第2話 夢






長い、夢を見た。



とおい、昔の、記憶。




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物心ついた時から、父親はいなかった。



『あんたさえ、おらんかったら…!!』



そう言って、母親はよく私に暴力を振るった。


何度も、何度も。




やがて、我に返った彼女は、


『ごめんね、***ちゃん、

ごめんね、ごめんね、……』



彼女自身の手で傷ついた私をそっと抱き締めて、何度も泣きながら謝った。



私が母親について、覚えていることは、振るわれた暴力による痛み、そして泣き顔のみだった。




彼女は、心が弱かった。









『***さん、今月こそ、給食費はだせるわよ ね?』


そういう小学校の担任の顔にはありありと面倒だと浮かんでいた。




『***ちゃんは、今月も給食費だせんの?

***ちゃんちって、お金が無いんやね。』


そういった、子供の無邪気さに含んだ嘲りの言葉をクラスメイトから言われることは多かった。



そう言われて初めて、『あぁ、うちは貧乏なんだな』と思ったけれど、それ以外には何も思わないくらい、私は年齢の割に冷え切っていた。



ただ、少し、母親が自分に暴力を振るう理由が、分かった気がした。








年齢を重ねるにつれて、どんどん母親の暴力はエスカレートしていった。



2人の生活から抜け出すために、中学生になった時から、バイトをして少しずつお金を貯めていた。

事情を知っていた知り合いのお店でお世話になっていた。



高3の冬、卒業したら家を出て働くつもりで、1人で過ごしていくのにもう十分なくらい、通帳の金額は増えていた。

母親に殴られても、後少しと思い、通帳を眺めれば、なんてことはなかった。






そんなある日。



『ただいま……ママ?』



普段こんな時間に帰ってくるはずのない母親が家に居た。



『…あぁ、***ちゃん、おかえりなさい。』



そう返した母親は酒臭かった。


なんだか嫌な予感がした私は、リビングに入ると、テーブルの上にあるものを見つけてしまった。




『なんでこれがここに……?』




置いてあったのは、自室の机の引き出しの奥深くに隠してあるはずの、通帳だった。



嫌な予感が的中した私は、顔色を変えて急いで通帳を開いた。




『…………っ!!』




通帳の中には、

0、という数字が空虚に鎮座していた。



足の震えが止まらなかった。



バッととっさに母親を見ると、うっそりと彼女は微笑んで、




『ママが使ってあげたよ。』



と一言発した。






何が起きたか分からなかった。

ただ、頭の中で、その母親の言葉と、0という数字が反芻されていた。




母親が歩み寄ってきて、



『それ、***ちゃんのだったの、ごめんなさいね、』



私に手を伸ばした。





———パシッ……




思わず、その母親の伸ばした腕を払ってしまった。




『……***ちゃん??』



やってしまった、と、殴られる、と私はすぐに受身をとった。



『…………?』



いつまで経っても、殴られないので、不審に思った私はそっと顔をあげた。




そこには、台所から、あるものを掴んで再びこちらに戻ってくる母親がいた。





次の瞬間。




目の前に母親がいた。





『…………かはっ…』






お腹が熱い。



沸騰しそうだ。








母親に、腹を包丁で刺されていた。





『駄目じゃないの、***ちゃん。

ママから離れちゃ、』



熱に浮かされたように、そう言う母親は、今まで見たことないぐらい、美しく微笑んでいた。





『ママと、ずっと一緒に、いるのよ。』



それが、ぐらりと倒れた私が最期に聞いた言葉だった。

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