第96話 謎のE級冒険者クドウとアール

パチパチパチ——



目の前で起こった奇跡を前に静まり返る会議室の中にブリガンティスの拍手の音が鳴り響いた。



「見事! 見事だ。ミッキー殿。俺は長い間生きてきたが、これほど見事な回復魔法は初めてだ。ギラスマティア様でもこれほどの奇跡は起こすことはできなかった。どうだ、俺と組まないか? ミッキー殿の軍と俺の軍とが力を合わせれば、人間界侵攻も一層容易くなるだろう」



ゾデュス達が敗北した事など既に忘れてしまったのかブリガンティスはミッキーにそう提案すると、ようやく席に戻ったミッキーは無表情のまま答える。



「あの人は回復魔法、得意ではなかったよ。あの人の本領は膨大な魔力に多彩な魔法を自在に操る圧倒的戦闘センスだったから。あと人間界侵攻の話だけどまずゾデュスの話を聞いてあげたら?」



ブリガンティスの発言に席を立ち、身を乗り出しかけていたアルレイラもミッキーの発言で落ち着きを取り戻したのか何も言わず大人しく席に着く。



「それで何があったの? 詳しく聞かせてくれるかな? ゾデュス」



ミッキーの魔法の所為で興味がミッキーに移りかけていた一同だったが、ミッキーの言葉で話はゾデュス達の敗北した件へと戻り、促されたゾデュスは人間界で起きた事実を隠すことなく語り始めた。



「俺達はブリガンティス様の命令通り、人間界を侵攻するために人間達の町を目指しました。その時に現れたのが勇者パーティーと……」



「勇者パーティーとなんだ?」



話始めてすぐに言葉に詰まらせるゾデュスを見かねてブリガンティスがゾデュスを睨みつけて話を続けるように促すとゾデュスは話を再開した。



「E級冒険者パーティーです」



「はぁ? E級冒険者パーティーだと? 舐めてんのか? てめえ」



「すいません、ブリガンティス様。ですが、事実です。E級冒険者プレートを身につけたクドウとアールと名乗る冒険者がいたのです」



「つまりなんだ? お前は数人の勇者パーティーに全滅を喰らったって言いたいんだな?」



ブリガンティスはE級冒険者のクドウとアールを無視して話を続けようとした。


ゾデュスが言っているのだから、E級冒険者は確かにいたのだろうが連絡要員か何かで、実際に魔人達と戦闘を行ったのは数人の勇者パーティーだとブリガンティスは考えたからである。


別にブリガンティスの考えが甘かったわけでもなんでもない。


ここにいるほとんどの魔人も実際そう考えた。


普通に考えてE級冒険者などが魔人との戦いに介入などできるわけがないのだから。



「いえ、確かに勇者が強かったのは事実です。ガデュスと一緒にいた10体の魔人は勇者アリアスによって全て倒されてしまったのですから」



「ほぅ? なら他の10体は勇者パーティーの他のやつらにやられたのか?」



それが事実なら恐るべき戦力だ。


勇者の実力も脅威だが、勇者パーティーのその他のメンバーでさえたったの数人で魔人10体を倒してしまったことになる。


だが、そんなブリガンティスの考えをゾデュスは即座に否定した。



「い、いえ違います。勇者パーティーの他のメンバーは何もしていません。そして、俺とガデュスを退けたのは勇者でもなければ勇者パーティーの誰かでもないのです」



「??? お前の言いたいことがさっぱり分からない。結局何が言いたいんだ?」



ゾデュスの報告に勇者の倒した10体以外の魔人とゾデュス、ガデュスを倒した者の名が出てこないと不思議に思っていたブリガンティスだったが、ゾデュスは最初からその名を口にしていたのだ。


余りに信じられない事実がブリガンティスとこの会議室内にいる魔人達にそう思わせたのである。



「ブリガンティス様、俺……はやられてはいませんが、ガデュスを倒したのはアールという名の冒険者。そして俺が引き連れていた魔人10体を倒したのはクドウという冒険者。……最初に申し上げたE級冒険者の2人です」



「……はぁ? おいっ、ガデュス、お前、E級冒険者一人にやられたってのか?」



「……はい」



ブリガンティスが凄まじい形相でガデュスを睨みつけるとガデュスはうつむき気味でそう答えた。



「ゾデュス、お前は何してた? 味方がやられるのを黙ってみてたのか?」



大した傷を負っていないゾデュスを見ればブリガンティスでなくとも当然の疑問だった。



「いえ、それが……霧を発生させる未知の魔法を使われて時間稼ぎを。気づいたら全員やられていました」



「はぁ? どういうことだ?」



いまいち要領を得ないゾデュスの説明にブリガンティスは苛立ちを隠せない。


ゾデュスにとってみても、クドウが使用したミラージュミストは未知の魔法であり、説明が難しかった。


視界を霧に覆い、魔力の探知や方向感覚、距離感全てを狂わされたのだが、そんな魔法はゾデュスの知る限り存在しないはずの魔法だったのだ。


ゾデュスが説明に困っているとこれまで黙っていたセラフィーナが遂に口を開いた。



「第2級魔法ミラージュミストね。間違いないわ」



「お、おいっ!」



黙って聞いているなとセラフィーナの事を少しだけ感心していたゾデュスだったが、やはり我慢できなかったらしい。



(——ていうかなんでこいつがあの魔法の事を知ってんだ?)



セラフィーナはクドウがあの魔法を使った場にはいなかったし、ゾデュスが言ったヒントと成り得るキーワードは霧と時間稼ぎをされたというくらいのものだった。


そんな疑問がゾデュスの頭に浮かんでいる中、ブリガンティスの視線はゾデュスからセラフィーナに移っていた。



「なんだ? このガキは」



「ガキですって? 失礼ね。折角加勢しにきてやったのに」



ブリガンティスの言葉に買い言葉で返すセラフィーナにブリガンティスの冷たい視線が降り注ぐ。



そんな一触即発の状況でもセラフィーナは涼しい顔だった。

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