第5話

魔王はベッドの件以外にも色々と伝えたい事があったが、たった一つの事柄だけでも思いのほか時間を費やす結果となってしまった。


(アリシアに負担が掛かっては意味がないからな……今日はこれだけにして、焦らずに少しずつ伝えていこう)


 魔王は少女が疲れていないかを気遣い、部屋を後にした。


(それよりも、この城にはアリシアに関する物が何一つ無い事の方が問題だな……さてどうしたものか)

 

 城には魔王以外が住んでいる気配はなく、多くの部屋が長い年月の間放置されていた。

 餓死する事も、病死する事もない魔王には、生きていく為の手段と言った概念が無い。

 それ故に、この城には人間が生きていく為に必要な食料や衣服や薬は勿論の事、雑貨や娯楽品に至るまで全ての物が不足していた。

 牛車の中には供物を届けに来た村人たちが帰路で食べる筈だった食料や水が残っているが、それとて補充しなければ一か月ほどで無くなってしまうだろう。

 暫く考えた後、魔王は森の北にある村へと出かける事にした。


(確かあの村は貿易も盛んで領土も大きかったと記憶している、それに二百年前に起きた争いを収めた後は大きな災害もなく安定していた筈だ、あそこならばきっとアリシアが気に入る物が揃うに違いない……俺が直接向かう事には多少問題はあるが、これもアリシアの為だ仕方あるまい)


 準備を整えた魔王は少女の事をそっと確認しに行く。

 きっと昨日からの緊張で疲れたのであろう、そこにはベッドでぐっすりと眠っている少女の姿があった。

 それを見た魔王は安心して自室へと戻ると、おもむろに右手を挙げ魔力を込め始めた。

 すると床に魔方陣が浮かび上がり、北の村までの道が開かれた。


 村に到着した魔王は力を抑えつつ、さっそく村で一番大きな雑貨店へと足を運ぶ。

 店の中には女性用の衣服や雑貨の他に、少女が喜びそうなお菓子や果物が多く並んでいる。

 魔王は店の奥に座っている店主の元へと近づくと、石板を取り出し机に置いた。

 魔力を抑えているとはいえ声を出してしまうと店主や近くを通った者を威圧で錯乱させてしまう為、筆談で買い物をしようと考えていたのだ。


「いらっしゃいませ、本日は何をお求めでしょうか?」

『すまぬが俺は声を出せぬ故に文字で話させてもらう』

「あ~、はいはい構いませんよ、で、本日は何を?」

『女性用の衣類を何着か欲しいのだが』

「女性用のお洋服ですか? お召しになるのは何歳くらいで、どのような体系の方なのでしょうか? あとどのような色が好みかお分かりになりますか?」


 年齢は贄を届けた村人が十四歳だと説明していたので分かっている。

 しかし、その年代の娘が好む色などは全く分からない。

 魔王は困ってしまい周りを見渡していると、店の隅で服の整理をしている女性の姿が目に入った。


『あそこに居る娘と年齢も背格好も同じくらいなのだが』

「あ~、私の娘と同じくらいなんですね、じゃあ好みなども似ているかもしれませんので娘に選んでもらう事にしましょう」


 店主は娘を呼びつけて魔王の相手をするように話した。


「いらっしゃいませ~、私と同じくらいの年齢と言う事は妹さんのお洋服ですね? お選びするのは一着でよろしいですか?」

『いや、とにかく必要な物が全て不足している、服の他にも菓子や雑貨なども大量に購入したいのだが、構わぬか?』

「もちろん大歓迎ですよ~、妹さんの為にお買い物に来るだなんて優しいお兄さんですね」


 優しい等と言われた事のない魔王は戸惑いながらも更に書き進めた。


『とにかく、その方と同じ年代の娘が日常で必要だと思う物が俺には分からぬのだ、全て買い取るから思い付いた物を持って来てくれぬか』


 魔王は懐から大量の金貨が入った袋を取り出し机の上に置いた。


「お、お客様! いくらなんでも多すぎますよ! このお店ごと買い取るおつもりですか?!」


 娘は驚きはしたが、すぐに気を取り直し値段に見合う上等な服や装飾品、雑貨や菓子などを並べ始めた。


「このお洋服の色は村の女の子の間ですごい人気なんですよ、あとこちらのデザインの物も先週隣の国から仕入れてきたばかりなので、妹さんもきっと気に入ると思います、あとは……そうだお客様、お洋服の他に下着などはどうなされますか? こちらは正確なサイズが分からないと選ぶ事が出来ないんですけど」

『下着のサイスだと? そんな物が必要なのか? その方が着けている物と同じでは駄目なのか?』

「え~っと、下は大丈夫だと思いますけど、胸の方はキチンと正しい数値を測らないと合いませんので」

(……そ、そう言う物なのか?)


 困惑する魔王に対し娘は更に続ける。


「あと、これは絶対に必要な物なので妹さんも頼まれたとは思うのですが……」


 店の娘は少し口ごもったあと、恥ずかしそうな表情で続けた。


「お兄さんは男の方なので買うのは恥ずかしいと思うんですけど……その……月(つき)の障(さわ)りに関わる物はいかがいたしましょうか?」

(な、なんなのだそれは? 絶対に必要な物だと? 今まで聞いた事もないがアリシアが必要な物なら買わない訳にはいかぬな……)

「お客様? どうかされましたか?」

『何でもない、必要な物ならば持ってきてもらおうか』

「は~い、分かりました」


 娘は奥の棚へと向かい、小さな紙袋に入れられた物を幾つも持ってきた。

 魔王は不思議そうに、その紙袋を見ている。


(これがアリシアに絶対に必要な物なのか? 中は見えぬが何が入っていると言うのだ)


 魔王は紙袋の一つを開け、中の物を取り出した。

 それを見た娘は慌てて魔王へと詰め寄った。


「あ~! 何をしてるんですかお客様! いくらご兄妹とは言え、じろじろと見てたら妹さんに怒られちゃいますよ」

(何! これは見るとアリシアが怒る物なのか!)

 

 魔王は理解できない事が多すぎて益々困惑する。


(必要な物を買い揃えるだけだと思っていたが、余りにも俺の分からぬ事が多すぎる……アリシアを連れてくれば良いのであろうが、違う村とは言え、多くの人を見る事で嫌な事を思い出してしまうかもしれぬし……仕方がない)


 魔王は両手を挙げ、うっすらと光が見えるほどの魔力を込め始めた。 

 すると魔王の足元に魔法陣が浮かび上がる。

 しかしそれは来る時に描かれた物とは違い、どんどんと広がって行き、ついには店全体を飲み込む程の大きさにまでなった。

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