<愛猫姫<Imperial Of Egg>開始編>
「まおさんご指名です」
「ええ。あちらのお客様ね。すぐに行くわ」
今日でこのお店は最後。
来週からは引き抜きされた高級店で働くことになっているの。
両親が離婚して、母が女手一つで育ててくれた。と言っても両親が離婚したのは琴音が21歳の頃。まだ3年も経ってないわね。
父と別れるのはそれほど辛くなかったの。
でも真琴と離れ離れになるのは、寂しかったわ。
高校を卒業してから琴音はバーでお仕事を始めたの。友達が紹介してくれたお仕事。
高校生の頃、どんなお仕事をしても馴染めなかったわ。
そんな琴音に向いてる仕事?
最初は分からなかった。でも今は分かるかしらね。
「いつも指名ありがとうございます。まお、今日でこのお店最後なんです」
「だから、これ。選別って程じゃないけど受け取ってくれるかな?」
琴音にプレゼントを渡そうとするこの人は、一番の太客。
「ありがとうございます。でもお先に飲み物どうしますか?」
プレゼントを受け取らずに琴音はドリンクを聞くわ。
「最初の一杯だから薄めでお願いしようかな……っていつもなら言うところだけど……」
「?」
そう言って黒服さんを手招きしたお客さん。
すると黒服さんがお店で一番高級なお酒を持ってきたわ。
「まおちゃん今日で最後だから、少し立ち寄っただけなんだ。それに仕事も残っててお酒飲めないんだ。ごめんね」
よくみるとボトルは開いていないみたい。
「ママにもちゃんと言ってあるからね。プレゼントのことも。まおちゃんが飲みたかったら開けてもらうけどどうする?」
「まおだけ飲むのは気が引けるわ」
「そっかー。まだこの後もお客さんつくでしょ? フェイクで大丈夫だからね」
そうね。フェイクなら原価が安いもの。それに越したことは無いわ。
「お言葉に甘えてフェイクいただきます」
伝票に印を書いておくの。
このお店はずっとドリンクの前に星マークを書くことになっていたわ。
そうして運ばれてきたフェイクのウーロンハイを手に持ち、ノンアルコールのドリンクを持ったお客さんと乾杯する。
「乾杯」
「乾杯。いただきます」
そうお礼を言ってから飲む。
最初お店に入った時から自然とできていたことなの。でも新人ちゃんが初めて来たときできなくて可哀そうだった。
琴音はこの仕事が向いてると思ったのはこの時だったわ。
「あっ時間だ。ごめん俺、そろそろ帰らないと」
「忙しいのにありがとうございます」
「気にしないで。あっ大事な事聞き忘れてた。新しいお店どこかな?」
「銀座のアンフィトリーテというお店に移ります」
来週から働くお店を伝えた。
「そっか。うん。また行くよ」
「お待ちしてます」
「見送りも大丈夫だよ。2時間だけだけど指名してあるからゆっくり休んでから他のお客さんのところに行ってあげて。じゃぁまたね」
「ありがとうございます。また会いたいです」
そう言うと少しだけ寂しそうな顔をしたその人はお会計を済ませ帰って行ったの。
今のお客さんが帰って店内にキャストとボーイ、ママがいるだけとなった寂しい店内に同僚の声が響く。
「まおちゃんはいいなー。あんな太客捕まえて」
丸椅子に座りくるりくるりと回ったアテナちゃんが琴音にそう言ってきたわ。
「アテナ、あんたは来週からもまおと同じ店でしょうが」
ママがそうアテナちゃんに言う。
「だってまおのおかげでヘルプ精神とお茶引きが染みついちゃったんだもん」
言いながらもアテナは回り続けるのね。
「まぁこのお店集客性悪いですからね。オーナーにはどうにかしてほしかったものです」
時折、黒服さんも会話に混じるわ。
「立地が悪いのね。焼き鳥屋さんの上だもの」
琴音がそう言うと皆笑ってくれたの。
「予約のお客もいないし……閉めちゃうかい?」
ママが琴音達にそう聞く。
「賛成! じゃぁまおちゃんが貰ったドンペリ開けちゃおう?
凧ちんは黒服さん。確かカイトくんだったかしら。
「まぁお店が無くなるので最後の祝いにはいいですね。皆に会えなくなるのが寂しいです」
「そっか。あんた次は昼の仕事するんだっけね?」
「はい。興信所の構成員ですけどね」
「探偵さん?」
「一応そんな感じですよ、でもまおさんがいるおかげでここのキャストが引き抜かれたって感じですよね」
「わかるわー。すんごいわかるわー」
「私は引き抜かれてないけどねぇ?」
「嘘ですね。スナックのママの名刺作ってるの見ましたよ」
「ばれちゃったかい。よし今日は閉店! 花金でもうちは早じまいさ!」
そう言ってぱんぱんと手を叩いたママはお店の看板を片づけに行ったわ。
それからはみんなで他愛もないお話をして解散。
久々の休みを寝て過ごすべく、琴音は自転車を押して帰るわ。
「新人のまおさんです」
「よろしくお願いします」
最初の印象は大事。だから皆にも挨拶しておくの。
でも誰も返事をくれなかったわ。
それから数か月必死に働いた。
前の店の時来てくれたお客さんも一人を除いて来なくなったわ。
でもこっちでお客さんがたくさんついてくれた。
だからお仕事が怖くなったの。
自分を押し殺して、2年働いたわ。
でももう、琴音には無理だった。
一つだけ、楽しみが生まれたの。
お客さんがおすすめしてくれたオンラインゲームだったわ。
名前は<Imperial Of Egg>ね。
お仕事から帰ってきたら寝てしまうけれど、起きてからは遊ぶ時間がいっぱいあったから。
毎日いろいろなところに連れて行ってもらったわ。たくさん装備ももらったの。
お店を辞めることにしたわ。
十分な、生きていくのに十分なお金が集まったの。
「まお、今日で最後なの。いままでありがと」
「うん。アンティークの時も最後のお客さんになれてうれしかった。まさかアンフィトリーテでも最後のお客さんになれるとは……」
来る頻度は減ったけれど、琴音がこの業界で働き始めてから最初に付いたお客さんだったわ。
「そうだ。<Imperial Of Egg>がVRになるらしいんだ。うちの会社でも取り扱うからまおちゃんの分も用意するね。家に届けるよ」
「いいの?」
「もちろんだよ。俺は君の為に独立してここまで会社を育てたんだ」
「ありがと」
「気晴らし程度でいいからお店辞めても<Imperial Of Egg>で遊ぼうね」
「うん」
最後のお客さんを見送ったの。
そして琴音……マオはこの世界から出て行ったわ。
それからは、毎日ご本を読んで、可愛がっている、にゃんこのお世話をする毎日。
大変だった、あの日々も、楽しかった。
ゲームも、楽しい。
みんな、色々なところに、連れて行ってくれる。
本当にこれでよかったの?
もう一人のマオが聞く。
これで、よかった、のよ。
マオが答える。
そう。ならお別れね。
ええ。また、会いま、しょ。
夢の中で、過去の自分と、何度か話したわ。
たぶん琴音は後悔していると、思うわ。
昔、真琴は言ったもの。
「絶対会いに行くからー。もしお姉ちゃんが有名になってたらだけどねー」って。
to be continued...
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