スティールスマイル
ガブ
第1話 「出会い」
「お嬢様、離れられては困ります!」
紳士風の老人が一人の少女を追いかける。
人通りの多い街。商人たちでにぎわっている。子供たちは駆け回り、街を護る兵士たちもどこか表情が和やかだ。
平和。
そう表現するほかにない日常。そんな街ではみな平等に暮らしている。
「ふふ。爺やも早く来てください」
少女は貴族であった。それもただの貴族ではない。
4大貴族といわれるヴァルキリア家、スチュワート家、アルバート家、メル家。その中の一つ、スチュワート家の一人娘である。
彼女の名はレイア・スチュワート。
貴族でありながら人々に分け隔てなく接し、人々からの支持も厚い。
レイアの日課は街の散歩であった。執事付ではあるものの平和な街であるからこそ、スチュワート家もレイアもそして町の人々も安心していた。
しかしどんな場所にも闇は潜んでいる。
いつも通り散歩を楽しむレイア。平和だとわっかていてもついてくる執事に少なからずも嫌気がさしていた。
「爺や、もうついてこなくてもいいのよ」
「そうはいきません。わたくしは亡き旦那様と奥様からあなた様の世話を任されているのです。あなた様に何かあったら向こうに行ったときお二人に顔向けできません」
(まったく、いつまでも子ども扱いして……もう15になったというのに)
レイアの両親はすでに他界していた。事故死とされているが、没落を願う者により殺害されたという噂もある。スチュワート家は現在、レイア一人なのである。
スチュワート家の没落は時間の問題である。それは街の人々、もちろんレイア自身も理解していた。
屋敷に籠りきることも考えたが、街の人々に心配をかけないため外に出ることにしたのだ。
しかしその行動は執事をはじめ、屋敷の使用人たちにとっては心配そのものであった。
だが主の希望に応えるのも使用人の務め。こうして散歩が始まったのであった。
(これからスチュワート家はどうなってしまうのかな。爺やもいずれはいなくなってしまう。わたくしも結婚して子供を作って……って何考えてるのかしら!)
そんなことを考えていたらいつの間にやら人通りの少ない場所に来てしまった。
「お嬢様、そろそろ戻りましょう」
「そうですね。おなかもすきましたし」
ズドン
いきなり銃声が。
「お嬢様! 私の後ろに!」
執事が慌てて声をかけるが、すでにレイアは銃声のする方へ走り出していた。
「いけません、お戻りください! お嬢様、レイア様!」
自分でも不思議だった。吸い寄せられるように銃声のもとに向かった。
そこで目にしたのはレイアの全く知らない世界だった。
嗅いだことのないにおい。
見たことのない色。
そして向けられたことのない視線。
ここで死ぬ。本能でそう理解した。
先ほどまで人であったであろう肉塊と、それが浸かる赤い海。そこにたたずむ一人の青年。
彼から向けられた視線によってレイアの体は硬直した。悲鳴をあげることはおろか、息をすることもできない。
燕尾服に身を包み、シルクハットを被ったその青年は違う場所で出会っていれば紳士に見えたかもしれない。だがレイアには死神にしか見えなかった。
「失せろ。そして忘れろ」
死神が口を開いた。間髪入れず殺されると思っていたレイアにとって、その呼びかけは意外なものであった。緊張が多少和らぐ。
「何を、しているのですか?」
わかりきったことは聞いてしまう。
まさかの返答ながらも青年は驚く様子もなく続ける。
「仕事だ。失せろ」
「しごと?」
レイアには理解ができなかった。
「人を殺すのが仕事なのですか?」
青年は何も答えない。レイアに去る意思がないとわかると、死体の処理を始めた。見るに堪えない光景だったが、レイアの意識はこの理解できない青年に向いていた。
処理が終わると青年は立ち去ろうとした。レイアの緊張はすっかり解けていた。
「どこへいくのですか?」
青年は何も答えない。
「どうしてこのような仕事をしているのですか?」
青年は何も答えない。
意地になってきたレイアは微笑みかけながらなお話しかける。
「……ではせめて名前を教えてもらえませんか? わたくしはレイア。レイア・スチュワ……」
弾が頬をかすめ、血が滴る。
「一つ、忠告しておく。俺にその薄気味悪い顔を向けるな。……それと殺し屋が名乗るわけがないだろう」
やっと口を開いた青年は闇の中へと消えていった。
そのあと執事が駆け付け無事屋敷に戻ったレイアであったが、頬の痛みと自分に言われた言葉、そしてその青年の悲しそうな顔は忘れることができなかった。
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