいまー」

 ガチャリとドアを開けつつ声をあげる。

「きゅっきゅー」

 きなこも真似してか、一声鳴いた。

 リビングを抜けて台所へいけば、母さんが料理を作っていた。

「母さん、きゅっきゅちゃん連れてきたよ」

「あら。猫っぽいのね。本当に同じご飯でいいの?」

「うん。母さんが食べるくらいなら食べていいみたい」

「あら、そうなの? で、名前は決めたの?」

 流石母さん、勢い余って名付けてるのも、お見通しか。

「うん。きなこって名前にした。きなこもちっぽいから」

「きゅきゅっ?!」

 きなこがもぞり、と身じろいだ。

 だから、食べないって。

「よろしくね、きなこちゃん」

 と母さんがきなこの前に手を出す。

 握手、と。

 きなこは逡巡する素振りを見せた。

 あ、手……

 それからにゅっと手を伸ばす。

 触手みたいな、手を。

 その手と握手をし、母さんは一言呟いた。

「生き物っぽくない子ね」

 まぁ、元は魔物だし、なぁ……言えないけど。 


「きゅーきゅーちゃー、きゅきゅちゃ」

 にょーんと体を伸ばして俺の足元まで這ってきたきなこが鳴いている。

 俺は元の形に戻ったきなこを捕まえて、父さんの方へと近寄る。

「父さん、僕、きなこと一緒に寝ようと思うんだけど、いいかな?」

「好きにしなさい」

 言葉だけとれば素っ気無いけど、その声音は優しい。

 それに俺は頷いて、部屋へと向かうことにする。

「ありがと、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 部屋へ戻る俺の背中に父さんの声が追う。

 優しい両親なんだよなぁ……

 俺はこっそり肩を竦めつつ、部屋のドアをくぐった。

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