第100話 魔王と3人の姉弟
ブリガンティスとセラフィーナのひと悶着があった頃、アルレイラは配下の魔人と共にアルレイラ軍の支配領域である魔界南方への帰路に就いていた。
「アルレイラ様、大丈夫ですか?」
一人の女の魔人がそう尋ねるとアルレイラは冷静な態度を崩すことなく答えた。
「仕方がないでしょう。魔界の危機なのだから」
魔王ギラスマティアは人間界の侵攻は望んではいなかった。
それなのに、魔王ギラスマティアとアルレイラの弟アルジールは人間界に現れた2人の勇者によって殺されてしまった。
どう考えてもその2人の勇者はこれまでの勇者と同じく魔界との友好など望んでいない事は明らかだ。
これまでの勇者と違う点は圧倒的戦闘能力。
どのような手段を以って魔王ギラスマティアと四天王アルジールを破ったのかは不明だが、明らかに常軌を逸した戦闘能力を持つ勇者だという事は考えるまでもないことだった。
そんな力を持った勇者が魔王を討つだけで済ませるとは思えない。
近いうちに魔界へと侵攻来ることは間違いない。
魔王ギラスマティアと同様に人間界侵攻を望んでいないアルレイラだが、来ると分かっている危機に対して指を咥えて見ているほど馬鹿でも無能でもない。
だからこそ普段は手を取り合う事などあり得ないブリガンティスとも手を組んだ。
それはブリガンティスにとっても同じはずで、あの不遜なブリガンティスが普段では絶対に飲むはずのない自分に不利な条件も飲んだ所から見てもそれは間違いなかった。
ミッキーに関しては何を考えているか相変わらず分かりづらかったが、基本的にSSS級勇者クドウとアールは魔界共通の脅威をして魔界全勢力に認知されたのだった。
それ程までにあのセラフィーナを名乗る魔人の発言にはインパクトがあった。
「いえ、そういう話ではなく——」
アルレイラに何か言おうとした女の魔人はアルレイラの顔を見て固まった。
他の魔人達も同様にアルレイラの顔を見て固まっている。
どうしたの? とアルレイラが言おうとしたところでアルレイラの顔から一筋の涙がおぼれ落ちる。
「……えっ?」
アルレイラは自らが泣いていることに気づき、腕で目の辺りを拭うと腕が僅かに濡れた。
そして、更にアルレイラのお気に入りの白いワンピースにぽたぽたと涙が落ちる。
「ち、ちが……」
アルレイラは配下の魔人達に否定するが、涙が止まらなくなった。
アルレイラは魔王ギラスマティアが突如行方不明になった時、どこかで魔王ギラスマティアは生きていると信じていた。
いつもの放浪癖が出ただけなのだと。
時間が経つにつれて、アルレイラ軍の魔人を使って魔王ギラスマティアを探したが一向に見つからず、アルレイラ軍内でも魔王死亡説が出てもアルレイラは魔王ギラスマティアの死を一向に信じなかった。——いや、信じたくなかった。
だが、あの会議室内でセラフィーナからはっきりとギラスマティアが死んだとはっきりと告げられてしまった。
嘘だ! と叫びたかったが、他の四天王の手前それもできなかったし、それ以前に納得してしまった。
魔王ギラスマティアの消失と同時期に現れたブリガンティスの人間界侵攻を無傷で防いでみせた勇者の出現が無関係であるはずがないと。
(そうか、私はギラスマティア様の事を……)
魔王ギラスマティアに仕えた時に感じていたあの感情は忠誠だけではなかったことに、アルレイラは今になって気付いた。
弟であり当時魔界最強と呼び声が高かったアルジールと魔界最大勢力の軍団を誇ったブリガンティスをいとも容易くねじ伏せたあの戦場で見せた無邪気な笑顔にアルレイラは一瞬で心奪われていたことに。
その後も気がつけばアルレイラは魔王ギラスマティアの姿を目で追っていた。
その魔王ギラスマティアの傍にはずっとアルジールとアルメイヤがついて回っていた。
支配を任されているはずの魔界東部の事を放り出してだ。
その事で度々アルジールとは喧嘩になり、それに割って入るアルメイヤにそれを呆れた表情で見つめていた魔王ギラスマティア。
今になってみればそんな光景ですらアルレイラにとってはいい思い出だった。
だが、そんな日常はもう帰っては来ない。
もうあの3人はいないのだから。
(こんなことだったら私ももっとギラスマティア様と一緒にいれば——。いいえ、無理ね。私にはあの2人みたいにはなれないもの)
アルレイラは融通の利かない頭の悪い弟とその弟の事になると何をしでかすか分からない妹の顔を思い浮かべてそんなことを思う。
「アルレイラ様……」
心配そうにアルレイラを見る配下にアルレイラは涙を拭い、凛とした表情で言った。
「心配をかけたわね。私は大丈夫。ギラスマティア様とアルジールとアルレイラの仇は私達で取りましょう」
それが愛した人の弔いとなるのなら。
そうして、四天王アルレイラは冒険者クドウとアールの討伐を決意を更に固くするのだった。
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