第20話 働く意思。




 翌朝も、ルアンの機嫌は悪い。嫌がったが、レアンに猫のように首根を掴まれて、リビングルームに運ばれた。

 そして客人扱いの母リリアンナのいるリビングルームに、腕をきつく組んで座る。そんなルアンを気にしながら、ラアンもロアンも食事を始める。

 レアンもリリアンナと話すこともせず、食事を口にした。

 家族が再び揃ったテーブルだが、前とは違うとロアンにもわかっている。

 そして、そこには一人違う者もいた。

 リリアンナの結婚相手の連れ子、ラビ。リリアンナの隣で俯いて、ちまちまと朝食をとっている。

 ルアンはまだ声を聞いていないが、話し掛けるつもりもない。


「ルアンもロアンも、今日はなにするの?」


 最も話したくないリリアンナが、ルアンに話し掛けた。


「ルアンは昨日いたクアロと、ガリアンの館に行きます。ロアンもオレとガリアンに、行きますので」

「あら、わたくしが面倒見るわ。ラビくんと遊ばせるから」


 代わりに答えたラアンは、横目でルアンがナイフを掴んだのを見えて息を飲んだ。

 リリアンナが子どもの面倒を、見た試しがない。


「いえ、実は護衛を兼ねているのです。ルアンが狙われる事件が起きてしまって以来、一人にしないように心掛けているので」

「レアンがいるのに、相変わらず物騒ね」


 リリアンナはちらりとレアンに目をやるが、レアンは反応を示さなかった。

 ラアンがルアンに目を向けると、ルアンはナイフでベーコンを切って食べ始めている。


「なら、ルアンとその護衛くんと、一緒に遊びましょうよ」


 リリアンナの提案に、ルアンのナイフが皿の上でカチンと音を立てた。ラアンの緊張が増す。


「クアロもガリアンで仕事があります。ルアンはその……ギアを使えるようになりまして、クアロから学んでいるところで」

「まぁ!? まさか、ルアンをガリアンで働かせるつもりなの!?」

「え、ま、まぁ、それがルアンの」

「女を働かせるつもりなの!? ルアンは髪が伸びればすぐにお嫁にいけるんだから、働く必要なんてないじゃない!」


 ラアンがルアンの意思だと伝え損ねて、リリアンナは反対だと声を上げた。

 容姿に恵まれているルアンは、髪が伸びて成人を迎えれば、すぐにでも嫁に貰いたがる者が殺到する。リリアンナがそうだった。

 美しい女は男に養ってもらえばいい。それがリリアンナの観念だ。


「……っ」


 ラアンは、ルアンがナイフを逆手に握った姿を目にして、青ざめた。


「ルアン様、クアロが来ましたよ」


 そこでメイドウが入り、クアロの到着を伝える。メイドウの後ろから、クアロは顔を出してレアンに朝の挨拶をした。

 ルアンは目に入れると、迷わずクアロの腹に飛び込む。流石にその挨拶は初めてで、クアロは目を丸める。ラアンは手にしたフォークを落とした。


「お、おはよう。ルー」

「おはよう、クアロ。いってきます」


 ルアンはレアンにそれだけを言うと、クアロを引っ張って廊下を出る。


「朝番まで時間があるから、ゆっくりしていいのに」

「……」


 うっかり言ってしまったクアロは、ルアンに鋭く一瞥された。母親がいるから、早く家を出たいのだ。


「……ルアン、昨日ボスが部屋に入ったけど、なにか話した?」

「……別に」

「なにも話さなかったの?」

「おかえりって言っただけ」

「……そう」


 父子の交流があったとばかり思っていたクアロは、少し残念がる。期待外れだ。


「ただ添い寝しただけ」


 そんなクアロの心情を見計らったように、ルアンは話した。クアロが足を止めたため、手を引いていたルアンも引っ張られるように足を止める。


「……ボスと添い寝?」

「うん」

「……一晩中?」

「うん」

「……朝まで?」

「うん」


 問い詰めるクアロに、ルアンは頷いて答えた。やがて、クアロは廊下のカーペットの上に跪くと、ルアンを抱き締める。


「……羨ましいっ」


 嫉妬を込めて、きつく締め付けた。

 ぎゅ。ぎゅう。むぎゅう。


「クアロ。あたしを抱き締めても、レアンと間接ハグしたことにはならない」


 ルアンが言えば、クアロはしぶしぶきつく締めることを止める。だがルアンは、腕を外さない。

 仕方なく、クアロはルアンを抱えて歩くことにした。


「……で、その」


 しがみつくルアンに、クアロが躊躇しながら問う。


「ボスが……アンタの母親と、やり直しそう?」

「アホ言うな」


 ルアンはクアロの不安を一蹴した。


「刺繍が施されたきんきらのドレス見ただろ。結婚相手は、どうせ大金持ちだ。連れ子に好かれようと、必死にするほどの財力のある男。強盗団討伐の依頼はソイツだろうな」

「あー、指輪も大きかったわよね、ダイヤモンド」


 ドレスも指輪も、新しい夫から贈られたものだと、安易に予想ができる。


「その男は兎人の家系だ」

「え? アンタそこまで推測できちゃうの?」

「見ただろ、連れ子。白い髪と肌に、赤い目。白の兎人のクオーターってところだろ。……父親は兎耳ついてるのかな」

「……」


 クアロは顔をひきつらせる。ルアンが兎人嫌いだと知っているからだ。あの連れ子と仲良くする可能性は低い。リリアンナとのトラブルの元だ。


「ボスはなんでまた、元妻を連れて戻って来ちゃったのかしら」

「元妻だからだろ。あたし達の母親だし、もう一度会わせておきたかったのかも。ラアンとあたしはともかく、ロアンは未練あるだろうしね」

「……未練、ね」


 ルアンは母親に未練はない。むしろ会いたくもなかったのだ。

 それでも唯一の母親。結婚したと知っても、レアンは連れ帰ってきた。


「ちょっと、クアロ、待ってくださいよー」


 屋敷を出てすぐに、バスケットを持ったメイドウが駆け寄る。


「ルアン様、朝食がまだなので、これを食べてください」

「ん、ありがと」

「ありがとうなんて、もったいないお言葉」


 差し出すのは、ルアンのための朝食。ルアンが素直に受け取ると、メイドウは照れて腰をくねらせた。


「ちゃんと食べてくださいね。本当なら今日も安静にしてほしいですが、あの方がいる家にいては休めませんしね」


 釘をさすと、メイドウが疲れたように溜め息をつく。視線はリリアンナのいる屋敷に向けられた。メイドウもリリアンナのことをよく思っていない。


「あの人の味方は屋敷にいないわけ?」

「ハン! 遊び呆ける我が儘女に味方するのは、鼻の下を伸ばすアホ男ぐらいなものですよ!」


 メイドウは胸を張って言い切ると、屋敷に戻っていった。

 美女のリリアンナの味方は、彼女にほだされる男ぐらい。今や嫌われ者。


「……でも、ボスが愛した女なんでしょう?」


 クアロはガリアンの館へ歩き出す。今の関係はどうあれ、レアンが愛した女。正式な結婚はせずとも、妻と呼んだ女。


「巨乳の美女がタイプだって前に言ったじゃん。あの人が出ていってから、抱いた女は皆巨乳の美女だった」

「……」


 タイプの話ではなく、もっと深い愛について話したかった。子ども相手に無理だと思い直して、クアロは早々に諦める。


「ていうか、私の腕の中で食べようとしないでよ」


 バスケットの中からパンを取り出して、かぶり付こうとしたルアンを落とした。


「はぁ? 歩きながら、んんっんんんんん」

「館についてから食べなさい、もう」


 食べながら文句を言おうとするルアンから、バスケットを取り上げてクアロは仕事場に急いだ。


「そうだ、言い忘れてたけど、ラアンがあたしの試験を知ってるみたい」


 聳え立つガリアンの館にを見上げながら、ルアンは話す。ガリアンに入るための試練。


「もう試練内容は決まってるみたいだから、そのうちやるかも」

「早くない? ……どんな試験かしら」

「さぁね。ラアンの様子だと、生易しくはなさそう」


 クアロがまだ早いと思っていても、決めるのはレアンだ。反対しても無意味。

 ちら、ちらり。

 クアロは手にしたパンを食べ終えたルアンに目をやる。


「なんだよ」


 なにかを言いたげなクアロの視線に気付いているルアンは、苛立った声を向ける。早く言えと言わんばかり。


「さ、さっき、聞こえたんだけど……ルーはガリアンに入る気でしょ」


 躊躇している間に蹴られるため、クアロは思いきってその話題に触れた。

 働く必要について、リリアンナが声を上げていたことだ。

 リリアンナの話題に戻り、ルアンの見上げる目は鋭く細められた。

 怒りを煽らないように、クアロは言葉を選ぶ。


「結婚して家にいろとは思わないけど、ルーって本が好きでしょ。一日中読み耽るくらい。働くより、本を読み漁る生活の方がしょうに合ってると思うんだけど」


 働かず、本を読み耽る生活を手に入れることは可能だ。あくまで選択があると、クアロはやんわりと伝える。そのおかげか、ルアンの蹴りは飛ばなかった。


「あたしもギアが使える前まで、考えたよ。レアンだって、あたしには働けとは言わないだろうから」


 裕福なため、働く必要はない。ましてや娘をガリアンで働かせるつもりは、レアンには毛頭なかったはずだ。


「でもギアが使えるようになった」


 クアロの前に出ると、ルアンは指先に光を放ち、線を残す。それは歩み続けるクアロに触れると、粉のように弾けて消えた。


「レアン・ダーレオクの娘である以上、危険が降りかかるなら、働いた方がいい。一応、ガリアンの改善っていう目標もある。家業を継いだっていいだろ」


 不機嫌な足取りで、ルアンは先に進んだ。その背中を見て、クアロはバカな質問をしたと気付く。

 ガリアンに入れば、家族と働けて、共通点が増える。クアロが言ったことだ。

 あの時、ルアンはなにも言わなかった。家族を愛せないダメ人間だと言い張っていたが、今はラアンとまともに話すようになり、レアンとは添い寝までして、心から寄り添おうとしている。ルアンがそれを口にしなくとも。

 ガリアンに入ることは、家族に寄り添うためでもあるのだ。家族を守るためでもある。

 相変わらず素直じゃないルアンに、クアロは謝ろうとした。だが、ルアンは認めないだろう。だからクアロは手を伸ばして、ルアンの頭を撫でようとした。

 しかしその前に、ルアンが横からかっされる。


「ルアン! 元気になったかー!?」


 シヤンだ。ルアンの脇を後ろから掴み上げると、ぐるりとその場で振り回した。


「見舞いに行きたかったが、ラアンの野郎が入れてくれなくてよー。元気かー?」


 明るく笑いかけるシヤンだったが、ルアンがその扱いに黙っているわけがなかった。

 ルアンの足が空に向かって振り上げられ、半回転したそれは、シヤンの顎にヒット。

 シヤンは倒れ、ルアンはその上に着地。


「元気だ」


 一言だけ返すと、ルアンはまた歩き出す。クアロはシヤンに呆れた眼差しを向けながら横切った。


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