第59話 伝説の魔法剣士あっくん

ガデュスは奇妙な光景を見ていた。


現在ガデュスが戦いを繰り広げているアールという名の武道家?に向け、仲間の剣士が剣を放り投げたのだ。


アールは剣を携帯しており、見た限り破損はなさそうだ。そもそも剣が破損しているのなら戦闘前に渡しておけば済む話である。


武道家アールの戦闘速度には身を見張るものがある。だが、攻撃力はそうでもなく、恐らく速度特化の武道家なのは間違いない。



(とはいえ、このまま見ている必要もねぇよなぁ~)



ガデュスは放り投げられた剣をその場で待ち受けるアールに向け、無数の大小さまざまな岩や土塊で今まで以上猛攻を仕掛ける。


いくら速度特化の武道家といえど全てを回避するのは不可能な攻撃密度だった。


そのはずだったのに、アールはその場に留まったまま、目にも止まらぬ速さで次々と突きを繰り出し——



「おいおい~、マジかよぉ~!」



ガデュスの目の前でアールに当たる軌道だった岩や土塊は全て粉々に粉砕され、その他の軌道の物は全てアールの後ろへと飛び去っていった。


そして、クルクルと回転して飛んでいた剣はアールの手に吸い込まれるように収まった。


アルジールは受け取った剣をブンブンと素振りする。



「うむ、悪くないな。ガランよ、少し借りるぞ」



呆気に取られていたガランが「あ、はいっス」と呟いた後、アルジールはガデュスに向けて笑みを浮かべた。



「さて、覚悟はいいな」



「覚悟ぉ~? 武道家風情が剣を持って何をするってぇ~?」



正直アルジールの武道家の腕は一級品である。そうでなければガデュスの今までの猛攻を受け生きているはずがない。E級冒険者などと言ってはいるが人間界ではさぞ名の通った武道家に違いない。——ガデュスはアルジールの事をそう評価していた。


だが、それだけだ。


人間の武道家など恐るるに足りない。


速度は目を見張るものがあるが、体の強度やそれに伴う武道家としての攻撃力で魔人に勝る事などありえない。


己の拳がガデュスに勝てないと見て、剣を取ったようだが、素人の剣など見るに堪えない。只の苦し紛れの行動だろう。


そんなガデュスの考えをよそにアルジールの姿が消えた。——いや、消えたと錯覚する速度でガデュスに迫ってきている。


だが、予想の範疇だ。


恐らく、その速度のままにガデュスに斬りかかる算段だろう。


そして、アルジールは凄まじい速度のまま地を蹴り飛び上がった。



「魔王流大回転斬!」



アルジールが体と剣が凄まじい速度で縦回転し、ガデュスが展開したアースウォールに触れた瞬間、魔人が張った防御魔法とは思えないほど簡単に切り裂かれた。


そして、そのまま内側にいたガデュスへと迫り——



「ぐぉぉぉ~」



ガデュスの苦痛の悲鳴が上がる。


アルジールが放った剣技『魔王流大回転斬』を回避しそびれたガデュスの左腕は成す術もなく切り落とされていた。


ガデュスの後方に着地したアルジールに向け、苦し紛れのアースロックを放つが、アルジールは拳ではなく剣で全ての岩へ土壁を切り刻んだ。


なぜかアルジールは追撃を行わなかった。


ガデュスは不審に思いながらも痛みを耐えつつ後退すると、アルジールは呟くように言った。



「流石はクドウ様の故郷最強の剣士の第3奥義。だがまだまだだな。魔法剣士あっくん様は今の奥義で山を一刀両断にしたと聞く……」



などとブツブツ呟いていた。


魔法剣士あっくんとはクドウが転生前の日本で流行っていた大人気アニメの主人公の名である。


あっくんはその剣ひとつで地を割り、山を割りあらゆるものを切り裂いたという。


もちろん架空の人物の話だが、アルジールはその事を知らない。


アルジールの中では日本とはこの世界のどこかに存在する強者蠢く魔京の名なのである。



「なんてでたらめな野郎だぁ~!」


ガデュスからすればふざけていた様にしか見えないが、ガデュスの防御を破り、ガデュスの左腕を切り落としたのは紛れもない事実である。


だが、ガデュスもまだ負けてはいない。珍妙な技で不意を突かれたが、ガデュスにはまだ見せていない魔法もある。


第2級魔法『岩流烈波』——岩や土で作り出した大波でその地にあるあらゆるものを巻き込む上位魔法である。


ガデュスは仲間の魔人達を見る。


魔人ともあろう者達が勇者アリアス相手に成す術もなく数を減らされている状況だ。恐らく、長くは持たないだろう。


「クソがぁ~、やってやるぜぇ~」


恐らく岩流列波を使えば仲間の魔人も巻き込むだろうが、このままでも勇者に敗れるのがオチだろう。——それならば岩流烈波を使ってしまおう。ガデュスはそう決意する。



「てめぇは俺を怒らせたぜぇ~、後悔してももう遅ぇ~」



ガデュスは目を血走らせながらアルジールを睨みつけるが——



「おぃぃ~、てめぇ~、どこ見てやがるぅ~?」



アルジールは事もあろうにガデュスの戦闘中に完全に違う方向を向いていたのである。


アルジールの視線どころか体までもクドウやゾデュスが戦っている地に向いている。



「……クドウ様、なぜミラージュミストをお使いに?」



アルジールはミラージュミストの魔法を知っていた。その階級は第2級魔法。


制限をつけられていた第3級魔法よりもさらに上の上位魔法である。


クドウともあろう者が自らに課した制限を理由もなく破るとは思えない。



「そうか、それほどの強者が現れたか私の知らぬ間に制限か解除されていたか」



ガデュスが話しかけているのにアルジールは未だブツブツと何かを呟いている。


それがガデュスの逆鱗に触れた。



「もういい、まとめて死ねやぁ~!!!」



ガデュスの絶叫とともにガデュスは第2級魔法岩流烈波を発動させようとしたが、それは直前で中断させられた。


アルジールがガデュスに放った魔法は雷嵐流。特徴自体は第4級魔法サンダーボルトとほぼ同じの魔法だが、その効果は絶大だった。


速度、威力、効果範囲全てにおいてサンダーボルトを大きく上回る第2級魔法。直径は3mに及び術者が放った方向に凄まじい雷を直進させる高威力の攻撃魔法である。


ガデュスの後方を通過した雷嵐流は炎属性の魔法でもないのに木々を焼き尽くし、残ったのはボロボロとなった木々の焼けカスのみだった。


雷嵐流の直撃を受けたガデュスだがなんとか生きていた。意識が残っていたのは奇跡と言えるだろう。


だが、気を失えなかったのはガデュスにとって不幸でしかなかった。その所為でアルジールの興味を引いてしまったのだから。



「ほぉ、今のを食らってまだ生きているか? なかなか気概のある雑魚ではないか?」



そうして、アルジールの猛攻は始まったのだった。

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