<サツキ<Imperial Of Egg>開始編>

 ペンネームは中瀬皐でいいだろう。


 ワタシはそう思い、小説を書き始めた。

 中瀬皐という名前を選んだことに特に理由はない。ペンネームやニックネームを考えるのがめんどくさかっただけだ。

 強いて言えば、学生時代バスケットボール部に所属していたワタシにとって五という数字がとても馴染んだ。だから皐になった。

 中瀬は母親の旧姓だ。私が小さい頃に亡くなってしまったので詳しくは知らないが。


 なぜペンネームを考えたかというと、少しだけ説明が難しいのだが、簡潔に言おう。


 作家になることにしたのだ。


 こちらにもこれといった理由はない。

 自然と作家という職業が頭に浮かんできた。それだけだった。

 試しに少し書いてみようか。


 『リアルではメイドです、ゲームでは脳筋です。』

 『中瀬皐』


 【イントロダクション】

 皆様、初めまして。二木綾と申します。

私は現在、とあるお屋敷でとあるお嬢様にお仕えしております。そうです。所謂メイドというやつです。メイドが何故こんな文章を?等考えた方もいらっしゃると私は愚考致しますが、一先ずそのような些細なことは置いておいていただきましょう。大切なことは今から話す事なのです。一度しか申しませんのでよく話を聞いてくださいますでしょうか。


 脳筋プレイでするゲームが楽しすぎる。


 これからは少々過去のお話。何故、私が、ゲームをする事にになってしまったのか、延いては、脳筋になってしまったのかお話させていただきます。

 あれはもう六年ほど前でしょうか。

私こと、二木綾は幼少期からの夢を叶えるために、高校卒業し、英国にあるメイド養成学校に進学いたしました。

言語の壁もあり険しい道でしたが、何とかスタートラインに立つことができたのです。学園生活ではいろいろあったのですが……その話は今はいりませんね。ひとつ大きな出来事と言えばもちろんこれでしょう。ゆかなお嬢様との出会い。


「新入生諸君、入学おめでとう。諸君等はこれから三年間、仮の主人に仕えメイドとしての訓練をされていくことになるのだが……」

 理事長だか校長だかよくわからないのですが、お偉い方の長々しい演説は割愛させていただきまして、具体的なお嬢様との出会いについて触れましょうか。

「えー、それではこれから諸君が仕える主人をお伝えする」

 キャリアウーマン然とした厳しそうな女史がそう告げました。

「番号順に氏名を呼ぶので、指名されたものは立て。一番、アンジー・ルクセレール。主人は、カナリア・ウェルシュ様だ。続いて二番……」

 私の番号は十六番なので結構時間がかかりそうですね。待つのは得意ではありませんが、ここでは待つ以外どうしようもないですね。

さて、私のご主人様は一体どんなお方なのでしょうか。ご主人様は姉妹校である英国のお嬢様がたくさん通う由緒ある学校、性格が歪んでいるような人でなければいいのだけれど。

 不遜なことを考えている間に私の前、十五番の人が呼ばれていました。

「十六番、アヤ・フタツキ。ふむ、珍しい組み合わせだな。留学生同士か」

「はい」と返事をし立ち上がった私に女史はそう告げました。

 留学生同士? あれ程のお嬢様学校に留学させられるのは一体どのようなお家なのだろう、

と考えつつも女史の続きの言葉を待ちます。

「主人は、ユカナ・サンジョウ様だ。」

 一瞬間抜けた顔になってしまったかもしれないのですがそれを噯にも出さず、着席しました。

 暫くの間呆けていましたが、全員の主人を発表し終わったと伝える女史の声で現実に引き戻されました。

「まずは三か月、基礎訓練を行う。その後自分の主人と顔合わせになる。3か月ほど供に生活してもらう。後期の訓練が始まる前に主人から変更手続きが行われることもあるだろう。心して臨め」

 大まかな流れの説明の後、具体的な説明がありました。

 つまり、三か月でメイドとしての基礎を完成させ、その後、実践として三か月同じ宿舎で暮らすそうです。そこで主人側から不平や不満が出た際は、クビということもあるそうです。

 いま思い返すとこの女史による訓練は非常に大変だったのですが、今更辛いことを思い出しても意味はありません。人には語りたくないことの一つや二つあって然るべきです。

 気分が些か沈みましたが気を取り直して続きを語ることにします。

 日は進み、主人との顔合わせの日がやってまいりました。おそらく日本人であろう私のご主人様、ユカナ・サンジョウ様を王立教育大学付属高校の一室、厳密にはその扉の前、でお待ちしております。

 きちんとしたとした執事やメイドに伴われ、数々のお嬢様達が、各々、指定された部屋へとやってきています。

 最奥の部屋が割り当てられた私は、多少心拍が上がっておりますが、なんとか自然体を取り繕っております。

 いよいよ私のご主人様が到着されたようです。

 恭しく頭を下げ、三か月ほどの訓練で身につけた、といっても所詮付け焼刃ですが、その成果を出しました。

「お初にお目にかかります。ユカナ・サンジョウお嬢様。私はアヤ・フタツキと申します。これから三か月という短い時間ですが、よろしくお願い申し上げます」

 テンプレ通りで何のひねりもない挨拶ですが、これが一番無難でしょう。

「お顔をあげてください。私は三条ゆかな。日本人です。わけあってこちらに留学させていただいています」

 頭をあげるとそこには、いかにも日本人のお嬢様といった感じの、端的に申しますと、日本人形のようなお方がおりました。

「フタツキさんは日本人なのでしょう? 日本人らしくここはハグでもしましょうか」

 そう言って両手を横に広げるお嬢様に対して私はちょっとした意外感を覚えました。

「いえ、日本ではハグはしないかと。失礼いたしました。お許しください」

 深々と一礼し、謝罪を申し上げました。

「お気になさらず。今のは冗談です」

 私のご主人さまは結構お茶目なところもあるらしい。頭の中のメモに追記します。

「お嬢様、お部屋にご案内いたします」

 と言って部屋の扉をあけました。

「失礼いたします」

 部屋へ入っていくお嬢様を同伴した執事は深々とお辞儀し見送っています。私も扉を閉める前にその執事に対して深々と頭を下げます。これで引継ぎが完了したということになります。これから先、三か月間は私がこのお方のお世話をし、守らなければならないという重圧がにわかにのしかかってきます。

「あまり緊張しなくていいですよ。私はどちらかといえば手のかからない主人です」

 えっへん、と言わんばっかりに少し胸を張って主張しているお嬢様。しかし今の会話に少しの違和感がありました。

「そうそう。私と会話するときは、日本語でお願いします。あまり英語が得意ではないので」

 なるほど、先ほどまでは英語で会話していたのですが、今は日本語で言われたから違和感があったのですね、と考えつつも「かしこまりました」と一礼します。

「改めまして。二木綾と申します。よろしくお願いいたします」

「三条ゆかなです。大変でしょうがよろしくお願いします」

 二人そろってお辞儀をする。


 初顔合わせは上手くいったほうだと思います。すでにゆかなお嬢様の予定は把握しているのでそちらの話をしましょうか。

「お嬢様、明日の学業についてなのですが、社会科のほうで宿題がでていると思うのですが、いつ頃おやりになりますか?」

「ええ。でています。少々面倒くさい宿題ですが、すぐ取り掛かります。できれば二木さんとお話がしたいのだけれど」  

 とニコっと笑ったお嬢様に心を鷲掴みにされながら宿題の準備に取り掛かりました。

「教科書や参考書、筆記用具等すべてご用意してございます。足りないものがございましたら申しつけください」

 そう言い、一礼し下がります。今のうちに飲み物でも用意しましょうか、と考えていると、

「ありがとうございます。では飲み物をいただけますか? 日本に比べてここは乾燥しているので喉が渇いてしまって。あと個人的な話ですが、何かするとき飲み物を置いておかないとおちつかなくて」

 ちょっと困った顔をするお嬢様は紅茶をリクエストしてきました。この部屋は三か月間一緒に生活した後も、クビにならなければ、お嬢様が卒業するまで使う部屋なので一通り物はそろっています。それも全部高級品で。流石です、お嬢様学校。

「かしこまりました。ただいま準備するのでお待ちください」

 五分程でちゃんとした紅茶が入ります。メイドになろうと思ってから秘かに練習していたので自信はあったのですが。

「こちらに失礼いたします。お熱いのでお気を付けください」

 と右利きのお嬢様の邪魔にならないよう左手側に並べます。

「ありがとうございます。いただきます」

 と角砂糖を三つとミルクをたっぷり入れてから一口すすったお嬢様がとても可愛らしくみえます。

「おいしい」

 宿題をそっちのけでちびちびと紅茶を啜るお嬢様。

「お嬢様、差し出がましいようですが、宿題はよろしいのでしょうか」

 私がそう聞くと、はっとしたような表情を作り私の方を振り向きます。

「失礼しました。紅茶がとてもおいしくて」

 照れた顔を隠すようにお嬢様はうつむいています。

 「うん。とてもかわいい」と考えていることを悟られないように、おかわりを用意します。

 ミルクを多めに入れるならロイヤルミルクティーにしようかな。

 お嬢様は一息に宿題を終わらせて、私と会話する時間を作ってくれました。

「二木さんはどうしてメイドになったのですか?」

「幼少期からの夢でしたので。一人の主人に人生をかけて付き従う。とても美しいとおもったんです」

 それに、と付け加えて

「可愛いものが好きなんです。メイド服ってかわいいじゃないですか」

 お嬢様は私の顔をじっと見つめて、ふっと笑いました。

「なるほど。すばらしいです。でも大変だったでしょう。遠い異国の地、まして言葉も通じない国では」

「それはお嬢様も一緒ですよ。日本を離れ、この国で勉学に励む、とても素晴らしく思います」

 少し照れ臭くなり、お嬢様を褒めることでごまかしてしまいました。

「いえ。私は実家が嫌になって、家出、のような感じで出てきたので…」

 少し悲しそうにしているお嬢様に、聞いてはいけないとわかってはいたのですが、衝動的に聞いてしまいました。今思えばここでこのことを聞いたから、私は今後もお嬢様に仕えることになったのかもしれませんね。




 こんなものだろうか。

 ワタシは自分に文才があるとは思わない。しかし、人より想像力があるとは思っている。

 とりあえずはこの作品を一度誰かに読んでもらおう。それから本当に作家になるかどうかを決めればいい。

 結論を後回しにする、ワタシの悪い癖だが、先の目途が立たぬうちに躍起になっても仕方がない、とも考えている。


 インターネットで小説の投稿サイト等を探す。

 幸いそう言ったサイトはなかなか多いようで、とりあえず一番最初に目についたサイトに投稿してみた。


 あぁ。

 これは危険だ。

 楽しくなってきてしまった。

 とりあえず続きも書いてみるとしよう。


 そこでワタシはあることに気付いた。

 オンラインゲームというものを詳しく知らなかったのだ。

 調べなくては。

 そう思ったワタシはすぐに小説投稿サイトを閉じ、オンラインゲームを検索する。

 『新規サービス開始! <Imperial Of Egg>』

 よくわからないがこれでいいだろう。

 すぐにインストールして起動してみる。


 なるほど。顔も知らないプレイヤーとこの世界を冒険するのか。控えめに言ってワクワクするね。


 ワタシはキャラメイクを完了し、キャラクターにサツキという名前を付け<Imperial Of Egg>の世界に降り立った。


<サツキ<Imperial Of Egg>開始編完>

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