第14話 長沼礼子
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三人の孫娘の中で末娘は飛び抜けて美人では無いが器量好しで有ることには誰も異議を挟まなかった。美しさは漂う気品差で圧倒的に評価される。その点では彼女は一級品であった。井津治がその頭角を現した彼女に恋心を抱いたとしても不思議ではない。しかも彼女は寡黙な男を好む傾向が強く、その個性に磨きを掛ける事を彼女は至上の歓びとしていた。そして野性的な男には全く魅力を示さなかった。
その玉石混合の無言の人々から見出す事を最上の使命と言っても過言ではなかった。そう云う人を見つけ出す千里眼を養う事に彼女は生き甲斐を持った。それが此の世の最重要課題と思い詰める幼な心も持ち合わせて大人に成り切れない一面も有った。そこが可愛いと言い寄る男も半端じゃなかった。
礼子はそんな世間からだけでなくこの家でも一目置かれていた。
「おいもっと床を磨けそんな事じゃこの家の者がご機嫌斜めになるぞ」
此の家の住み込みの使用人に執事がハッパを掛けていた。
「あたしもその中に入ってるのかしら」
「ああこれはお嬢さんお早うございます」
「あたしはそんなに了見の狭い女じゃないわよ」
「もちろんそれは心得てます亡くなられたご隠居様は実に嗜みの良い方でしたから」
ここ二、三年前に長沼は絵画を買い集めて部屋に飾りだした。それを家族は無駄使いだと顰蹙(ひんしゅく)をかっていた。
「何でおじいちゃんはあの歳で絵なんか凝り出したのかしらお前心当たりあるの?」
「そう言われても旦那さんのやり方に匙を投げなすったからじゃないでしょうか」
「父の遣り方ね、面白い発想ね参考にするわ」
執事は行きかけた礼子を引き留めた。
「時に先ほど井津治さんが来ましたよ」
「告別式に来ないなんて・・・。ちゃんと言ったでしょうね」
「それはもうご機嫌を害さない様にお帰り頂きました。お嬢さんはいつから気に入らなくなったのです」
「別にいつも通りだけど最近はあの男と会いたく無い気分なのただそれだけよ。・・・でもすぐ電話して会う事にしたのお父さんにはそう言っといて」
「それだけですか」
「イヤに勘ぐるのね・・・まあいいわちょっと出掛けてくるわ」
「どちらへ?」
「イヤなこと訊くのね」
彼女は執事を睨み見つけて「あなたは祖父の代から使えてるそうですね、なら私の性格も重々承知しているはずです」執事は恐縮して「お戻りは?」と尋ねた。
「何時になるか分からないわ」
礼子は玄関の手前で一度振り返った。
「おじいちゃんがあなたを買っていた事はあたしも認めますが父は良く思ってないけれど嫁いだ姉ふたりはあなたを買ってましたよ」
「お嬢さんは」
「調子に乗るんじゃないわよ」
彼女は意味ありげに笑って出掛けた。
祖父は執事をよく彼女と永倉との連絡役に使っていた。
祖父は風流を一義とする人物であり、経営の第一線から退く事を希望していたが、凡庸な長男の為に伸ばし続けてやっと次男に引き継いだ。以後は一切口を出さず願わずば西行の様に朽ちたいと思っている人物だった。
翌日の高野ホール桐山店の朝礼で、店長が昨日の野々宮の成果を披露すると、彼は周りから嫉妬の眼差しを浴びた。まず年配の福島が「君がそんなにやり手とは思わなかった、今までの成績はなんなのや」とやる気がなかったんか、と有りもしない分かりきった口実を並べてひがみ根性丸出しに迫ってくる。
すかさず山岡が「それは店長の仕事ですよ、福島さん越権行為です。サブロクはどこも一件一口喪主限定が定番ですから後は運ですから野々宮さんはやっとその運に巡り合ったのですからみんなで長く続くようにお祈りしましょう」と割って入り、七千が四口なら二十八万ですよ。しかも月始めで、と例によってハゲタカみたいに山岡がたかってきた。そしてそっと肩寄せて「野々宮さんひとりじめはずるいですよ飲みにゆくときは誘ってくださいよ」と耳元で暗におごれよと囁いている。
残りの二口はまだ確約でないし、それにまだ一口も成約していない。判をもらってないと野々宮は弁明したが、山岡は終わりまで聞かず篠田を誘い、営業と云う名の遊楽に店を出た。
薮内だけはいつも無言で、終わったばかりの葬儀の会場から集めた当家のアンケート用紙を、食い入るように眺めては思案にくれている。後からそんなもんで考えるンやったら、通夜膳や打ち上げの初七日の席で交渉せんかい。親戚が散り散りになってから走り回ってもガソリンの無駄やと、福島は薮内をけん制してパソコンでゲームを始めた。それを店長は苦々しく横目で見ながら、野々宮に今日は取りこぼしの無いように注意した。
「坂下みたいに常勝五十万取っとるサブロクもおるんや、お前らもしっかり営業せえ」とハッパを掛けて店長は野々宮を満面の笑顔で見送った。
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