魔王に捧げられた生贄は訳あり娘だった
4-BU
プロローグ
その村には古より語り継がれている一つの物語があった……
村から北へ五日ほど歩いた距離にある森の奥……
決して晴れる事のない濃い霧に包まれたその場所には、蔓や苔に覆われた古い城が建っている……
城には『魔王』と呼ばれ恐れられている者と、その配下である異形の者が多く住んおり人間が近づく事を拒んでいた……
魔王の力は強大で、ひとたび怒りの感情が芽生えれば山は崩れ去り、平地は焦土と化す……そして悲しみの感情が芽生えれば大地は風雨に襲われ、水の底へと沈んでしまう……
恐れおののく人間に追い打ちを掛けるように幾度となく繰り返される疫病や争いの数々……
それら災いの全ては、ただ人間を苦しめる為だけに魔王が起こしているのだと言う……
だが力なき者には成す術もなく、魔王の存在に怯えて生きていくしかなかった……
たった一つ残された希望……
数百年に一度生まれるという『勇者』の出現を願いながら……
言い伝えによれば勇者は過去にも何度か現れたらしい……
だが、その存在はことごとく魔王によって打ち砕かれている……
村人は子供や孫達の時代には幸せが訪れる事を願い……
次に現れる勇者こそが真の救世主になるのだと信じ、気の遠くなるような年月を耐え必死に生きていた……
そんなある日、ついに魔王の前に勇者と名乗る者が現れる……
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「覚悟しろ魔王! お前の悪行もこれまでだ!」
「ほう……貴様が新たな勇者か……」
勇者の前に立ちはだかる魔王。
敢えて魔力を抑えているのであろうか、その姿は一見しただけでは人間の青年と何ら変わる所はなかった。
しかし、その落ち着いた立ち振る舞いが逆に魔王の力が強大である事を勇者に感じさせる。
静かに話しているようではあるが、その声には僅かながら魔力が漏れ出しており、普通の人間ならば聞いただけで錯乱し身動きが取れなくなるほどの威圧感があった。
「俺の声を聞いても正気を保っていられるのは誉めてやろう……だが、それだけの人間ならばこれまでも幾度となく現れた事がある……貴様には俺を楽しませるだけの力があるのか見せてもらおうか……」
「黙れ! 村に伝わる伝説の剣! これを持つ事こそが私が勇者である事の証!」
勇者は手にした剣を魔王に向かってかざした。
すると剣は眩い光を放ち、魔王の威圧を打ち消した。
「なるほど……確かにそれは勇者の剣に間違いないようだな……」
終始無表情だった魔王の顔に初めて笑みが浮かぶ。
「ならば手加減は要らぬと言う事だな! さぁ! かかってくるがいい勇者よ!」
今まで意図的に抑えていたであろう魔力が堰を破る津波の如く一気に勇者に襲い掛かってくる。
強大に膨れ上がったその力は留まる事を知らず、半径数十キロにも及ぶ森を覆いつくし、その中に生きるもの全ての意識を奪った。
「くそ……これくらいの事でやられてたまるか!」
森の中で意識を保っているのは魔王と勇者の二人しかいない。
激しい攻防が続く中、勇者が振り下ろした剣は魔王の右腕を切り落とした。
「これくらいの傷では足りん! もっとだ! もっと本気で掛かって来い!」
大きな傷を受けても尚、魔王の顔には喜びの笑みが浮かぶ。
「余裕で居られるのも今のうちだ! 私の必殺技をくらえ!」
勇者の剣捌きは鋭く、このまま決着がつくかに思えた……
しかし数時間に及ぶ死闘の末、ついに勇者は力尽きてしまう。
「やはり貴様も俺が求める勇者ではなかったのか……」
倒れている勇者を見下ろす魔王の表情は勝利者のそれではなく、むしろ悲しみを含んでいるようにさえ見える。
「いったいいつになれば俺の望むものが手に入ると言うのだ……」
魔王は悲しみの表情を浮かべたまま切り落とされた右手を拾いあげ、その断面を重ね合わせた。
すると瞬く間に傷は消え、右手は元通りに繋がった。
「仕方がない……また次の勇者が現れるまで待つとしよう……」
そう言うと魔王は静かに目を閉じた。
勇者が倒され希望を失った世界、それは村人の心に更なる闇を植え付けた。
恐怖に支配された人間はとても脆く、愚かな行動に出る事となる。
その考えは一人でも多くの村人が生き残る術として『生贄』の存在を作り出した。
魔王の逆鱗に触れないように……
村人に降りかかる災いが少しでも減るように……
そんな願い事と引き換えに、若い娘を『生贄』として捧げ、生き長らえようとした……
村は何人もの娘の悲しみの上に仮初めの平和を築き……
百年の時が過ぎ……
二百年の時が過ぎ……
そして勇者は現れないまま五百年の時が流れた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます