第30話 ヨルムンガンドとの決着

 飲み込まれる瞬間、回避しようにも足場も何もなくどうしようないという状況。俺は体が軽くなるのを感じた。それどころか中を自由に動ける、本当に泳いでいるような感じだった。

 身体を動かすという感覚ではなく、思うだけで自由に移動することが出来た。

 そのまま危ない状況を脱出しフィオンの元に戻ろうとしたが、出来た喜びからか、意識が前のめりになってしまい、フィオンのかなり後方に飛んできてしまった。

 慌てて戻ろうとしたが、どういうわけか霧化が解除されて通常の人の身に戻ってしまった。体感10秒程の霧化だったが、今の俺にはこの辺が限界だろうと直感的に思った。

 身体の感覚を確かめて戻ろうとしたところで、フィオンがヨルムンガンドに魔法を放っているのが見えた。

 それだけなら急いで戻ってくることもなかったのだが、ヨルムンガンドと戦うフィオンはいつになく焦燥しているように見えた。

 そうしてやっと気づいたが、傍から見れば俺はヨルムンガンドに丸呑みされたように見える。無事だとフィオンは知らない、ならばあそこまで焦りもするだろう。

 俺は急いで戻り、飛び出していこうとするフィオンの腕を掴んだ。


「っつ! 誰だ!?」


 フィオンは驚いて剣を構える。


「待て待て! 俺だ、ラクリィだよ」


 流石に剣を構えられて焦った、とりあえず名乗っておく。

 俺だと気づくとフィオンは驚いた表情をしている。


「間一髪のところで、霧化で難を逃れたんだ。元々今回の目的はそれだろ? それに焦りすぎだ、いつものフィオンらしくないぞ」

「なんっ! 焦るに決まってるだろ! お前は私のことを一体なんだと思ってるんだ」


 確かに自分で言っておいてそれはないだろうと思った。

 ただ、ここまで焦っているフィオンがらしくないと思ったのも事実だった。いつもは、もっとドライというか、もっと内に隠すタイプだと思っていたからだ。


「だいたい逃げられていたのなら何故一番にそれを伝えなかった!」

「いやぁ、それが慣れてないせいか霧化中の制御が難しくて、かなり遠くで元に戻ったんだ」

「全く、どうせ出来た喜びかなんかで制御ミスでもしたんだろう」


 フィオンにはミスの理由までしっかりバレていた。


「まあ、なんにせよおめでとう。任意発動はもうできそうか?」

「問題ないと思う。感覚は完全に掴んだ」

「なら後はヨルムンガンドをさっさと倒して帰ろうか」

「それなんだが、ここからは俺1人でやらせてくれ。やられた借りは返さないとな」

「そうか。では任せたぞ」


 フィオンは直ぐに了承して下がっていく。


「さて決着を着けようか」


 先程フィオンの魔法で態勢を崩していたヨルムンガンドだが、流石に起き上がってこちらを威嚇してきている。

 ここで慢心するのはダメだが、正直負ける気はしなかった。

 ゆっくりとヨルムンガンドに近づく。毒液を飛ばしてくるが、霧化を瞬間的に使って回避する。

 普通に回避してもいいのだが、この感覚を完全に身体に染み込ませる意味を込めて使っていく。

 壁1枚挟んで別の世界に行くような感覚に酔いそうになるが、意識をしっかりと保つ。

 やがてしびれを切らしたヨルムンガンドが突進してくる。

 勿論今の俺にそんなものが当たるわけがない、霧化し避ける。

 突進の勢いが止まったところでヨルムンガンドの頭に着地した。


「終わりだ。お前のお陰で俺はさらに強くなれたよ」


 剣だけを霧化させ振るう。勿論内部で核を通過する瞬間だけ実体化させ破壊する。切れ味のいい宝剣クラスの剣なので微かな斬った感覚が伝わってくるだけだ。

 核を破壊すると、あんなにも暴れていたヨルムンガンドがなんの抵抗もせずに地面に崩れる。

 俺は飛び降りて、深く深呼吸した。


「見事だった。――――――それで、今お前はどう感じている?」

「そうだな・・・・・・、胸のつかえが1つ取れたというか、これで前に進めそうな感じがするよ」

「ふふ、そうこなくてはな。これからは世界の為にその力を存分に振るってくれ」

「もちろんだ。どこまでもついてくよ」


 ヨルムンガンドの死骸を見る。この先、これよりも強い敵と戦うことになると考えると、恐ろしくも感じるが、フィオンなら目指した理想に手が届くと信じている。


「よし帰るか。言っておくが帰るまで油断するなよ」

「言われなくれも分かってるよ! お前こそ、さっきまであんな風になってたんだから気引き締めろよ」

「なっ! 今更掘り返さなくてもいいだろ!」

「いった!」


 フィオンに切り傷のところを突かれる。

 こうしてくだらない話を出来てるのも、大きな怪我もなく乗り越えられたからだろう。

 ただ、ここでこんな話をしていたせいで、俺達は近づいてきていた人間がいたことに気が付けなかった。


「え? らっくん」


 幼いころから聞きなれたその声に俺は絶句する。

 振り返った先には、あの日共にヨルムンガンドと戦ったメンバーが立っていた。

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